閑話4【視力】

「どうしたの如月君? 地面に這いつくばって奴隷ごっこ?」


 昼休み。

 お花を摘みにトイレから生徒会室に戻ってきた一色は、探し物をしている俺に向かって声をかけた。


「違うわ! 奴隷ごっこって何だ!? コンタクトレンズを落としちまって探してんだよ!」

「そうだったの。あまりに様になってるものだからつい、ね」


 コイツには普通に尋ねるというマネができないのだろうか。

 あ、できないんだった。


「落としたのは使い捨て? だったら予備のコンタクトを使えばいいじゃない」

「その予備のコンタクトは今頃家ん中だ。昨日の夜から洗面台に放置したままになってる」


 寝る前に準備しようとしたところを美百合に話しかけられたもんだから、すっかり忘れてしまった。 

 そういう時に限ってやっちまうのが人生というかなんというか。


「まいったな、片方は残ってるからまだなんとか支障は最低限の範囲だけど、距離感がつかみにくい」

「裸眼の視力はどれくらいなの?」

「両方0.1前後だ」

「あら、頭だけでなく眼も壊滅的に悪かったなんてね」

「......お前、それが言いたくてわざと訊いたな?」


 視界の左半分がぼやけていても、コイツがいまニヤリとしたのは充分わかった。


「食糧庫がそんなんじゃ私にも影響が出そうだから、不服だけど探すの手伝ってあげるわ。こうべを垂れて感謝しなさい」

「へいへい、ありがとうございます主様」


 確かに一色の言うとおり、探すなら一人より二人の方が断然いい。

 ましてや俺はこの状態では手探りに頼るしかない。

 悔しいがここは素直に一色の力を借りるのが最善の判断だ。


「一色の方こそ、視力はどのくらいあるんだ?」


 二人で床の上を探しながら、俺は会話の流れでふと訊ねた。


「もちろん両目とも2.0よ」

「高二でそれは良すぎだろ。マ〇イ族か?」

「天才は何もかもが規格外なの。凡人と比べるのは野暮というものよ」 


 こいつが高スペックなのは認めるが、それも能力補正があってこそだと自覚してほしい。

 普段と変わらないやり取りをしつつも、コンタクトを探し始めて早5分ほど経過。

 なかなか見つからない焦りの中、俺は気づかないふりをして誤魔化していた、禁断の解決策を口にしてしまった。


「――いま思ったんだが、タイムリープで俺がコンタクトを落とす直前に戻ればいいんじゃね?」

「......あなた、そんなくだらい理由で私にエンジェルウィスパーを使えと?」

「駄菓子の当たり券を当てるために乱用する奴に言われたかねぇよ」

「残念だけどそれは無理な相談ね。今すぐはお腹が鳴りそうにないもの」

「そんなはずないだろ? だってお前、まだ二個しか食べてないじゃないか」


 今日の一色は珍しく小食で、授業の合間に食べる補給もこれまで一度も食べていなかった。


「......戻ったら、せっかく出せたものが台無しじゃない」

「は? いま何て?」

「とにかく! エンジェルウィスパーを使うのは却下! 探し物は脚で探してこそ探しものなのよ! ――あ」


 何故か頬を赤らめて頑なに能力の使用を拒否する一色の足元で『パリ』と、小さくも耳に残る音が響いた。

 2ウィークタイプのコンタクト、まだ使い始めて2日目だったのにな......。



          ◇

久しぶりの更新ですが、読んでいただきありがとうございます!

今年いっぱいは更新する予定はなかったのですが、作品に対するモチベーションもある程度回復してきたので、今回ストックから投稿しました。

次回は来月11月の更新予定で、閑話ではなく本編を投稿予定ですm(_ _)m

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