第34話


「カイ・エルクス、エルフィ・リアハート、そしてルーナよ。こたびは『黒のサイクロプス』討伐、大儀であった」

「は、はい」

「そなたたちがいなければ王都は今頃惨状を呈していたであろう。よくやってくれた」

「こ、光栄です……」


 ……え? 何これ夢?


 場所は王都の中心にある王城。


 豪華な赤い絨毯が敷かれ、脇には大量の騎士が並ぶ大広間で、僕、エルフィ、ルーナの三人は国王様の御前に立っていた。


 経緯を簡単に説明すると。


 アレスが変身した『黒のサイクロプス』を倒した後、まず僕たちは居合わせた騎士たちに事情を話した。

 そして街の大破壊を未然に防いだとして英雄扱いされ、褒美を取らせるためにと王城へと招かれたのだ。


 今は大広間で謁見の最中である。


 き、緊張するなあ……。僕、まったく礼儀作法とか知らないんだけど大丈夫だろうか。


 ちなみにエルフィは比較的余裕がありそうで(慣れてるっぽい)、ルーナは物珍しそうに周囲をきょろきょろしている。


「王都を守った功績は大きい。望みがあるなら何でも言うがいい。余が必ず叶えてやろう」


 何だかとんでもないことを言われている。


 断るのも失礼なので、僕はまず、「ルーナの安全」を確保してもらえるように頼んだ。


 『黒いサイクロプス』と戦ったときにルーナは竜の姿をさらしてしまったし、それが原因でトラブルになるのは避けたい。

 国王様はそれをあっさり了承してくれた。


「よかろう、その者を他の国民と同じ扱いをするよう触れを出す。この国にいる限り揉め事が起こることはなかろう」

「ありがとうございます!」

「他にはないか?」


 ちらりと横を見ると、エルフィは首を横に振る。

 一方、ルーナは「王城の中を探検してもいい?」と尋ねて案内付きで了承され、目を輝かせていた。


「願いは以上か? 宝物でも屋敷でも何でも構わんぞ?」


 国王様が再度尋ねてくる。

 僕は少し悩んでから、こう言った。


「宝物も屋敷もいりません。ですが、一つだけ叶えて欲しい願いがあります」

「申してみよ」


 国王様に促され、僕は口を開き――





 アレス・セルフォルトは目を覚ました。


「ここは……」


 ぼんやりした視界であたりを見回す。

 目に飛び込んできたのは見慣れない天井だ。どうやら仰向けに寝かされているらしい。


(俺は……負けたのか)


 徐々に記憶がよみがえってくる。


 酒場で会った老人に腕輪を渡され、あれを着けた直後にカイへの憎しみで支配された。

 その後王都に侵入し、カイに再度敗れ、怒りが頂点に達した自分は腕輪の力に呑まれた。


 『黒いサイクロプス』と化した自分は、王都を破壊しながら暴れ回ったのだ。


 最終的には結局カイに討伐されたようだが。


 白い熱線によって『黒いサイクロプス』の肉体は貫かれ、取り込まれていたアレスは生きたまま排出された。

 その後のことはわからないが、おそらく騎士にでも捕まったのだろう。


 そんなことを考えながら、体を動かそうとして――


「………………、ん?」


 アレスはようやく自分がガチガチに拘束されていることに気付いた。


 簡素な寝台に寝かされ、極太の皮ベルトで動けないよう縛り付けられている。


 場所は牢屋ではなさそうだ。

 というかむしろ、『研究室』とでもいうべき雰囲気があるような。


「おおっ、目覚めたかい『黒いサイクロプス』の器君!」

「だ、誰だてめえ!?」


 ひょっこり顔をのぞかせたのは茶髪に白衣の女性だった。頭部には狼のような耳がぴこぴこと揺れている。


「私はカミラ・ルーシャという。まあ平たく言えばきみのご主人様みたいなものさ」

「は? ご、ご主人様……? お前、騎士じゃねえのか?」

「違う違う。私は魔物学者だよ。罪人であるきみは処刑されるはずだったんだけど、イロイロ無理を言って譲ってもらったのさ。

 いやー、あの伝説の『黒いサイクロプス』を体に宿した素体が手に入るなんて私は幸運だった! これは人体強化方面での研究に新境地が拓けるかもしれないね!」


 何やら一人でハイテンションになっている茶髪白衣の女性にアレスはだんだん嫌な予感がしてくる。


 騎士ではない。研究者。素体という単語の数々。

 プラス、拘束されている自分の状況。



 = 人体実験



「は、外せ! 今すぐこの拘束を外せええええっ!」

「こらこら暴れるんじゃない。きみはしばらく寝たきりだったわけだし、とりあえずこの『トレント』の樹液から作った最強ドリンク『モンスター(緑)』を飲みたまえ」

「もがっ!?」

「よしこれできみは元気になった。なったね? それじゃあ観察スタートだ。とりあえず手始めにこの体内観察用小型撮影機カメラを呑み込ませて、と……」

「んごっ、―――――ッ!?」


 謎の液体を飲まされた挙句、何やら大量の管がついた謎魔道具を口の中に押し込まれる。


 逃げ出そうにも拘束具は一体何でできているのか、レベル五十オーバーのアレスが全力を出しても抜け出せない。


「おっ、さっそく通常の人間との相違点発見だ。あ、撮影機を吐こうとしても無駄だぞ。不随意筋ごときで排出できると思わないことだな」

「んぐんん――――――!」


 涙目になりながら必死に抵抗するアレスだったが、結局どうすることもできずにカミラに体を弄り回されるしかなかった。





『……何やら悲鳴が聞こえるんですが』

「まあまあ、細かいことは気にしないで」

『これはそう簡単に流していいことなんでしょうか……』


 魔晶石越しに眼鏡の『神官』、クロードが呆れたように言う。


 場所はカミラさんの屋敷の一室。


 ただしアレスが暴れて半壊したのとは別の場所だ。

 どうもあの人、王都の中にいくつも屋敷を持っているらしい。

 資料やら標本を集めているうちに敷地が足りなくなるんだとか。


 王都に複数の屋敷を持つなんて富豪もいいところだけど、実際お金は有り余っているらしい。

 色々と底知れない人物である。


『それで、さっきの話は本当なのですか?』

「本当だよ。アレスは僕たちを追って王都に来て、『黒いサイクロプス』に化けて大暴れしたんだ」

『……もうわけがわかりません』

「本当にね……」


 現在、僕はアレスのパーティメンバーであるクロードに王都の一件を伝えたところだ。


 遠隔連絡アイテムの魔晶石は、大地虎ランドタイガーの一件のときにクロードから借りっぱなしになっていた。それを使って連絡を入れたのだ。


『まあ、それが本当なら……アレスが死罪にならなかっただけでも奇跡ですね』


 クロードがしみじみそんなことを言う。


 アレスはあれだけのことをしておいて処刑を免れた。


 理由は二つ。

 まず、カミラさんがアレスを検体として欲しがったこと。


 魔物学者である彼女にとって、『黒いサイクロプス』の器となったアレスの肉体には興味が尽きないらしい。

 カミラさんは国の発展に何度も協力しており、国王様も頭が上がらないんだとか。


 もう一つは、僕が国王様にアレスの助命を嘆願したこと。


『今更ですが、カイ。なぜあなたはアレスを庇ったりしたのです?』

「……何となくだよ」

『……相変わらずお人好しですね』


 アレスが暴れたことによって街は破壊されたけど、人的被害は一切なかった。


 アレスに色々思うところはあるけど、あれでも一年近くパーティを組んでいた相手でもあるのだ。

 庇える立場にいるのに死なせてしまうのは、少し心が痛む。


 そういう理由で僕は謁見の際、国王様にアレスを処刑しないよう頼んだのだった。


 国王様は難しい顔をしていたけど、いくつかの条件つきで認めてくれた。


「まあ、これからアレスは大変だろうけどね」

『いい薬です。少しはアレスも反省したほうがいい』


 アレスの新しい立場はカミラさんの実験材料――に加えて、国への奉仕活動。


 要するに強い魔物なんかが出たら討伐よろしくね、というわけだ。


 貴重な上級職の冒険者だし、国としても利用価値があると判断したんだろう。


『気になるのはアレスに腕輪を渡したという老人ですね。何者でしょうか』

「さあ……」


 アレスを変貌させた腕輪の出所についてはわからなかった。


 『黒いサイクロプス』の魔核は本来封印されているはずだった。

 それがどうして腕輪なんかになっていたのかは謎のままだ。

 アレスもその老人の素性は知らないようだったし。


『まあ、老人についてはこちらでも調べておきます。……カイ、アレスを助けてくれてありがとうございました。それでは』


 クロードはそう言って通信を切った。


 通信が終わったタイミングで、ひょこ、と物陰からエルフィとルーナが顔を覗かせた。


「カイさん、通信は終わりましたか?」

「うん。もういつでも行けるよ」

「それじゃあ出発しましょう! もうばっちり準備はできてるわ!」


 エルフィとルーナは旅支度を整えている。

 そんな二人と一緒に僕は部屋を出て、実験室のほうに歩いていく。


「カミラさん、それじゃあ僕たちは行きます」

「そうかい。気をつけてね」

「はい。ありがとうございます」

「んぐんんんがぁあああああああ!(平然としてないでこの女何とかしろ、という顔)」


 カミラさんと挨拶を交わして扉を閉じる。


 なんか寝台に縛り付けられたアレスが助けを求めるような顔をしてた気もするけど、見なかったことにしよう。

 ほら、命があるだけ感謝してもらわないと。


 カミラさんへの挨拶を終えた僕たちは屋敷を出て馬車の待合所に向かう。


「……ねえ、ふたりとも本当についてきてくれるの?」


 あれ、何だかルーナが不安そうな顔をしてる。


「もちろん。一緒に行くよ」

「ここまで来てルーナちゃんを放り出すわけないじゃないですか」

「――――、ふたりとも大好きーっ!」


 僕たちが言うと、ルーナはぱあっと顔を輝かせて抱き着いてきた。

 まったく、この期に及んでルーナを見捨てるわけがないだろうに。


「長旅になるけど、せっかくなら色々観光しながら行こうか」

「それはいい考えですね」



 カミラさんから聞いた『ルドラの系譜』の棲み処ははるか北西の『岩竜山脈』。


 現在地からは遠く離れているので長い旅路が必要になる。

 どうせならその間を色んな場所を見物するのもいいだろう。


 待合所に向かうまでの間、僕たちは目的地までの旅程を話し合うのだった。

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パーティを追放された<狩人>、SSランク神器に選ばれて世界最強の弓使いに~毎日孤児に優しくしていたら神様に気に入られたようです。かわいい聖女様と一緒に新たな旅を始めたので、昔の仲間の元には戻りません~ ヒツキノドカ@書籍発売中 @hitsukinodoka1201

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