Case 1ー1 林さん

 私の昔のパート先は、家族経営の会席料理の店だった。

《マスター》と呼ばれるお父さんに、《奥さん》と呼ばれるお母さん、《理絵さん》と呼ばれる28の娘。

正社員の板前が2人と、パートの女性が私を含めて4人と、アルバイトの大学生が数名いた。

ランチタイム営業と夜の団体客の飲み会、土日はお節句やご親戚集まってのお祝いの会や法事で、飲み代別の5000円のコースからで、お店は割と繁盛していた。

ホールスタッフと言う名目だったけど、お寺さんや、セレモニーホールなどへの仕出し料理もして、それを車に載せての配達。

法事の後の会食のお給仕などもした。

料理の仕込み的なことで、海老の殻剥きを何百匹もするとか、煮物につかう人参の飾り切りとか、里芋の面取りとか、お刺し身に添えるワサビを載せるための皿みたいものをキュウリで作って、そこへワサビをのせていく。

そういう、ちょっとした調理補助をしたりもした。


 ある時、大学生のバイトの女の子が、今月いっぱいで辞めると言った。

理由を聞くと、夜のシフトの時に必ず一緒になる林さんがすごく意地悪で、キツい態度だったり、冷たかったりで堪えられないのだと。

この大学生の子は、仕事を覚えるのも早く、気が利く子で、動けるし、夜のシフトに入ってくれていた。

私は主婦で、その頃は下の子が小さかったから、子供が保育園に行っている、平日の昼間だけのパートとして入ったけど、人が足りないからと、夜のシフトや土日祝日にも入れられることも多かった。

できれば、夜や、土日は仕事をしたくないなと思っていた。

そんな時に、この大学生が辞めてしまうと言うのは、わたし的にはデメリットが大きいなと思った。

大学生の子を慰め、引き止めて、私が林さんに注意してみるねと話した。


私が36歳、林さんが24歳の主婦だった。

私が、大学生の子にもう少し優しくしてあげてよと言うと、林さんは激高した。

激高って、こう言うことを言うんだな、って初めて理解できたってくらいの、激高ぶりだった。


「なんで、そんなこと言われなきゃいけないの?私はこんなにがんばってるのに!!」

みたいなことを大声で叫んだ。

なんてゆうか……ひいた……

そんな話をしてるんじゃない。

強く注意しているわけでもない。

ただ、一人辞めちゃうと、休みも取りづらくなるし、大変になっちゃうじゃん。だから、仲良く協力してやろうよ。

ってくらいの話をしてるだけだ。

それなのに、このキレぶり。

全然 話にならなかった。


その数日後

昼の仕事終わりで、マスターと奥さんに、話があると呼ばれた。

「なんで林さんに意地悪をするんだ?」と。

えっ?

私が?

林さんが、泣きながら、マスターと奥さんに訴えてきたのだと。

佐藤さん(わたし)にずっと意地悪されていて、今日も呼び出されて、怒られて、いつもいつも、キツイ態度で、もう堪えられないです。

と、泣きながら語ったのだと。

私の方が林さんより長く働いていたし、このお店に貢献していると思っていた。

信頼もされていると思っていた。

それなのに、

「なんで林さんに意地悪するんだ?」

って言われて、一気に足もとが崩れ落ちるのを感じた。

「意地悪はしていません。注意はしましたが、キツく言ってもいません」

「佐藤さんはキツく言ったつもりじゃなくても、言われた方の林さんは傷ついたんだぞ!!」

そうなの?

私が、林さんを傷つけたの?

私は、そう言われたことに傷ついた。

今まで私は、学生時代とかも意地悪なんてしたことなかった。

困っている人がいれば、声をかけて手助けしたし、イジメてる人には注意した。

そんな自分が、職場の上司であるマスターと奥さんに怒られるなんて……

泣いて訴えた林さんの言い分を鵜呑みにして、今までの私の頑張りがなかったことにされたことが悲しかった。

私の頑張りを認めて、評価してくれては なかったのか……

もういいや。

辞めてやる。

大学生の子も辞めればいい。

残った人たちで、穴埋めをしてやればいいわ!!

この店の為に、と 頑張ってやってきたのが、

ほんとにアホらしいと思った。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る