喜ばれる土産、残酷な土産。

「二人が誓いの言葉を交わす場面で、僕が颯爽と乱入して、マイアを奪い去るってどうかな!」


 翌日、昼下がりの即席アトリエ。そこに置かれた木箱に腰掛けたウォルドーは、スキットル片手に、結婚の邪魔する段取りを、愉快そうに語る。

 出会ってまだ一日だというのに、当たり前の様に馴染もうとするウォルドーに三宅は呆れて、暇つぶしのデッサンの進みが滞る。


「あの……ウォルドーさんって、本当に二人の結婚を祝う気、あります?」

「当然あるけど、勿論無いよ!」

「なんですか、その言い回しはぁ……」

「僕は果たして敵かな? 味方かな?」


 ニコニコ笑って、反応に困る三宅を見て楽しむウォルドー。相変わらず彼の吐息は、酒の匂いを同時に撒き散らしている。


「店の切り盛りを他人に丸投げして、店主は外で飲み歩き。こんな事を続けたら何が起こるか、四文字で表すなら、聯袂辞職れんべいじしょくですよ。……先が思いやられます」

「僕を褒めてるのか、貶してるのか分からないけど、今まで問題になった事ないから、大丈夫大丈夫〜」


 ウォルドーは、呑気に酒をぐびりと飲んだ。能天気に覆われる即席アトリエの横を、街の兵士が数人慌てて横切った。それだけなら気にならないが、次々と兵士が目の前を通っていく為、三宅とウォルドーはその行方を目で追いかける。


「何か、さっきから兵士達に落ち着きないよね。街に獣人でも紛れ込んで、騒ぎになってるのかな?」

「……ナルちゃん」


 三宅は不安を口にする。それを見たウォルドーはグビリと一口飲んで、腕で口を拭うと木箱から降りた。


「僕が様子を見てこようか? アレックスから聞いたよ、……幼い獣人を庇ったんだってね」

「はい……」

「心配する事ないさ。見た所、そわそわしてるのは治安部隊の兵士だけだ。と、なると——ただのご近所問題だと思うよ」


 ウォルドーの掴み所の無い笑顔も、今だけは頼もしい。そこにコツン、コツンと棒で地面をつつく音と、足音が迫ってくる。三宅が振り向くと、厚手の服を着た老夫婦が即席アトリエに歩み寄ってきた。まず、口を開いたのは老婆の方だった。


「……すみません。ここで露店を出している画家さんがいると、宿屋で聞いて……来たのですが……」

「はい、いらっしゃ〜い。ご注文をお伺いします。肖像画でしょうか、風景画でしょうか。もしくは、展示品のお買い上げでしょうか〜?」


 そこに、ズイッとウォルドーが接客に応じた。流石酒場の店主と言ったところか、追加注文をしたくなるような、宴会ノリを欠かさない。しかし、ここは三宅のアトリエなのだ。


「ウォルドーさん。私一人で、大丈夫ですから。行って下さい」

「……。ちぇ〜、接客費用を絵画代金から、中抜きしようと思ったのにさぁ」


 儲けに抜かりの無い姿勢をチラ見せしたウォルドーは、三宅に従って兵士達の様子を見に向かった。酒臭さが消えて、閑古鳥が鳴きそうなアトリエに腰を下ろす三宅は改めて老夫婦を出迎えた。


「こんにちは。私はここで絵を描かせて頂いている、似顔絵師の三宅ミャーケと申します」

「御丁寧にどうも……私達、夫婦で旅をしている者でして……宿屋で貴女の絵を見て、是非お会いしたくて……」

「実は——セノーテに来る前の平原で、一人旅をしている男性の画家さんにも——お会いましてね。その方から、この街には素敵な絵柄を持つ女性画家さんが、椅子を置いていると——聞きましたよ」


 老人の話を聞いて、三宅はその男性画家がゴードンであると確信する。彼は、行く先々でセノーテにいる三宅の事を、話してくれているようだ。


「私達は……七十年、二人寄り添って世界を旅していましたが……これ以上は無理だから……最後の旅に相応しい、お土産を探していたの……」

「宜しければ——妻とわたしの肖像画を、描いて頂けませんか——? お代は、いくらでも払いますから——」

「ええ、構いませんよ。……よいしょ。申し訳ありません、背もたれの無い椅子や、木箱しか用意出来なくて……」


 三宅は老夫婦が座る場所を用意して、二人に腰掛けて貰うと、アトリエから一枚の羊皮紙を剥がしてバインダーに乗せた。


「お土産なら、持ち帰りやすいこちらがいいでしょう。では、描かせて頂きますね——」

「お願いします……あ。腰……上げた方がいいわよね……」

「大丈夫ですよ、リラックスしてくださいね」


 老夫婦を気遣いながら、三宅は指で下書きするように紙を撫でて丁寧に絵を形にしていく。


「お二人は、どのようにして出会ったんですか?」

「そうね……あれは、獣人戦争が起こる前だったかしら……」

「——始まりは——わたしの一目惚れだったね——」


 老夫婦は、めについて肩を並べて話し始めた。三宅はその話を傾聴しながら、羊皮紙に二人の似顔絵を描きうつしていく。


「——そうなんですね。そこからお二人の、世界を旅していく人生が、始まった訳ですか」

「うふふ……もうあれから、七十年になるのね……色々な世界の姿を、たくさん見てきたわ……」

「ああ——獣人戦争や継承戦争——決して安全な旅では無かったが、こうして最後の旅も一緒にいられて——本当にわたしは幸せ者だ」

「あらやだ……幸せ者は私の方だわ。旅はこれで、終わってしまうけど……こんな風に、話せる毎日が続くといいわね……」

「お待たせしました、出来ましたよ」

「おぉ——もう出来たんですか?」


 幼き日に側にいてくれた祖父の姿を、その一言に重ねながら、三宅は完成した似顔絵を老夫婦によく見えるように広げた。


「まあ……可愛らしい。こんな素敵な肖像画……生まれて初めて見るわ……」

「そうだね——特徴を素直に、そして愛着が湧くように描かれているね——」


 三宅が描き上げた似顔絵は、未だに誰にも受け入れられない漫画調のもの。一瞬の思い出を着飾るその絵柄を、老夫婦は嬉しそうに眺めている。旅のお土産にするなら、最高の一枚だろう。


「気に入って頂けたら、料金は銀貨二枚で大丈夫ですよ」

「銀貨二枚……? いいのかしら……酒場の食事代より安値じゃないの……」

「構いませんよ。最近やっと、この絵に見合った相場が分かってきたんで」

「でも——本当に、いいのかい? 画家さんの絵は——高価で有名なのに、わたし達だけこんな——」

「いいんです。むしろ……このお値段でお願いしますと、私から言いたいくらいですから」


 破格の値段に物怖じしていた老夫婦だが、三宅の丁寧な対応と目の前に広げられる魅力的な似顔絵欲しさに、それぞれ一枚ずつ銀貨を手渡す。


「じゃあ……お代はこれで……」

「お願いします——描いて頂き、本当にありがとうございました——」

「はい、お預かりしました。お二人の幸せが末長く続きます事を、お祈り致します」


 三宅は代金と受け取ると、老夫婦に似顔絵を手渡した。二人は鏡を見るように、羊皮紙に描かれた笑顔の自身を眺める。


「本当に……ありがとねえ。とっても素敵なお土産だわ……」

「そうだね——この絵を見る度、ミャーケさんの事を思い出すとするよ——わたし達を描いてくれて、ありがとう——」


 そう言って老夫婦は感謝を示しながら、深く御辞儀をしてアトリエを後にした。それをいつまでも、三宅は目で見送る。


「これはたくさんの人に……感謝しないと」


 孤独だった三宅にお客さんを導いたのは、マイアとゴードンと言っても過言では無い。そして、ひょっこり現れたウォルドーにも、金銭感覚を教えて貰った恩がある。彼女は右手のひらを見つめて、ギュッと握りしめた。


「人の繋がりは……どこの世界でも、大事にしていきたいですね。四文字で表すなら、管鮑之交かんぽうのまじわり……は、言い過ぎですかね」


 そう言って鼻で軽く笑った三宅は、老夫婦の為に設置した木箱や椅子を片付ける。再び暇になった彼女は、即席アトリエにある真っ白なキャンバスの前に立った。そこに描くべき二人の似顔絵を、頭でイメージしながら。


「ウェルカムボードも、進めておかないと」

「……ミャーケ」


 老夫婦と入れ違いで、様子を見に行っていたウォルドーが帰ってきた。彼は相変わらず、キツネの様な人相と片手に愛用のスキットルを持っている。


「あ。ウォルドーさん。街で何があったか、分かりま——」


 お酒がたっぷり入ったスキットルが、ウォルドーの手から滑り落ちて、ドパンッ……と石畳に落下した。棒立ちする彼は、塞がらない口の隙間から言葉を吐き出す。


「アレックスが……、死んだ……」

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