第26話
二十六
夫
大体、昔も今も、私は沙月に対して何をしてやれただろうか。昔は何もできなかった。
では、今は? 確かに彼女の母親の治療費は出している。ただそれは金を出しているだけだ。現状として沙月に対して私は、その役割を負っているだけに過ぎない。
どうすれば沙月のためになる行動ができるだろうか。どうすれば沙月の支えになれるだろう。どうすれば沙月を愛していると言えるのだろうか。私に出来ることはなんなのだろう。これほどまでに、私は何もできない人間だっただろうか。
考えるしかない。残り時間はどんどん少なくなっている。
妻
小走りでいつもの駐車場へ向かう。運転席の窓を軽く叩くと、丸刈りの男が軽くこちらを一瞥し、親指で後部座席の方を指した。車に乗ることなく話せるのがベストだと思っていたので、開きそうもない窓を見ながら、苛立ちが募った。
しぶしぶ後部座席の扉を開けると、そこにはいつも通り大柄な方の男がいた。二人とも服装が前と同じだ。少しにおいがしてきそうな気もする。沙月は車内には入らないまま、毅然として言い放った。
「知ってるでしょ、今は夫がいるの。あなたたちには付き合えない」
「だから今までは様子を見てたんだけどな。もうそろそろ我慢できなくなってきた。安い給料で何日も働きづめだ。俺達だってご褒美が欲しいのさ。大体お前だってそんなこと言いながらもここに来たってことは、求めてたんじゃないのか? 俺達をさ」
丸刈りの男が運転席から身を乗り出しながら、そう言う。その顔には嫌な薄ら笑いが浮かんでいた。
「違うわよ。直接話さないと何するか分からないじゃない。あなたたちは」
沙月は憤慨した声でそう言った。
「とにかく、しばらく無理だから。今もすぐ戻らないといけないし」
「分かった、分かった。俺達だってあんたの旦那とトラブルになったら東城さんに叱られちまう」
そう聞いた沙月はほっとして、相手の気が変わらない内に車の扉を急いで閉めようとした。しかし、スライドドアを勢いよく閉めている途中に、後部座席にいた方の男の大きな手が、それを止めた。そのまま沙月の手をガッと掴む。
「ちょっと。何でよ。今日は帰してくれるんじゃないの」
沙月の声が思わず上ずる。
「すぐに済む」
沙月はそのまま車の中に引きずり込まれた。
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