第23話

      二十三


      夫


 翌朝、沙月が部屋から下りてくると、もう昼前くらいの時刻だったのに私が会社に行っていなかったので、ひどく驚いた顔をした。今日から仕事を二週間休むことを伝えると、「そうなんだ」と呟いた。少なくとも嬉しそうではない。

 私は二度目のチャンスでも沙月の心を掴むことができていないのか。今まで仕事にかまけて、沙月と向き合ってこなかった自分を心の底から憎んだ。私は変わっていないのだ。

 昔だって私は沙月とただ向き合ってこなかった。そこにどんな言い訳が入る余地もない。ただただ、向き合ってこなかったのだ。



      妻


 勝廣がこれから二週間、家にいる。目の前の新たな厄介ごとに頭が痛くなった。気遣ってくれるのは嬉しいが、なぜいつもこう間が悪いのか。

「急で申し訳ない。沙月との時間をゆっくり取りたかったんだ」

勝廣は、昨日のことを訊ねたいに違いないのに、そのような気持ちをおくびにも出さず、沙月に向かってそう続けた。

「どうしたのよ、いきなり。今までほとんど休みもとらずにずっと真面目に仕事に打ち込んできたじゃない」

 こんなことになる前だったら良かった。勝廣は、いつも朝早くに出て、夜遅くに帰ってくる。それでも、家では仕事の話はほとんどしない。沙月のためを思ってのことだったのだろうが、その分、今まで沙月は勝廣と感情を共有できなかった。

「俺にとって重要なのは沙月、君なんだ。今、俺は心の底から反省してる」

「何を?」

 勝廣は沙月の目をじっと見つめてこようとする。

「沙月、君を愛してる。昔も今も、俺にとってずっと沙月が一番大切な存在なんだ。でも、俺は今までこのことを沙月に伝えてこなかったと思う。でもそれじゃだめだと思ったんだ。沙月、大好きだよ」

 沙月は勝廣の唐突な告白にひどく困惑した。確かに今までここまでのことを言われたことはない。勝廣とは長い付き合いになるが、こんなに感情を表に出す人間だとは知らなかった。

 しかし、どちらにせよ本当に勝廣は不器用な人間だ、と思う。今までそんなことほとんど言ってこなかったくせに、いざ言ってきたときには、ムードもタイミングも何も考えずに、芸もなくただ愛してると大好きを繰り返すだけ。

 しかしそのように考える沙月の理性とは裏腹に、それまではほとんど存在しなかった勝廣への罪悪感が、心の中のどこかから急に湧き上がってきた。少なくとも勝廣の思いは真剣なのだろう。沙月とは違って。

「やめてよ、恥ずかしいから」

 沙月は何とかそれだけの言葉を発しながら、そそくさとキッチンへと向かった。勝廣と目を合わせることはできなかった。

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