営業スマイル、一つください。

「——商売の話とは?」


 三宅はウォルドーの交渉に冷静に応える。彼は相変わらずその真意を表に出さないまま、酒を合間に飲むと話を続けた。


「簡単な話さ。僕の店を拠点に、絵画の仕事を請け負って欲しい。酒場は情報の宝庫だ、ここで座って客が来るのを待つより、評判は確実に上がる」

「なる程……確かに、悪い話ではありませんね。ですが私は、自身の絵柄を変えるつもりはありませんし、背景画の依頼も受けませんよ」


「確かに君の独特な絵柄は、誰も注目していないのが現状だ。でも、画家の絵に高価な値打ちが付くのは変わらない。金持ちの物好き……いや、獣人でもいい。そのうち誰かが食い付いてくるさ」

「私の売名にもなり、酒場の繁盛にも繋がる——お互いメリットがある提案ですね」


 三宅はフッと暇つぶしのデッサンを創造エイルクで消すと、視点をキャンバスからウォルドーに移した。眼鏡の反射で疑いの目を隠しながら、今度は三宅が話の手綱を握る。


「私に話しかけて来たのは、商売交渉が目的だという事は、よく分かりました。ですが、一旦保留です。——アレックスさんから、マイアさんを奪いたいとは、どういう事なんですか?」

「そのままの意味だよ。あの、能天気に——マイアを幸せに出来るとは、思えない」


 ウォルドーはまた一口酒を飲むと、スキットルを木箱に置いた。そして細目の隙間から瞳を覗かせて、鋭い口調で三宅に言う。


「この世界は常に争いが絶えない。あいつは不真面目で、悪運が強いからああして笑っていられてるが——本来、騎士というのは報酬は安いし、死と隣り合わせで、どんな命令にも従わなければならない仕事なんだよ」

「それは、なんとなく察していましたが」

「あんな奴に、マイアを任せられるか? 寂しい思いをさせて、楽な生活もしてやれない。でも僕なら——生涯、彼女を幸せにしてやれる」

「……。その為に、私を利用すると?」

「そういう事。金さえ手に入れば、二人の間を引き裂く方法なんていくらでもある。……だから、僕と組んでよ。孤高の画家さん」


 ウォルドーは酒臭い吐息を漏らしながら、ニコリとそう言った。言葉で真意を語り切ったというのに、彼のキツネのような細目と上がる口角は、どこか不気味だ。


「アレックスさんとマイアさんには、命を救って貰った恩があるんです。……交渉に応じられない、と言ったら?」

「本当、画家って世の中の事なーんにも分かってないよね〜。今はね、小さな歪みが大きな戦争の火種になる時代だよ?」

「……」

「たとえ希少な画家さんでも、情報一つで簡単に、世界の嫌われ者になっちゃうワケ」

「獣人みたいに。ですか?」


 ウォルドーはそこで木箱から降りると、三宅の即席アトリエを見て回る。申し分のないデッサン力を示す風景画。彼女の個性を示す、漫画調の似顔絵。


「商売は客が居ないと成り立たない。……僕の言いたい事がわかるかい、画家さん」

「……ええ。思ったより、あなたはただの酔っ払いではないようです。四文字で表すなら、知者楽水ちゃくらくすいそのものでしょう」

「褒め言葉って事で、いいのかな?」


 壁に貼られた絵を見つめて、背を向けたままのウォルドーがそう言うと、三宅は視点をバインダーに戻した。そして創造エイルクを用いてまっさらな羊皮紙にウォルドーの簡単な似顔絵を描くと、それに対して話しかけるように言った。


は、それくらいにしたらどうです?」

「なんの、ことかな?」

「商売交渉に関しては、概ね正直な話でしょう。ですが、アレックスさんとマイアさんの間を引き裂く気は——最初から、あなたに無いと思います」

「ふうん。根拠は?」


 三宅は確信するように振り返り、未だに背を向けたままのウォルドーに、彼女だから持てる根拠を突き付けた。


「あなたが、そういう顔じゃないからです」

「何を言ってるか、僕には分からないなあ」

「私は似顔絵師。人の顔は誰よりも、細かく見ますよ。犯罪者は目が笑っていないとか、口が歪んでいるとかよく言われますが、私は直接見た『表情』で、その方がどういう人間か分かるんです」

「……」

「あなたから、アレックスさんに対する悪意や憎悪を一切感じません。……どっちにしろ私は、あの夫婦を引き裂く事に、加担しませんがね」


 未だに背を向けたままのウォルドーに、言いたい事を言った三宅は、再びバインダーに目を向けた。目元・口元が細く、正にキツネ顔と言うに相応しい顔のウォルドー。本物の彼の肩が、ゆっくり震えだした。


「……プッ……フッハハハハハ!」


 突然大声で笑い出したウォルドーに、ビクゥッと三宅は振り返った。彼は木箱に放置していたスキットルを手に掴むと、三宅の肩に腕を組み、酒の混じった本性の吐息を撒き散らす。


「君、人を見る目あるねぇ! あーでも、僕がマイアに惚れてるってのは、本当だよぉ。この街に来た時に、アレックスとどっちが彼女に相応しい男かって勝負したんだけど、僕の大惨敗でさあ!」

「……うぷッ、分かりましたッ、分かりましたから、離れて下さぁいッ!」

「そりゃあ出来る事なら、マイアの旦那に僕がなりたいけどさぁ。でも——アレックスなら、喜んで彼女を譲れるんだよ」


 ウォルドーはそう言うと、一気に流し込まれる酒気から来る吐き気を必死に我慢する三宅から離れた。そして、グビリとスキットル酒を飲み干す。


「僕は二人の結婚式に、最高の贈り物をしたい。宿屋で君の絵を見て、是非頼みたいと思ったんだ。頼む……アレックスとマイアの肖像画を、描いてくれないか?」

「……それが、あなたの本当の目的ですか」

「ああ。画家の絵が高価なのは、分かってる。だから僕の店にあるもの全て、君にあげるつもりで来た。二人に内緒の上で……ミャーケに頼みたい」


 表情を変えないまま、声は真剣にウォルドーは三宅に似顔絵を依頼した。それを聞いた三宅は鼻に残るアルコール臭をふぅと吐き出すと、絡まれてズレた眼鏡を直して言った。


「構いませんよ、私が二人のウェルカムボードを描きましょう」

「ウェルカム……ぼーど?」

「結婚披露宴向けの、歓迎演出用の似顔絵イラストの事です。お代はまぁ……マイアさんの宿、一泊分で手を打ちますよ」


 淡々とそう語る三宅にウォルドーは嬉しさを込めて、再び彼女の肩に手を回す。そして意地悪そうな笑みを浮かべ、酒臭い言葉を向ける。


「そんなお手軽価格でいいのか! じゃあついでに、結婚式当日に僕がマイアを奪い去るって演出について相談しようじゃないか、ミャーケ!」


 出会った当初のうざ絡みが再発し、三宅は心底嫌そうな顔をして彼の口から遠ざかる。ウォルドーのどこか掴み所の無い言動や表情に惑わされながら、三宅は自身の人を見る目を疑った。


「やっぱり、見間違いかもしれない……」

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