第17話

「くそっ、まだあのガキは見つからないのか!」

 


 『穴熊のねぐら亭』という宿屋の一室。

 椅子を蹴飛ばして男が喚いている。


「わざわざ冒険者ギルドに依頼まで出したというのに、ろくな情報が集まってこない! この街の冒険者は無能ばかりか!?」


 男は焦っていた。


 彼は裏社会で名前の売れた運び屋だ。

 今まで仕事で失敗などしたことがなかった。


 商品を逃がしたなんて失態が広まれば、これまでに作り上げた信頼が一気になくなってしまう。 


「落ち着けよー相棒。焦ったって仕方ねえだろ」


 そんな彼に声をかけたのは、運び屋の相棒である。


「なに呑気なことを言っているんだ、アッシュ! あいつが見つからなければお前だって破滅だぞ!?」

「静かにしろよ、宿の他の客に怪しまれたらどうすんだ? 一人逃がしたっつっても、もう片方はまだここにいるんだぞ」

「…………それはそうだが……」


 相棒の言葉に運び屋の男――モリスは舌打ちをする。


 確かに彼の言う通りだ。

 この宿の一室には、逃げ出した飛竜の少女ではないほうの商品が残っている。怪しまれるのはまずい。


「心配すんなよ。あのガキはどうせ戻ってくる。残ったガキを見捨てられねえだろうからな」

「そうであることを祈るよ」


 運び屋の二人がそんなやり取りをしていると。



 コンコン、と部屋の扉がノックされた。



「何だ? また冒険者が情報を持ってきたのか?」

「知るかよ。とりあえず出とけモリス」

「あ、ああ」


 相棒に言われ、モリスは扉を開けて。



「衛兵だ! ここに人身売買の重要参考人がいると聞いてやってきた。話を聞かせてもらおう」

 

「っ」


 予想外の事態に息を呑んだ。

 扉の向こうにいたのは数人の衛兵だった。


(『商品』を運んでるのがバレた!? 馬鹿な、そんなはずがない!)


 混乱しながらも、モリスは冷静を装って返事をする。


「い、いきなりやって来て何のつもりですか? 俺たちは何もしていませんが」

「なら、調べても構わんな。入らせてもらうぞ」

「ちょっ、何勝手に入ってんだよ!」


 衛兵はモリスの制止を無視して部屋に踏み込んでくる。


 モリスの相棒、アッシュが無言を貫く中、衛兵は部屋を眺める。


 そこにはごく普通の宿の一室があるだけ。


「……」

「ほら、何もないでしょう? 俺たちが人身売買だなんて、濡れ衣もいいところですよ」


 モリスの言葉を聞き流しながら、衛兵はおもむろに部屋の隅に進み。


「あっ、ちょっ、待った! そこは――」 

 衛兵が開けたクローゼットの中に、それはいた。


『んぐーっ、ぐむーっ!』

 

 金髪の十歳くらいの少女である。


 猿ぐつわをかまされ、喋れないようにされている。

 ひどい暴行を受けたようで体中にあざができ、腕は折れているのか変な方向に曲がっている。


 明らかに、普通の状態ではなかった。


「この子がララか……あの青髪の少女の言っていた通りだな」


 衛兵はそう呟き、厳しい顔で振り返ってくる。


「これはどういうことだ? この子に何をした!?」

「ちっ!」


 もう隠し通せないと思ったのかモリスは扉から逃げ出そうとする。


「捕まえろ!」

「「はっ!」」

「ぐぉおおおおお!?」


 待機していた他の衛兵によってモリスはあっさり捕獲された。


 けれどこの部屋にはもう一人いる。


「あーあ、バレちまったか。なら悪いがモリス、俺だけでも逃げさせてもらうぜ」


 モリスの相棒、アッシュである。

 彼はこの状態でも余裕の表情だった。


「逃がすわけないだろう! あの男も捕えろ!」


 衛兵のリーダーが指示を出す。彼の指示によって数人の衛兵が迫ってくる。


 それを見て、アッシュは懐から『杖』を引き抜いた。



「捕まえられるもんなら捕まえてみろ。俺はそこのモリス雑魚とは違うぞ」


 直後。

 アッシュの持つ杖から、凄まじい暴風が撒き散らされた。





「……わぁーお」


 僕の視線の先で、宿屋の一室からとんでもない轟音が鳴り響いた。



『な、何だぁ!?』

『誰か魔術でも使いやがったのか!? こんな街中で!?』

『穴熊のねぐら亭のほうからだぞ!』



 通行人たちが一気に騒ぎ始める。

 僕はその光景を、建物の屋根の上から見ている状況だ。


 ……簡単に経緯を説明しておくと。


 まず、ルーナから事情を聞いた僕たちはそのまま街の衛兵詰め所に駆け込んだ。


 というのも、奴隷の売買はこの国では違法である。


 犯罪者を相手取るのに自分たちだけでやる必要はない。


 混乱を避けるため、『ルーナが本当は竜』というところだけ隠して衛兵に説明した。


 そのうえでギルドにあった依頼書の話をし、衛兵たちに『穴熊のねぐら亭』に突入してもらったのだ。


 僕としては、それで解決してくれると思ってたんだけどーー


「まさか逃げてくるとはなあ……」


 衛兵たちが突入した『穴熊のねぐら亭』の二階が一部吹っ飛び、大通りに面した壁に穴が開いている。


 そこから一人の男が飛び出してくる。


 男の手元には杖。

 つまり、あの男が魔術で宿を吹き飛ばした可能性が高い。


 ルーナいわく、運び屋の二人のうち片方は手練れの『魔術師』らしいし、あの男がそうなんだろう。


 こういうこともあるかと、僕は外でこっそり待機していたのだった。


 ちなみにルーナとエルフィは衛兵の詰め所に置いてきた。

 ルーナは来たがっていたけど、戦ってる最中にうっかり竜だってバレたりしたら大変なことになるし。


 何にせよ、このままあの男を逃がすわけにはいかない。


「【加速】」


 『ラルグリスの弓』を実体化させて矢を放つ。


「うおっ……【ヴェールウインド】!」


 不意打ち気味だったにも関わらず、運び屋の『魔術師』はそれを風の防壁で弾いてのけた。


「誰だてめぇ!」

「冒険者だよ。きみたちの居場所を衛兵に伝えた人間、って言えばわかる?」

「! そうか、てめえの仕業か……!」


 『魔術師』の男が僕を睨みつける。


 対して僕は戦う意志を示すように弓を構えた。


「逃げたければ僕を倒していくんだね」

「足止めのつもりか? 上等だ、てめえからぶっ潰してやるよ!」


 『魔術師』も杖を掲げて応戦の構え。


 これでいい。

 時間を稼げば衛兵たちも集まってくるだろうし、今はこの男をここに釘付けにするのが重要だ。


「【ウインドエッジ】!」


 ビュゥン!! と『魔術師』の男が杖を振るうと風の刃が撃ちだされた。


「【障壁】!」


 魔力障壁でそれを弾く。


 ……結構強いな。


 障壁から受けた衝撃をからすると、通常時のアレスの剣と同じくらいの威力だろう。


 アレスの腕力並みの魔術となると、この『魔術師』はレベル40は軽く超えていそうだ。


 さっきの不意打ちへの反応といい、かなりの実力者と言える。


「【加速】【増殖】×二十」


 反撃に『ラルグリスの弓』の力を使って矢を放つ。

 『魔術師』の男は慌てる様子もなく杖を構え、


「うざってえ! 【ヴェールウインド】!」


 『魔術師』の男が風の防壁を展開し、今度は向こうがこっちの攻撃を弾いてみせた。


「はっ、残念だったな! この魔術がある限り、お前の矢は俺には届かねえぜ!」


 勝ち誇ったように『魔術師』の男が叫ぶ。 


 確かに弓矢と風属性の魔術は相性が悪い。

 風で周囲を守られると、矢の軌道が逸らされてしまうからだ。


「……」


 さて、どうするか。

 僕は少し考えて、


「【加速】、【増殖】×二十」


 矢を斜め上方に撃ち出した。


「はっ、どこに撃ってんだよ!」


 嘲笑うように『魔術師』の男が言う。確かに矢の軌道はまったく見当違いだ。

 『魔術師』の男の頭上を増殖した矢が飛び越えていく。


 男は僕を嘲笑うように攻撃魔術を準備し始める。



 まったく同時。

 ギュンッ!! と男の後方で矢の群れが軌道を百八十度捻じ曲げた。



「ぐぁあっ!?」


 『魔術師』の男は背後から大量の矢を浴びて悶絶した。


 さっきの矢には【加速】【増殖】の他に【絶対命中】のスキルも乗せていたのだ。


 【絶対命中】を込めた矢は外れた後も標的を追尾する。

 わざと見当違いの方向に撃ったのは、相手を油断させるためである。


 まったく警戒していなかった背後からの攻撃に『魔術師』の男は前によろめく。


 同時に僕は前に駆け出した。


「ぐっ……【ウインドエッジ】!」

「【障壁】!」


 魔力障壁で風の刃を弾き飛ばす。

 そして僕は間合いを詰め、うつ伏せになっている『魔術師』の男に上から矢を突きつけた。


「動くな。動けば撃つ」

「……っ」


 勝負ありだ。

 ここからこの男がどんな魔術を使おうと、絶対に僕が矢を放つほうが早い。


「くそっ、お前、何なんだよ! 逃げたあのガキに助けでも求められたのか!? あんな化け物に同情でもしたってのかよ!」


 矢を突き付けられたまま、『魔術師』の男が喚く。


 彼が言っているのはルーナのことだろう。


「……あの子は化け物なんかじゃない」

「あぁ!?」

「自分を助けてくれた子を救い出そうと一生懸命になれる、優しい子だ。きみが馬鹿にしていいような相手じゃない」

「はっ、何言って――、」


 男の言葉が途切れた。

 顔を上げて、僕の表情を見た瞬間、言葉を失っていた。



「――何より、僕はきみたちみたいな子供を食い物にするクズが一番許せない」



「……っ!?」


 子供を標的にした犯罪者、なんて僕にとって逆鱗もいいところだ。


 そこに触れられた僕は、『魔術師』の男が顔を引きつらせるくらいの形相となっていた。


「お、お前っ、なんでそんなにキレて……」

「【加速】【増殖】×三十」

「ぎゃあああああああああああああああああ!?」


 至近距離から矢を叩き込まれた『魔術師』の男は、絶叫を上げた後動かなくなった。


 ちなみに死んではいない。


 『ラルグリスの弓』の能力で作った矢は、ある程度形を自由に変えられる。その能力を使って矢の先を平らにしておいたのだ。


 いくら外道相手でも殺したら寝覚めが悪いし。


 とはいえ、矢の威力は変わっていないのでダメージはほぼ同じ。何か所か骨も折れているだろう。


「――急いでさっきの男を探せ! まだ近くにいるはずだ!」


 そんなことを考えていると、半壊した宿の中から衛兵たちが飛び出してきた。


 どうやら無事だったようだ。

 リーダー格の衛兵が部下たちに指示を飛ばしている。


「あの魔術を見るに、敵はおそらく『暴風』のアッシュだろう! 元Bランク冒険者の手練れだ! 見つけても一人で倒そうとするな!

 足止めに徹して、すぐに増援を――」

「た、隊長!」

「何だ!?」

「す、すでにあの男は倒されているようなのですが……」

「…………、は?」


 そこで初めて、リーダー格の衛兵はこっちを見た。


 より正確には、僕の足元で倒れている『魔術師』の男を。


「え……? た、倒されている? 馬鹿な、あの『暴風』のアッシュが……? 元Bランク冒険者のあの男が……?」


 混乱するような呟きが聞こえてくる。


 どうやらこの『魔術師』はアッシュという名前らしい。

 暴風、というのは彼の二つ名だろうか。

 確かに風の魔術を使っていた。


「し、失礼。あなたがこの男を倒したのですか? 一人で……?」

「えーと、……一応」

「何ですとぉ!?」


 僕が頷くと、リーダー格の衛兵は驚愕したように目を見開いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る