第13話告白される姉と覗き見する妹

 金曜日の学校というのはどこか浮ついた雰囲気がある。今日が終われば待ちに待った休日だからだろう。登校する戦乙女たちの表情もどこか明るい。


 そんな中にあって、優香と果林は今日も寮の自室から一緒に登校していた。


「優香、優香、土曜日はどこ行く?」

「ええー? 果林ちゃん、私の他に遊びたい子とかいないの?」

「いないわけじゃないけど、たまには優香と二人で遊びたいなーって」


 果林が元気よく言うと、優香も頬を緩める。淵上高校に来て大きく環境が変わった優香にとって、変わらない態度で接してくれる幼馴染の存在というのはありがたいものだった。


 最近の優香を取り巻く環境は、少しばかり変化があった。それは決して悪いものではなかったが、優香を困惑させていた。


「あ、あの子じゃない? 『血みどろ一等星ブラッディエース』様の妹君」

「ああ、孤高のエースを落としたっていう子?」

「そうそう! どんな傷も癒しちゃうっていう『聖女ホーリーガール』ちゃん!」


 周囲の目が、優香に向いていた。けれどその視線は決して悪いものではなく、むしろ好意的だった。


「フフン。ゆうか―、人気者だねー」

「か、果林ちゃんまで揶揄わないでよ……」


 どこか誇らしげに言う果林の言葉に、恥ずかしそうに下を向く優香。彼女に向けられている視線はほとんどが好意的なものだ。ひそひそ話も、ほとんどが彼女を賞賛するもの。けれど、元々あまり目立たない子どもだった優香にとって、今の状況はむずがゆいものがあった。


「まあでも、天塚燐火先輩に付き従う謎の一年生ってだけでも話題性抜群なのに、手当たり次第に皆の傷まで治しちゃうんだから、そりゃあ『聖女ホーリーガール』なんて呼ばれるでしょー」

「や、やめてよ! 果林ちゃんに二つ名で呼ばれるの凄い恥ずかしいよ!」


『聖女』とは戦乙女を分け隔てなく治療し、負傷者を元気づけるように笑顔を振りまく彼女の姿からついた名前だ。

 優香の心根の優しい部分も評価された、良い二つ名だ、と果林は思っていた。


「一等星に導かれ、救いを求める乙女の元に現れる聖女。可憐な口から紡がれる詠唱はまるで聖歌の如く、その杖より出る光は神の祝福の如く乙女を癒し──」

「果林ちゃんっ! 揶揄わないで!」


 優香がプリプリと怒っても、果林はケラケラと笑うだけだった。


「アッハハ! いい例えだと思うけどなあ」

「もう! そりゃあもちろん皆に感謝されて褒められるのは悪い気はしないよ? でもさ、急に『握手してください!』って言われても困惑するっていうかさ……」

「それは熱心な子もいたものだねー」


 年頃の乙女である戦乙女たちは話題性のあるものが大好きだ。今のトレンドと言えば、彗星の如く現れた聖女。それから孤高のエース、天塚燐火の突然の雪解けだ。


「それに、『天塚先輩に渡してください!』ってお菓子なんかもらってさ。嬉しいけど、直接渡した方が先輩は喜ぶのにな、とか思うんだよね」

「アハハ……いくら優香が一緒にいるとはいえ、近寄りがたいのは変わりないからね」


 そもそも天塚燐火に話しかける機会はそう多くない。燐火は授業時間以外ほとんどの時間を他人が見たらドン引きするような過酷な鍛錬に費やしている。邪魔をするのも気が引けるだろう。


「私は燐火先輩の受付嬢じゃないですよー……なんて言う度胸もなくて、手元にプレゼントがいっぱい溜まってる」

「あれ、最近話してないの?」

「今は燐火先輩と一緒にトレーニングするのも週一ペースだからね。それ以外の時間は会う機会がない。……ちょっと寂しい」

「……ふーん」


 少し不機嫌そうな果林、けれど優香がそれに気づいた様子はない。


「あ、燐火先輩だ!」


 そんなことを言っていると、下駄箱の前にいる燐火の姿があった。優香が嬉しそうな声をあげて、彼女に近寄ろうとする。


「燐火せんぱー……い?」


 呼びかけようとした優香の声が小さくなっていく。遠くからでも分かった。下駄箱を開けた燐火の手に、手紙のようなものがある。


「らぶ、れたー……?」


 優香の顔が驚愕に染まる。下駄箱に置手紙。それは、あまりにも古典的な告白のやり方だった。



「ど、どうしよう果林ちゃん! 燐火先輩が告白されてるっぽいんだけど!?」

「ど、どうって、どうもしないでしょ……」


 呆れたように言う果林だったが、優香は全く落ち着かない様子だった。


「で、でも! もし燐火先輩にか、彼女とかできたら、出来の悪い私なんて見向きもされなくなっちゃうよお!」

「優香の自己肯定感の低さは相変わらずだねえ。大丈夫だよー。優香は優しくて可愛い、いい子だよ!」

「いやでも、ここにいる人は私なんかよりずっと強い人とかカッコイイ人とか可愛い人とかいっぱいいるわけでしょ! そんな人が先輩と恋仲になったりお姉様の妹を名乗り出したら……うわああ! 私の義妹の立場、早くもピンチ!?」

「テンション高いね……」


 今のこの学校において、義姉妹関係とは恋人関係とほぼイコールだ。もっとも、燐火も優香も、お互いを戦闘時のバディだと思っているし、相手もそれだけを求めていると思っている。

 しかし、唯一無二の義妹というポジションは、優香にとって手放せないものだ。それがなくなってしまえば、あの放っておけない先輩と関わる大義名分を失ってしまう。


 果林の呆れたような目を気にも留めず、優香は決意を固めた。


「──よし! 告白の現場を覗き見しよう!」

「優香ちょっと大胆過ぎない!?」


 私の知っているお淑やかな優香はどこに、と果林は嘆く。知らない女と関わるうちにどんどんと変わっていく幼馴染の姿に、果林はどことない喪失感を覚えた。



 ◇



「この学校で告白といったら、やっぱり屋上でしょ。なんでって? 私も詳しくは知らないけど、義姉妹の契りは、屋上でやるのが慣習らしいよ?」


 優香は、噂話に詳しい果林から情報を仕入れた。


 それなら、私との義姉妹の契りも屋上でやってくれたら良かったのに、と優香は勝手にいじけた。


 放課後、そうそうに教室を抜け出してきた優香は、屋上の物陰に身を潜めた。もちろん、告白の現場を覗き見するためであった。

 罪悪感はある。けれど、自分の唯一の義妹という立場が脅かされる、と焦る彼女は色々なものが見えなくなっていた。


 ちなみに、果林は置いて来た。身を潜めるのに二人いてはマズいだろう、と優香は判断した。


「あ、燐火先輩来た」


 優香を除いて人影のない屋上に、燐火が入って来た。いつ見ても、凛とした立ち姿には隙がない。その手には、例の手紙が握られている。

 彼女は屋上の真ん中あたりで立ち止まると、その場で立ち止まった。入口の方へと向き直って、優香からは横顔が見えるようになる。何をするわけでもなく、空を見上げている燐火。


 その姿は、優香には少し気落ちしているように見えた。


「お、お待たせしましたっ!」


 上擦った声。見れば、入口に立った影は眼鏡をかけた一年生のようだった。同学年の優香にも見覚えがある。肩を強張らせる彼女は明らかに緊張していた。

 それに対して、燐火は安心させるように優しい表情で話しかけた。


「全然待ってないよ。手紙をくれたのは君でいいのかな?」

「は、はいっ……!」


 普段の隙の無い姿とは違った、優しい態度。それに頬を紅潮させた眼鏡の生徒は、感動のあまりわずかに涙を浮かべているようですらあった。それにたいして軽く微笑む燐火。


 その様子を遠くから窺っていた優香は、衝撃を受けていた。


「あれ、もしかしていい雰囲気……?」


 いつも他人との壁がある燐火。普段は硬い表情で、受け答えは最低限のことだけ。孤高のエース、と言われるのも納得の態度に、彼女の優しい顔ばかり見ていた優香は最初違和感を覚えたものだ。


 だから、告白もあっさりと断るのかと思っていた。しかし、なんだか風向きがおかしい。


「燐火先輩があの優しい顔を他の人に見せているところ、初めて見たな……」


 燐火の優しい笑みは、優香だけのものだと思っていた。燐火は優香以外と積極的にコミュニケーションを取ろうとしなかったし、だいたいいつも無表情だ。


 きっと、義妹にだけ見せる特別なものなんだと思っていた。驕っていた。

 その前提が、崩れた。優香は、急に燐火と自分との距離が遠いものに感じられてきた。


「その、お忙しい天塚先輩をお呼び立てして申し訳ありません。私のためにわざわざ足を運んでくださり、ありがとうございます」

「そんなに畏まる必要はないよ。私たちは同じ生徒で、肩を並べて戦う戦友だ」

「は、はい! ありがとうございます!」


 ずっと顔を真っ赤にしたままの眼鏡の生徒は、燐火に優しい言葉をかけられてひどく興奮しているようだった。それもそのはず。普段は同級生とすらまともに会話しない孤高のエースが、自分にだけ語り掛けてくれているのだから。


「手紙は読ませてもらったよ。まだ入学して間もないのに、私のことを色々調べてくれたみたいだね。賞賛は素直に受け取っておこう。ありがとう」

「は、はい! ……それで、その、恐れながらなのですが──」


 眼鏡の生徒が今までで一番緊張した様子を見せる。それに合わせて、物陰で観察している優香の緊張も一緒に高まった。告白。あるいは、義姉妹の契り。その本題が、今切り出されようとしていた。


「──私の、お姉様になってくださいませんか!?」

「──ごめんね」


 燐火は、先ほどまでと同じ優し気な表情のままで、ハッキリと断った。


「あ──」

「私は、君のお姉様になれるような大層な人間ではないよ。君には君の、もっと素敵な人がいるはずだ」

「天塚先輩は私の理想の戦乙女です! それに、光井さんはあなたの義妹になりました! 今まで孤高の一番星だったあなたが、初めて他人を受け入れました! ならっ!」


 涙声で言い募る声には、こちらも涙ぐんでしまうほどの切実さがあった。優香はなんとかすすり泣きを我慢しながら、じっと行く末を見守る。


「優香ちゃんは、私にとっての特別だ。私が戦うのになくてはならない存在だ。能力的にも、精神的にもね。彼女がいて初めて、私は全力で戦えている気がするんだ」


 晴れ晴れとした表情で、燐火は空を見上げた。その顔には、先ほどの優し気な笑みとはまた違った不思議な笑顔が浮かんでいた。

 物陰で見ていた優香は、その顔に思わず見惚れてしまう。


「そう、ですか……」


 その表情を見て、眼鏡の少女は完全に諦めがついてしまったらしい。

 頬の赤みが引く。下を向き、唇を嚙み締める。彼女の瞳には大粒の涙が浮かんできた。

 それを見て、燐火が慌てたような態度を見せる。


「あ、ごめ……」

「すみませんでしたっ! 失礼します!」

「あっ……」


 涙の浮かんだ顔を隠すように後ろを向き、その場から逃げ出してしまう眼鏡の生徒。それを止めようとした燐火は、しかし思い直したようにその場に留まると、大きく天を仰いだ。


「……また泣かせてしまった」


 どうしたらよかったのだろう、と独り言ちる燐火。その様が、まるで道に迷った幼子のようで、優香は思わず声をかけそうになった。

 しかし燐火は、無言でその場を去ってしまった。屋上に残ったのは、今更になって罪悪感に襲われる優香だけだった。



 ◇



 屋上から出て、いつものトレーニングに向かう途中。俺は一人で先ほどの出来事を反芻していた。


 罪悪感はある。けれども、やっぱり、それ以上に。


 告白に失敗して泣き出しちゃう女の子めっちゃ可愛いいいいい! 


 違うのだ。別に泣かせるつもりで断っているわけではない。でも、結果的にそうなってしまったので。どうせならその曇り顔を堪能しようと思ったのだ。


 改めて、告白してきてくれた少女の顔を思い出す。倒れてしまうのではないかというほど顔を真っ赤にして、目をうるうるさせていた。


 手紙も、素直な気持ちが丁寧な字で綴られていた。俺の戦う姿に見惚れた、とか。普段の立ち振る舞いに憧れた、とかだ。

 ちょっと俺のこと美化しすぎじゃない? とも思ったが、俺の美少女ロールプレイが完璧だった、ということだろう。鼻が高い。


 しかしやっぱり泣かれるのは罪悪感が残るなあ……。どうせなら「ひどいです!」とか言って張り手でもしてくれればいいのに。興奮するから。


「それにしても、あの気配、やっぱり優香ちゃんだったよな……?」


 俺も気づいたのは途中からだったが、屋上の隅に潜む生徒がいた気がするのだ。告白現場を出歯亀されるなんて珍しいことでもなかったので放置したが、あの生徒、やっぱり優香ちゃんだった気がする。


「もしかして、優香ちゃん少しくらい嫉妬してくれたのか?」


 だとしたら、嬉しい。ニヤニヤしちゃう。あえて告白を受けることで曇った顔を観察したくなっちゃう。

 ……いや、落ち着け俺。戦いながら守れるのは一人が限界だ。義妹はこれ以上増やせない。それに、優香ちゃん以上の適任もいないだろう。


「今度覗き見してたか探りを入れてみよう」


 慌てふためく優香ちゃんの顔が見れるかもしれない。


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