第29話


 王都にやってきた僕たちはさっそく魔物学者が住むという西区画へと向かった。


 西区画はあまり治安のよくないエリアだ。

 しかし土地が安くもろもろの実験に文句を言ってくる人間が少ない。

 そのあたりの事情が理由じゃないか、と道を尋ねた相手が教えてくれた。


 ちなみにその住民も「え? あそこに行くの?」みたいな反応だった。

 本当に何者なんだろう、その魔物学者。


「ここみたいだね」

「ですね」


 やってきたのは大きな屋敷。

 ただし手入れを怠っているのかところどころボロボロで、何となく怪談話の舞台になりそうな雰囲気だった。


 とはいえ聞いていた場所はここに間違いないのでドアを叩いてみる。


「すみません、魔物学者のカミラさんはいらっしゃいますか」


 どんどんどんどん。

 しばらく叩いているとその人物は現れた。


「なんだい、こんな朝早く……」


 昼過ぎだというのに寝ていたのか眠そうに目をこする女性が、扉を開けて現れた。


 クセのある茶髪を肩まで伸ばしており、顔立ちは整っているものの目の下にはクマがある。

 白衣をだらしなく着ているところが研究者っぽい。


 けれど――そんなことはどうでもいい。


「急に押しかけてすみません。あなたが魔物学者のカミラ・ルーシャさんで――」


 言いかけて、僕はその人物の頭部を見て唖然とした。


「…………お、狼の耳……?」


 そう、彼女の頭部にはぴこぴこ動く三角形の耳がくっついていた。


「尻尾もあるわね!」

「ほ、本当です……」


 ベースである普通の人間の姿に狼の耳と尻尾が追加されている、という感じだ。

 耳と尻尾は何かのアクセサリーかな、と思うものの動いているのを見るとそうじゃないらしい。


「もしかして、獣人の方ですか?」

「んー? あー、違う違う。獣人ってのはもっと獣に近い外見をしている連中さ。具体的には身体組成の半分以上が動物。頭全体が猫だったり、腕が翼だったりね。

 私はそこまで動物寄りじゃないだろう?」


 僕たちの反応を面白がるように狼耳を動かしながらそんなことを言ってくる。


「じゃあ、あなたは一体……」

「昔ちょろっと好奇心で『フェンリル』の生き血を飲んでみてね。そしたらどうも『混ざった』らしい。だからまあ、獣人というより魔人かな? 魔物の因子を取りこんだわけだし」


 魔物を取り込む。

 その奇想天外な解答に絶句してしまう。


 フェンリルといえば凶暴かつ強力な狼の魔物だ。確か大地虎ランドタイガーよりも危険度ははるかに高かったはず。

 この人物はその血を飲んで肉体を変質させたらしい。


「魔物を取り込んだりして悪影響はなかったんですか?」

「んー? まあ、耳と尻尾が生えたり年を取らなくなったりしたくらいかな。たいしたことじゃないよ」

「ええ……」

「何だいその反応は。私は魔物学者だよ。フェンリルの血なんてあったら飲むだろう普通」


 うん。この時点で理解できた。

 この女性はかなりの変人だ。普通は魔物の血なんてあっても飲まない。


 けれどそれは逆に魔物学者としての信用を増すものでもある。

 それだけの情熱を魔物研究に捧げる人物であれば、ギルドも知らないルーナの故郷に関する情報を持っているかもしれない。


「遅くなりましたが、僕はカイといいます。こっちはエルフィとルーナ」

「私はカミラだ。で、カイ君だっけ? 結局きみたちは何をしにきたんだい?」

「聞きたいことがあって来ました。カミラさん。あなたは『人に化ける竜』について知っていますか?」


 単刀直入に聞く。



「――知ってるよ。『ルドラの系譜』のことだろう? 氷を操る飛竜の一種だ」



「「「!」」」


 あっさりと頷かれて僕たちは驚愕した。

 本当に知ってるなんて!


「そ、その『ルドラの系譜』についてお聞きしたいんです」

「物好きだねえ。何でそんなことを?」

「それは……」


 僕たちは頷き合い、ルーナが前に進み出る。


「あたしがその氷竜だからよ」

「……何だって?」

「証拠を見せるわ」


 この屋敷は塀に囲まれているとはいえ、人目につかないとも限らない。

 ルーナは体で隠しつつ、差し出した腕に部分的な竜化を行う。


「これは……竜の鱗か!?」

「あたしはその、『ルドラの系譜』よ。けど、人間にさらわれてここに連れてこられた。あたしは故郷に帰りたい。だから、あたしの故郷がどこにあるか知ってたら教えてほしいの」


 鱗を生やした腕を見ればルーナが普通の人間ではないことは一目瞭然。

 まして魔物に詳しい人物であればなおさらだ。

 魔物学者――カミラさんは驚愕したようにまじまじとルーナを見た。


「なるほど。故郷に帰りたい、か。確かに私は『ルドラの系譜』の棲み処を知っている」

「本当!?」


 ルーナは喜びの声を上げるが、カミラさんはそれを見てもったいぶるように言う。


「知っているが……けどなー、これは私が必死に調べて掴んだ情報だからなー。タダで教えるのはちょっとなあ」


 つまり情報料を払えということだろうか。


「わかりました。いくら用意すればいいですか?」

「あ、金はいらないぞ。腐るほど持ってるからな」

「それじゃあ何が……」

「なに、簡単なことだ」


 カミラさんはにっこり笑って、


「――『ルドラの系譜』。きみの目玉を片方くれないか? そうすれば私の研究はさらなる発展を遂げることだろう」

「「「……、」」」


 あれ? もしかしてこの人予想以上にアレな人格してない?


「さ、さすがにそれはちょっと……」

「しかし冷静に考えてみてほしい。目玉は二つあるんだから一つくらい誰かにあげてしまってもいい気がしないか?」

「よくないですよ!?」


 冗談かと思ったら目が本気だった。

 エルフィが唖然として固まり、ルーナは怖がって僕の後ろに隠れてしまう。


「仕方ない。目玉が嫌というなら腕でも構わないよ」

「まったく譲歩されている気がしないんですが」

「くっ、これでも渋るか。では指ならどうだ? 二十本もあるんだから一本くらい」

「そういう問題じゃありませんよ! 何で体の一部を持っていこうとするんですか!」


 頑なにルーナの体の一部を持って行こうとするカミラさんに僕は辟易してしまう。

 冒険者をやって長いけど、こんな狂気的な交渉は初めてだ。


「か、カイ、この女怖い……!」


 ルーナが本当に珍しく怯えている。正直僕も同意見だ。


「わかったよ。では、痛みを伴わない場所で手を打とうじゃないか。爪の先、髪の毛ひと束、剥がれかけの鱗。そのあたりでどうだい?」

「……そのくらいなら」


 しばらく押し問答した後にカミラさんが妥協案を提示し、それで合意した。


 ルーナが部分竜化を行い、爪の先、取れかけの鱗を渡す。

 髪は解体用のナイフで少し切って渡した。


「ふふふふふこれが世にも珍しき『ルドラの系譜』の細胞か! いやー、最近竜に関する研究にはまっていてね! これでまた新しい知識が得られることだろう!」


 嬉しそうにその場でくるくる回るカミラさん。

 何だかすでに疲れた……。


「よし、それじゃあ屋敷の中に入るといい! 『ルドラの系譜』ついて、私の知っていることを何でも話そうじゃないか!」


 そんな言葉に導かれ、僕たちはカミラさんの屋敷の中に入るのだった。





「とっ、止まれ! この化け物!」


 衛兵の一人が声を引きつらせて叫ぶ。


 王都の入り口。

 その場所には現在――地獄絵図が広がっている。


「化け物? そりゃもしかして俺のことか?」

「他に何がある!」


 商人、冒険者、旅人。

 王都に入る手続きのため関所の前に並んでいた人々は、理不尽なまでの暴力によって蹂躙されている。

 数十人がぐったりと横たわるその中心には赤髪の青年が立っている。


 赤髪の青年が人々を攻撃した理由は簡単。


 目的地に入るための道を塞いでいて邪魔だったから。それだけだ。

 それだけで、目の前に並んでいた人々を襲い、骨を砕き、血まみれにした。


 その結果、関所に駐留していた衛兵たちに取り囲まれているのだった。


「お前のようなやつを王都に入れるわけにはいかん! 総員、かかれぇえええええッ!」

「「「おおおおおおおおおおおおおおっ!」」」


 武器を構えた衛兵たちが赤髪の青年の元に押し寄せる。

 赤髪の青年は武器すら持っていない。

 十数人の武装した衛兵に勝てるわけがない。普通なら。


「邪魔すんじゃねえよ、ザコ共が」


 突き出される槍を回避し、腕を振るう。

 黒い宝玉の埋め込まれた腕輪を装備し――そこから膨大な力を流し込まれている右腕を。


「ぐぁっ!?」

「何だこの力は――っ!?」


 衛兵たちは面白いように吹き飛んでいった。もろに腹を殴られたものなどは、内臓が爆ぜて吐血した。

 すぐに治療しなくては落命するほどの大怪我。

 それでも、まだ加減しているほうだった。


「チッ、ろくな剣がねえな。……まあこれでいいか」


 赤髪の青年は昏倒した衛兵の手から剣を奪い、王都へと侵入していく。


 もはや止めるものは誰もいなかった。


「さぁて、どこにいやがるんだろうな。カイのやつは」


 赤髪の青年――アレスは血走った目で、獲物を探すように王都の街並みを眺めた。

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