第14話少しだけ、曝け出して

 燐火が告白される場面を見届けた優香の胸には、新たな決意が浮かんでいた。

 燐火のことを、もっと知りたい。元々胸にあった欲求だったが、その思いは改めて増していた。


 燐火が優香以外にあんなに優しい顔を見せるなんて、初めて知ったのだ。もっと他の顔も見てみたい。もっと知って、唯一の義妹としてもっと関わりたい。

 あるいはそれは、嫉妬だったのかもしれない。


 日曜日の夕方。いつものように燐火とのハードなトレーニングを終えた優香は汗を拭いながら、燐火に話しかけた。ずっと気になっていたことを、聞いておこうと思ったのだ。


「燐火先輩。私が初陣を終えてから、私と少し距離取ろうとしてません?」


 優香が初陣を終えてから、もっと言えば、初めて『魔の者共』を殺した日から、毎日のように行われていた燐火と優香の合同トレーニングは週一回にまで減っていた。

 こうなると、優香は燐火と話す機会がなかなか取れなかった。学年が違う上、授業以外の時間はほとんど鍛錬している燐火には余暇がほとんどないからだ。


 しかし、時間がない以上に、燐火は優香と距離を取ろうとしているように見えたのだ。


「私と一緒に鍛錬して、試練を乗り越えた優香ちゃんは既に一人前の戦乙女だよ。私が付きっきりで見ている必要はもうない」


 燐火にしては珍しく、優香と視線を合わせなかった。その胸中には、優しくて普通の女の子な彼女を拘束してしまうことへの罪悪感があった。


「それに、優香ちゃんはここに来たばかり。私とばっかりいて、周囲に友達ができなかったら悲しい。私たちは戦うことを宿命づけられた戦乙女だけど、それ以上に青春を謳歌する女子高生であるべきだと思う」


 優香は、燐火の意外な気遣いに驚いた。鍛錬ばかりしている彼女は、青春とか友情とか眼中にないと思っていた。

 でも、彼女の言うことは少し的外れだ。


「私が燐火先輩と仲良くなりたいとは考えなかったんですか?」


 その言葉に、燐火が驚いたように目を見開いた。予想外の言葉だ、という反応だった。


「……私と?」

「はい。もっとお話したいのに、燐火先輩は一人で鍛錬ばっかりです。ちょっと寂しいです」


 冗談めかした口調だったが、それは本心だった。


「優香ちゃんみたいに優しくて可愛い人はわざわざ私と仲良くする必要なんてないんじゃない?」

「……前から思ってましたけど、先輩って意外と自己評価低いですよね」

「そんなことない。私は美少女」

「急に自信満々になった……」


 この人の自己評価のちぐはぐさは一体どうやってできたのだろう、と優香は頭を抱えた。


「とにかく、私は先輩のことが知りたいんです」

「ああ、だから私が告白されるのを覗き見してたんだ」

「そ、その件はもう勘弁してください……」


 燐火に散々怒られたので、優香はすっかり反省していた。一方の燐火的には、優香の独占欲にも似たものを見ることがでたので満足だった。


「だから先輩、今日は私とご飯食べてください。外でディナーです」

「まあそれくらいなら構わないけど」


 戦乙女の外出は決められた日にしかできない。いつ大穴から大規模侵攻があるか分からないからだ。しかし優香は、今日が燐火の外出可能日であることを既に調べていた。


「この間と同じと思わないでくださいね。今日は色んなことを話してもらいますからね」

「面白い話はできないと思うけど、いいよ」


 どこか凄みを感じさせる優香の態度に、燐火は静かに微笑んだ。



 優香は淵上高校の正門で燐火を待っていた。既にシャワーで鍛錬の汗を流して、私服に着替えてきた。


 優香の気合の入った私服は、華美さというよりも淑やかな美しさを演出していた。

 襟付き、白色のノースリーブシャツ。薄手の生地が、優香の女性らしい凹凸のある体つきを下品にならない程度に強調していた。銀色のネックレスが大人びた印象を見せる。


 空色のロングスカートが、ふんわりと細い足を覆っている。常人の数倍の走り込みを毎日こなしているはずの優香の足は、信じられないほど細い。足元の薄い赤色のミュールが涼しげな印象だ。


 薄っすらと化粧の施された顔は、いつもの気弱そうな印象を補い、自信に溢れているように見せていた。


 今日のファッションは果林のお墨付きも得たし、問題ないはずだ、と優香は落ち着かない気持ちをなんとか静めていた。


「ごめん優香ちゃん。遅くなったかな」

「あ、燐火先輩! ……ッ!」


 初めて見た燐火の私服姿に、優香は息を呑んだ。

 燐火の私服は、彼女の隙の無い佇まいを強調するようだった。


 まず目につくのは、すらりと伸びる足をぴっちりと覆う、黒色のパンツだろう。くるぶしほどまで丈のあるそれは、スリムな体つきの彼女のスマートな印象を加速させている。足元には、フォーマルな印象を受ける黒いパンプス。


 白色の半そでシャツが、彼女の細い体の美しさを強調している。

 そしてその上から、ふわりとした黒地の薄いジャケットを羽織っていた。

 短い髪も相まって、中性的な印象を受ける格好だった。


 その美しさの衝撃から我に返った優香は、なんとか言葉を紡ぐ。


「り、燐火先輩、ファッションに興味あったんですね……!」

「なんだか失礼な感想だね」


 優香の中の燐火の印象は、戦いと鍛錬にしか興味のない人だ。下手したらジャージ姿で来るんじゃないか、と優香は思っていた。


「私のお姉様はそういうことにうるさい人でね。色々教えてもらっているんだ」

「先輩の、お姉様……」


 己の義姉のことを語る時、燐火はひどく優しい顔をする。優香はそれに、なんだか落ち着かないような気分になった。


「今日も義妹と食事に行くんだ、って話をしたら『え!? 一大事じゃん! 燐火ちゃん、持ってる夏服全部出して! お姉ちゃんが指導してあげる!』ってえらく張り切っちゃって」

「あっはは。なんだか元気な人みたいですね」


 燐火は義姉の声真似をしているらしい。彼女らしからぬ元気な口調に、優香は思わず笑ってしまった。


「良かったら、先輩のお姉様、私にも会わせてください」

「うん、いずれね」


 燐火は微笑むと、くるりと後ろを向き歩きだした。優香はその横に並び、歩幅を合わせて歩き出す。向かうのは、淵上高校からもっとも近くにある繫華街だ。

 この日のために、優香はレストランを予約していた。少し値は張ったが、今の優香の懐事情なら問題なさそうだった。


「それにしても、戦乙女って結構お金もらえるんですね。私、ビックリしました」

「命懸けの戦いをしてるにしてはむしろ少ないくらいだけどね。まあ、女子高生が持つお金として妥当な金額ってところかな」


 正確に言えば、戦乙女たちには高校卒業の年齢になったら今までの戦いに対する報酬が一気に支払われる。

 高校生の年齢の間は大人たちの庇護下だが、それ以降は縛らない、ということなのだろう。とはいえ、高校卒業後も、戦乙女としての責務からは逃れられない。


「燐火先輩はどんなことにお金を使っているんですか?」

「プロテイン。あと完全栄養食」

「……先輩らしいですね」


 呆れた目の優香。今までの燐火なら、ここで話を打ち切っただろう。

 しかしここで、燐火は義姉の言葉を思い出した。弱さを曝け出してはどうか。彼女は、確かそう言っていた。だから燐火は、言葉を続けた。


「あと、漫画。アニメの円盤も。魔法少女が戦う奴が好き」

「……ええっ!?」


 思わぬ言葉に驚く優香。あまりにも意外過ぎて自分の耳を疑ったほどだ。おずおずと、正直な感想を述べる。


「えっと、あんまり想像つかないですね……」

「彼女たちの戦う姿には勇気づけられる。私なんかよりもずっと勇敢」

「へえ、本当に好きなんですね」


 燐火の熱の籠った話し方に、優香は感嘆する。言葉からは、たしかに作品に対する愛が感じられた。

 しかし、半分くらい嘘だ。彼女が一番注目しているのは、戦うヒロインたちが傷つくシーンだ。


「特に私は最近流行ってるダークな世界観の魔法少女ものが好きなんだ。人がバッタバッタ死ぬやつ」


 確実に美少女の曇り顔が見たいだけである。


「そんな流行りがあるんですね。私、漫画は読むんですけどそういうのは疎くて」

「読むと面白いよ。あくまで戦いの中のファンタジーだけど、彼女らの葛藤や苦しみには共感できるところがある」


 それらしいことを言っているが、美少女の曇り顔が見たいだけである。


「優香ちゃんはどういうのが好きなの?」

「はい、私が好きなのは王道の少女漫画ですね。特に──」


 それは、これまでの彼女らの会話よりも少し踏み込んだものだった。

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