第18話

「ララ! 無事でよかった……!」


 駆け寄ってきたルーナが金髪の少女――ララを見て安心したような息を吐く。


 ララのほうも、「何とかね」と苦笑していた。


 運び屋たちを退治したあと、僕は詰め所で待機していたエルフィたちと合流していた。


「無事、とは言えないかもしれません。ひどく殴られた痕があるので……」


 ララに付き添ってくれている衛兵が言う。


 確かにララの体中にあざがある。

 運び屋たちに虐められたんだろう。……許しがたい。


「あ、それなら私が治します!」


 そう言ってエルフィがララの前に進み出る。


「え? いや、この子はかなりの怪我だからすぐには」

「【上位アークヒール】!」

「!? 馬鹿な、折れた腕までが一瞬で……!?」


 エルフィの回復魔術によって一瞬で完治したララを見て、衛兵が驚愕していた。


 うん。さすがエルフィ。

 毎度思うけど、職業レベル45は伊達じゃない。


「すごい、もう体痛くないよ! ありがとうお姉さん!」

「いえいえ、どういたしまして」


 ララが元気よくお礼を言い、エルフィもそれに応じている。


「ララ、ララぁっ……!」

「うん、心配してくれてありがとうルーナ。抱き着いてくるなんて可愛いところが――っていだだだだた!? 待ってルーナ力強い!」

「うわあああんっ! 心配したのよ! あたしを逃した後あなたがどんな酷いことされたのかって!」

「話聞いて! ちょっ、腰のあたりからバキバキいってるから!」


 回復したララを見て、感極まったようにルーナが抱き着いている。

 飛竜として高い膂力を持つルーナの抱擁はララには苦しすぎるようで悲鳴が聞こえてくる。


 ……あれ? もしかしてこれ止めた方がいい?


 そんなやり取りをする中、衛兵がゴホンと咳ばらいをし、僕たちに頭を下げてきた。


「まずはあなた方に感謝を。おかげで卑劣な犯罪者を逮捕することができました。

 特にそちらの『狩人』の――カイ殿、でしたか。あなたのおかげで悪名高い『暴風』まで捕まえられたのです。感謝してもしきれません」


「い、いえ。もとはと言えばこっちが持ち込んだ話ですから」

「それでもです。ありがとうございます」


 あくまで感謝を告げてくる衛兵に、僕は苦笑するしかない。


「これからどうなるんですか?」

「そうですね……まずは、運び屋二人への尋問。それと並行して、この子たちを元の場所に送り届ける準備をします」


 衛兵の言葉に飛びついたのはララだ。 


「ほんと!? 私たち帰れるの!?」

「もちろん。行商人に話をつけて乗せて行ってもらうつもりだ。きみのいた街や村の名前はわかるかい?」

「うん! アーリス村だよ!」

「アーリス村か。随分遠いが……安心していい。必ず送り届ける」


 衛兵はララの言葉に頷き、それからルーナを見た。


「きみはどこから来たんだい?」

「……わからないわ」


 ぽつりと、ルーナはそう告げた。


 衛兵は考え込むような仕草をしてから、


「それじゃあ、何か目印になるものはないかな?」

「高い岩山があるわ。すごく高いのよ。下りていくと森があって……」

「い、岩山? 森? 何か特別な民族とかなのかい?」


 衛兵が混乱している。

 その様子を見てエルフィが耳打ちしてくる。


「(カイさん。ルーナが竜だって明かした方がいいんじゃないですか?)」

「(うーん……)」


 話をややこしくしないため、ルーナの正体について衛兵には伏せている。


 けど、あらかじめ危険はないと言っておけば、ルーナの正体をばらしても問題ないような気もする。


 とはいえそれを言ったところで、状況が解決するからまた別だ。


「どの国や領地から来たとかは?」

「……? わからないわ」

「それじゃあ、最寄りの町はどんな感じだったかとか」

「ここと似てたわね。建物があって、人間がたくさんいた」

「う、う――――ん……」


 衛兵とのやり取りを見る限り、ルーナは根本的に自分の故郷がどこかわかっていない。


 まあ、当然といえる。

 彼女はずっと飛竜として暮らしていたようだし、人間がつけた地名なんてわかりっこないだろう。


 困り果てている衛兵の横からララが口を出した。


「ルーナ、家がわからないの?」

「……そうね」

「それならうちに来なよ! うち狭いけど、ルーナ一人くらいなら全然問題ないよ!」


 ララが明るい口調でそんなことを言ってくる。


 きっと彼女はルーナが心配なんだろう。


 けれどルーナはゆっくりと首を横に振った。


「……ううん。あたしは、帰りたい」


 短いその言葉には切実な響きが込められていた。


 ララと一緒に行くのが嫌なわけではないんだろう。

 けれど人間にさらわれ、売り飛ばされたルーナは故郷を恋しく思っているのだ。


「そっかー、残念」

「ら、ララが嫌いなわけじゃないのよ? 本当よ?」

「ううん、いいよ。帰りたい気持ちは私もわかるしね」


 そんなやり取りをするルーナたちを見て、僕はある決意をする。


「あの、エルフィ。相談があるんだけど」

「いいと思いますよ」

「待ってエルフィ。僕はまだ何も言ってないよ」

「言われなくてもわかります」


 にこにこと笑って言われた。


 ……なんだか見透かされてるみたいで恥ずかしいけど、まあいいや。


 僕はルーナに言った。


「ルーナ。僕たちと一緒に行こう」

「え?」

「きみの故郷は僕たちが見つけるよ。だから一緒に行こう」


 ルーナはきょとんとして目を瞬かせている。


 こんなことを言い出した理由はいくつかある。

 乗りかかった船だとか、遠方に放り出されたルーナが気の毒だとか。


 だけど一番大きいのは、孤児院の子供たちを思い出すからだろう。


 やっぱり僕は子供には弱いのだ。


「ほ、ほんとに?」

「うん。まあ、信じてもらえないかもしれないけど……」

「ううん。カイとエルフィなら信じるわ」


 首を横に振って、ルーナはぺこりと頭を下げてきた。



「あたしの故郷を、さがしてください」



 改まったように言われて、僕とエルフィはそれぞれ頷きを返した。


「……というわけなんですけど、僕たちがこの子を預かっても構いませんか?」

「え、ええ。うちとしてはありがたいですが」


 衛兵にも話を通しておく。

 衛兵は少し驚いていたようだけど、すぐに了承してくれた。


 彼らも運び屋の尋問など仕事が多いわけで、僕たちの申し出は都合が良かったんだろう。


「よければララちゃんも僕たちで預かりましょうか?」

「いいんですか?」

「ルーナとも仲が良さそうですし……そちらも仕事が大変でしょうし」

「助かります。そっちの子に関しては、送り届ける目途が立ち次第引き取りに行きますので」

「はい。お願いします」


 そんなわけでララのほうも一時的に預かることに。


 こちらは衛兵が彼女を送る方法を確保するまでの間だけなので、せいぜい数日くらいだろう。


「えっ? 私ルーナと一緒にいていいの? お兄さんたちありがとう!」


 ララが声を弾ませる。


 ついさっきまで人さらいに捕まっていたはずなのにこの元気。この子は大物の可能性がある。


「賑やかになりますね、カイさん」

「そうだね。宿をもう一室取らないと」


 僕とエルフィは苦笑を交わしつつ、そんなことを相談するのだった。

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