第10話【とある家庭科室の時間跳躍】

「如月君、おはようございます!」


 朝の通勤・通学客で賑わう駅の改札横で、誰かを待っているように佇んでいた軽井沢さんに声をかけられた。

 今日も胸には大玉スイカ二玉・おさげ添えが元気よく上下に揺れている。


「軽井沢さんどうしたの? ひょっとしてまた今日も財布落とした?」

「違いますよぉー、いくら私がそそっかしくても連続してはないですぅ。昨日のお金を返そうと思って」

「何もこんな場所で返さなくても。学校に行けば同じクラスなんだし」

「いえ、学校ではその...皆さんの目もあって恥ずかしくて......それに昨日、如月君は通学中、私のボディガードになってくれると言っていましたよね?」


 あの言葉は嘘だったんですか? と訴えかける子犬っぽい眼差しで見つめられて断れる人間がどこにいようか。あ、一色(裏)ならやりかねないな。

 俺が男でなくても、可愛い女子からそんなこと言われたら惚れてしまうだろう。


「そんなことないよ。俺は女子との約束は絶対守るマンだから」

「本当ですか!? 良かったぁ~、やっぱりダメだって言われたらどうしようかと」

「転校してきたばかりの子にそんな酷いこと言わないよ。とりあえず歩きながらでいい?」

「はい」

 

 こんな人通りの多い場所で長話もあれだし、あまりのんびりしていると学校に遅刻する恐れがある。

 俺たちは改札を通り抜け、人でごった返すホームへと向かった。

 普段一人だと大抵ソシャゲ等でこの憂鬱な時間を潰しているが、昨日に引き続き今日も軽井沢さんと会話しながら登校できたので、俺の心は朝から踊っていた。


 ***


 時はちょっと進んで4時限目、家庭科の調理実習。

 お昼休み直前な今回に作るメニューは酢豚に豚汁の豚祭り。

 ちなみにご飯だけは各自持参となっている。


「逢坂君、この切り方は何? それから悠木さん、煮干しは頭とはらわたをしっかり取らなきゃダメ」

「おう、切り方なんて細かいこと気にすんな! 要は喰えれば問題無し!」

「ごめんなさい。ミイラ状でも生き物だったものを解体するのは抵抗があって......」


 一色が我が班の豚汁担当を心配にして様子を見に行けばこの有様。

 俺と一色が担当する酢豚の残す工程はあと炒めるのみに対し、大悟・悠木の豚汁はというと――まだ具材のカットすらまともに終わっていない。無情にも鍋の水だけが沸騰している。

  

「いいわ、残りは私が調理するから、二人はお皿の準備をお願い。酢豚は如月君に任せちゃっていい?」

「了解」

「あとは頼んだ生徒会長!」

「本当にごめんなさい......」


 特に気にするようなそぶりもなく、一色は二人がとっちらかせた豚汁の材料を修正し始めた。

 まぁ、アホの大悟とごめんなさいマシーンの悠木が俺たちの班にいる時点で読めた展開ではあるが。

 ハンデを背負ってはいても、そこはやはり生徒会長・一色紗矢。

 逆境に負けず、他の班に比べて俺たちの班は進行が早かった。

 特に軽井沢さんのいる班は壊滅的で、今ようやく酢豚に使う豚肉の下味を付け始めた。

 時間のかかる工程ほど先にやらなければいけないというのに、これだからZ世代は――って、俺もか。


「よう兄弟、俺になんか手伝えることないか?」


 酢豚の具材を炒め始めた俺の元に、知能の低い鬱陶しい大きなハエがやってきた。


「いいから、お前は言われたとおり皿でも出してろ」

「んなもん一瞬で終わっちまったよ」

「じゃあ悠木さんの相手でもしてたらどうだ」

「悠木なぁ......あいつ何話しかけても『そうですね』しか言わないからイマイチ話しが盛り上がらなくてな」


 単にお前がウザがられてるだけでは? と、料理中なので言葉を控えるが、確かに悠木が誰かと親しく会話しているのを見たことがない。

 休み時間もクラスで一人。

 こういった班分けの際も教師が決めるタイプでなければ絶対最後に余る印象。

 まさにボッチの中のボッチ、悠木聖羅。

 メガネを湿気で曇らせ、手で髪を撫でながら所在なさげに、自分の代わりに調理している一色を見つめている。


「気持ちはわからんでもないが、二人の代わりに一色が作ってくれてるんだから、お前も悠木さんの隣に行ってろ。料理の邪魔だ」

「はいはい......亜流斗あるとが最近冷たくて、俺は寂しいよ」


 安心しろ、冷たいのは出会ってしまった頃から何も変わっちゃいない。

 大悟の背中を適当に見送り、俺は下味を付け片栗粉をまぶした豚肉をフライパンの中へ投入。

 いい感じの焼き色が豚肉につき、フライ返しを試みた――その瞬間だった。


 ――ブ  ツ ンッ――


 高いところから飛び降りる夢から覚めた時のような、脚にくる脱力感が体を襲い、気づけば俺の手にはフライパンは握られていない。

 目の前には、下味を付けている真っ最中の豚肉が入ったボール。

 さては一色の奴、お腹が減り過ぎて間違って「エンジェルウィスパー」を使ったな?

 腹ペコ生徒会長様にも困ったものだ、と思い溜息交じりにすぐ隣の一色に目を向ければ......何故か動揺の色が見て取れた。


「腹が減ってるのはわかるが、もうちょっと我慢してもらわないとな」

「......私じゃないわ」

「え?」

「私のお腹、いま鳴ってないわよ.........どういうこと?」


 調理の手を止め、一色は自身のお腹に手を当てながらも、警戒するような視線で家庭科室中を見回す。

 本人同様、自己主張が強いことで知られる「エンジェルウィスパー」の声音は、確かに俺の耳にも届かなかった。

 いくら調理音の響く室内でも、この距離で聴き逃すというのはあまり考えにくい。

 冷静に頭の中を整理し、それらからはじき出された結論は、驚愕の事実を俺たちに伝えた。


 ――この中に、一色以外にもタイムリープを使える人間が存在する――。


第一章、完


          ◇

ここまで読んでいただきありがとうございます。

今回の第10話で平日毎日投稿を終わりとし、これからは不定期投稿、事実上の休止とさせていただきます。

次回の投稿は早くてもカクヨムコン終了後になってしまうと思われますが、必ず何らかの形で完結させる予定です。

それまでしばらくお待ち下さいm(_ _)m

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