第30話

「……あれ、どこにやったかな。『ルドラの系譜』の資料はこのへんにまとめてあった気がするんだが……あれー?」


 カミラさんの困ったような声が聞こえてくる。


 壮絶な初対面を終えてカミラさんの屋敷に案内された僕たちだったけど、研究室らしき部屋は大量の書類やら魔物の素材やらで溢れかえっていた。

 それはもう、足の踏み場もないくらいに。


 そんな場所のどこかにルーナ――『ルドラの系譜』にまつわる資料があるらしく、カミラさんはもう十五分ほどもがさがさと部屋を探し続けている。


「ヒマね……」

「そうだね……」


 ルーナとぼやき合う。僕たちはいつまで待っていればいいんだろう。


「………………もう限界です」

「え、エルフィ?」


 隣で沈黙していたエルフィがわなわなと震えだし、カミラさんに近付いていく。

 そして言い放った。


「カミラさん! この部屋、私に掃除させてください!」

「……へ?」


 カミラさんは唐突なエルフィの言葉に目を瞬かせていた。



 三十分後。



「うぉおおおおおおお!? 資料が本棚に整然と並べられ魔物素材は見やすく整頓されてるーっ!?」

「机の上に散らばっていた資料はこっちの箱に移しておきました。『いま必要なもの』だけここに入れるようにすれば散らからないはずです」


 エルフィの凄まじい手際によって清掃されたカミラさんの研究室はとんでもなく綺麗になっていた。


 散らかっていた場所はきちんと収納され、床や机まで磨かれてピカピカだ。

 僕とルーナが手伝う暇もなかった。

 エルフィにこんな特技があったなんて……!


「エルフィ、すごいわね! あっという間に部屋が綺麗になったわ!」

「教会の孤児院ではよくやっていましたから……家事は得意なんです」


 前に弁当を作ってきてもらったときも思ったけど、エルフィはかなり家事のスキルが高いようだ。


 きっといい奥さんになるに違いない。

 このことがバレれば街の男性冒険者たちからの人気がさらに上昇してしまうだろう。


「なあ、カイ君。エルフィ君をうちの助手にもらっていってもいいか?」

「絶対に駄目です」

「お金ならいくらでも積むけどなー……」

「何と言われても渡しませんよ。エルフィは大事な仲間なんですから」

「ちぇー」


 僕がきっぱり言うと、物欲しそうにしていたカミラさんは大人しく引き下がった。


 まあ、部屋の最初の散らかり具合を見るにこの人には助手がいたほうがいいような気もするけど……さすがにエルフィを、というわけにはいかない。


「大事な仲間、ですか。……ふふ」


 エルフィが何だか嬉しいことでもあったみたいににこにこしている。

 可愛すぎて危ない、この人。


「で、『ルドラの系譜』の情報はっと――あったあった。これだね」


 カミラさんが一冊の資料を取り出して広げる。


「今更なんですけど、『ルドラの系譜』って何なんですか? ルーナたちは普通の飛竜とは違うんでしょうか」


 僕が尋ねると、カミラさんは資料をめくりながら応じる。


「そりゃ違うよ。普通の飛竜は人間に化けられないし、人間とコミュニケーションを取れるだけの知能もない。

 竜ははその強さから神聖視されがちだけど、基本的にはただの魔物でしかないからね」

「じゃあ、ルーナはどうしてそれができるんですか?」

「――祖先が人間だからさ」


 驚愕の事実をあっさりと口にして。

 カミラさんはルーナたちについてこう説明してくれた。


「きみたち、職業石は知ってるね?」

「え? 飲むと職業を得られるアレですか?」

「そう、その飲むと職業を得られるアレだ。あの石は昔はもっと高純度のものが多くて、今よりずっと多種多様な職業を生み出していた」


 カミラさんいわく。


 職業石は魔力の塊で、その純度は大気中の魔力濃度に関係する。

 人々が増え、街が発展した現代においては、職業石はかつてほどの純度はないそうだ。


「そのせいか昔はもっと職業の幅が広かった。そんな中、一人の男が特別な魔術を発現させた。【竜化】の魔術だ」

「竜化、ですか」


 『魔術師』の職業はそれぞれ扱える属性が違う。

 炎とか氷とか、大抵一種類だけだ。

 そのバリエーションの中に、【竜化】なんてものが存在したらしい。


「聞いたことないだろう? だが昔はそんなヘンテコ能力がいくつもあったのさ。

 で、その男は何を思ったのか、人間としての姿を捨てて竜として暮らした。それがその時代の氷竜と交わり、子をなした。……それが『人化』と『氷魔術』を操る竜たちの始まりとされている」


 カミラさんはそう告げた。


 人間と竜を行き来する能力。それは代を経ても子孫の中に残り続けた。

 だからこそその末裔であるルーナは竜でありながら人間の姿にもなれるのだ。


 いうなれば竜と人間の中間ハーフ

 それが『ルドラの系譜』の正体ということらしい。


「ちなみにその初代の名前が『ルドラ』だ」

「……なるほど」


 『ルドラの系譜』という呼び名は最初の【竜化】魔術を発現させた人物が由来のようだ。


「ま、そういうわけだから学者の間でもこの話はあんまりウケが良くない。ほとんどお伽噺の領域だからね。

 資料が出てこないのは、もともと個体数が少ないのと、研究しているやつがいないことが原因じゃないかな」


 そう言ってカミラさんは『ルドラの系譜』に関する説明を締めくくった。


「ルーナちゃん、この話知ってましたか?」

「……言われてみれば、お母さまからそんなことを教えられたような……? でもあんまり覚えてないわ! あたし、勉強とか嫌いですぐ逃げてたし!」


 エルフィに聞かれてルーナがあんまり褒められないことを言っていた。


 さて、『ルドラの系譜』についてのことはわかった。

 けれど肝心な部分の質問がまだだ。


「カミラさん。それで、ルーナの故郷は……『ルドラの系譜』の棲み処はどこにあるんですか?」

「心配しなくてもきちんと調べてあるよ。えーっと、場所は北西大陸の――」


 カミラさんが言いかけた瞬間。



 ガッシャアアアアアンッッ!! と表の方から破壊音が響いてきた。



「「「!?」」」

「む……うちの門でも壊されたのか?」


 僕、エルフィ、ルーナが振り向きカミラさんは呑気そうに首を傾げる。


 慌てて窓の外を見やると、そこにはもうもうと砂煙が上がっていた。

 カミラさんの言った通り、屋敷の門が破壊されている。


「確認してきます!」


 僕は屋敷を飛び出し道路に面した庭に向かう。

 そこにいたのは。


「やぁあああーっと見つけたぜ。久しぶりだなぁ、カイ」

「アレス……!?」


 破壊した門を通過して庭にやってくるのは赤髪の青年――アレスだ。

 手にはどこで入手したのか、衛兵の紋章入りの長剣が握られている。


 そしてその手首には見覚えのない腕輪が嵌まっていた。


 腕輪の中央部に黒い宝玉が埋め込まれている。

 そして腕には葉脈のような模様が走り、禍々しい魔力が腕輪から供給されている。

 その影響かアレスの右腕はドス黒く変色していた。


 状況がわからず僕は問いを発する。


「アレス、きみがどうして王都にいるんだ!」

「決まってんだろ。てめーに借りを返しにきたんだよ。……ああそうだ。お前に負けてから全部おかしくなったんだ。お前をブチ殺さねえと、俺の苛立ちが収まんねえんだよ!」


 癇癪を起すようにアレスが叫んだ。その目は殺意に満ちており、ひどく血走っている。


(……本当にアレスなのか……?)


 確かにアレスはわがままで横暴で戦うことにしか興味のない変人だった。

 けれど、ここまで異常ではなかったはずだ。

 今のアレスは何か悪いものに取り憑かれているようにも見える。


 ――と。


「でやぁあああああああああああっ!」

「……あん?」


 高く飛んだルーナが落下の勢いを乗せて両刃斧を振り下ろした。


 アレスはそれを回避したものの、斧を叩きつけられた地面が、ゴバッ! と盛大に抉れた。


「あれは……アレスさん? なぜこんなところに!」

「あんまり庭を壊さないでほしいんだけどねえ……」


 次いでエルフィとカミラさんも庭に出てくる。

 ルーナが両刃斧を構え直す。


「門を壊したのはあんたね! それに何か変な『匂い』までプンプンするし……何のつもりか知らないけど、叩き出してやるわ!」


 問答無用とばかりにルーナが再度突撃する。


 大地虎ランドタイガーの鎧も軽々と粉砕した『重戦士』の攻撃。

 それに対してアレスが取った行動はシンプルだった。


「邪魔すんじゃねえよ、ガキ」


 受け止める。しかも剣ではなく素手で。

 腕輪から何かを供給され、黒く染まる右腕を突き出してルーナの斧を防御した。


「う、嘘でしょ!?」

「どいてろ!」

「きゃああっ!?」


 ぶんっ、とアレスが斧を受けた手を薙ぐ。

 ルーナは持ち上げられ、砲弾のような勢いで塀へと叩きつけられた。


「ルーナちゃん!」


 エルフィが慌てたように駆け出していく。ルーナは目を回していたけど、エルフィに治療を受ければ大丈夫だろう。


 アレスはそんな二人はどうでもいいというように僕を睨みつけた。


「俺と戦え、カイ」

「何を……」

「模擬戦のやり直しだ。今度は俺が勝つ。勝って、俺の方が強いことを証明してやる!」


 剣を突き付けてそんなことを喚いてくる。


「カイ君……きみ、変なのに好かれてるなあ……」

「好かれてはないと思いますけど……」


 カミラさんが同情したように言ってきた。

 この人に言われるのは何だか色々と遺憾すぎる。

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