1.

「えー、この度我がクラスの八麻田くんが市の美術コンクールにて最優秀賞を受賞しました。みんな拍手」

 掌を叩く音。あわせて「おめでとう」の言葉が教室を飛び交う。八麻田は凄い、そんなセリフを何度となく聞いた。こうして今、高校生になるまでも何度も。苦手なことはよくわからなかった。少なくとも学業の中では出来ないというものがなかった。勉強にしろ運動にしろなんでも出来た。表立っては皆それを褒め称えた。けれど僕は人間というものもよく理解していた。出る杭は打たれるなどと言うように僕の目立った行動を疎ましく思う連中もいた。実際に攻撃してきた者もいる。暴力は単純だった。より大きい力でねじ伏せるだけのことだった。連中は勝てないと知ればおとなしくなった。中には尻尾を振ってくる犬よりも低俗な輩も。彼らの魂胆は透けて見える。けれど僕にとってはどうでもいいことだった。他人の力に縋ることでしか生きていけない人間はいずれ見捨てられる。人は個において強くあらねばならない。父の教えだった。僕自身気に食わなかったが理にはかなっていると考えていた。誰の教えであろうと選択の中で強いと思うものを選び続ければ自然と個としての強さは備わっていく。寧ろ不要なのは情だ。強さに情は要らない。だから祖母の死に対する父の義憤が僕にとって可笑しなことだった。同時に勝ち誇った気分がした。それを押し出すことは甘さであり隙となる。だから僕は父に対して上に出たりはしない。ただその瞬間に勝った事実が有ればそれでよかったのだ。

「八麻田はやっーぱすんごいね昔から」

「普通だよ」

「そんなことないよ。小学校の時からなんでも出来たじゃん。足も速いし計算も一瞬で解いちゃうし、あんたがテストで百点取らなかった時なんて知らないよ」

「普通だよ」

「じゃあアタシはどうなんのって? 毎年留年の危機なんだから。アタシも八麻田みたいになりたいなあ」

「本気で言ってる?」

「そりゃそうだよ。アタシが八麻田なら毎日自慢してるよ」

「そう」

「あんたってさ、なんか昔から冷めてるよね。友達失くすよそんな態度じゃ」

「じゃあ詞葉崎さんはいつも話しかけてくれるの? 確かに詞葉崎さんだけだよ。ずっと僕にそんな感じなの」

「は! べ別に アタシは マヂで失くすかんね!」

 詞葉崎萌しばさきめぐむ。彼女はとてもわかりやすい。本心を隠すのがとても下手だった。彼女の考えることは全部わかった。それは別に彼女に限った話じゃない。同年代の人間が考えているようなことはとても単純だった。冷めた奴という彼女の見解は間違っていない。僕は同級生に殆ど関心がない。ただそんな僕にも冷めた奴と分かって真っ向から言ってのける彼女は少しだけ他と違った。身内とも違う、それで言うならば彼女は彼女が言うような僕の数少ない"友達"だったのかもしれない。


「じゃあ八麻田のことはこのへんにして、今日はみんなに紹介したい生徒がいます」

「この流れってもしかして転校生じゃん?」

「入りなさい」

「はじめまして皆さま。甘春時音あまはるときねと申します」

「女の子じゃん!」

 転校生は落ち着いた声で自己紹介を終えた。どことなく気品の感じられる立ち姿は男女問わず目を惹いているようだった。

「八麻田さあ、何? じろじろ見ちゃってやらしい」

「詞葉崎さん、あの転校生のことどう思う?」

「どうって? お嬢様って感じ?」

「そう」

 詞葉崎さんは気づいていない。先に感じたのは転校生からの視線だ。会ったことはもちろんないはずだけれど、何故だろうか。転校生がこちらを見ていた。その視線には妙な思惑を感じる。言うなれば"殺気"か。

「これからよろしくおねがいします」

不気味な微笑みだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

八麻田家の人々 るつぺる @pefnk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る