第34話
三十四
夫
いくら誰にも言うなといっても、今までの経緯がある。鈴木愛香や加藤を裏切るわけにはいかない。だが、連絡する暇もないほど、呉谷が指定した時刻が迫っていた。私はとりあえず沙月に連絡を取ろうと試みた。
呉谷とも知らない仲ではないし、今までこの問題にそれほど関わってこなかった沙月なら、冷静で客観的な判断をしてくれるのではないかと思ったからだ。
着替え終わり、階段を下りながら電話をかける。しかし結局電話は繋がらなかった。なにしろ事情が込み入っているうえに時間もなかった。なので、結局詳細は話さないまま「ちょっとしばらく家を空ける」とだけ伝言を残したまま家を出た。
妻
何かがおかしい、と感じたのは、車に乗って二時間ほどしたころだった。いつも通り目隠しをされていたのだが、来た時よりも明らかに移動に時間がかかっているのだ。
多かったはずの左折、右折もほとんどなく、どこか高架道路のようなところを軽快にとばしていたときに、その違和感は決定的なものになった。
「ねえ! どこに連れて行く気よ」
「うるさい。静かにしてろ。ちょっと遊びに行くだけだ」
やはり、また沙月の身体が目当てのようだ。沙月は軽く吐き気を覚えた。いつも沙月は抗うことなくなすがままにされているが、まともな職業ではないむさくるしい男二人の、徐々に過激になっていく要求が沙月は嫌で嫌でしょうがなかった。
それでも沙月が毎回この二人の求めに応じているのは、もちろん弱みを握られているからであるが、一番は、沙月自身の人生に対する諦めだった。
何の因果か、逃れられない大きな魔の手に沙月は捕らえられてしまった。たった数回の過去の過ちがこんな大ごとになるなんて予想だにできなかったが、沙月はそれ以前から自分の不運を痛感していたし、自分の人生に対する救済など、とっくの昔に諦めていた。
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