死後の世界


 暗闇の中でミミクルは目を覚ます。その闇はどこまでも続いていて、終わりがない。ひとりっきりのミミクルは、不意に寂しくなって泣き出してしまいそうになる。


 自分がなぜここにいるのか、わからない。記憶が混乱して、夢の中で自分が誰なのかを思い出そうとしているように、霧の中をがむしゃらに進んでいるように、どこにもたどり着けなかった。


 何か起こってはいけないことが起こってミミクルはここにいる。ここはきっと自分の居場所ではない、ミミクルはそれだけを確信し、くしゃみを一つ。

 

 この場所はとても寒い。ミミクルは震えた。

 

 凍り付いた空気がミミクルの柔らかい肌を刺し、ミミクルは宝箱の中にうずくまり、寒さそれをしのごうとした。宝箱の底で、ミミクルはここに来るまでの日々をゆっくりと走馬灯のように思い出し始めた。


 ダンジョンから出てきた日のこと。ギルドの訓練場でランスロットとラインハルトに殺されそうになった日のこと、アーサーに助けられ始めて食べた食堂の食事の味。


 ――思えば、あれは本当に不味かった。


 それから食堂で働き始め、聖騎士ミラベル・コゼットに出会い、アーサーさんと3人でダンジョンを冒険した。


 そして、ラインハルトさんの呪いのことを知り、その呪いを食べた。


 そう、ようやく思い出した。その呪いベゼルのせいで、呪いを食べるなんて愚かな行為のせいで、そんな考えられないバカをした結果、この場所、つまりはおそらくあの世にいる。


(余計なこと、しちゃったのかなぁ……)


 そんな風にミミクルが思ったその時、

「こんにちは」

 不意に幼い声がして、ミミクルは驚いた。


 宝箱の中から顔を出し、暗闇に目を凝らす。そこには闇に溶け込む真っ黒の袖の長い服を着て、おもちゃの鎌を構えた一人の女の子が立っていた。その女の子が大げさな仕草でお辞儀をする。


「こんにちは、わたちは、にがみ」

「ちにがみ?」

「そう、に神」

「もしかして、死神ッ!?」

「そういっている、私はに神。

 わたちはあいさつちた。おまえ、あいさつかえさないのよくない」

「あ、すみません。こんにちは、死神さん……っていうか、というか、ということは……私、やっぱり死んじゃったってことですよね……」


 呪いを食べたことで、それに呪われミミクルは死んだ。呪いを食べれば当然、その呪いを受ける。そんなこともわからない間抜けなミミックの予想に反して、ミミクルよりもさらに幼く見える死神は首を振った。


「ちがう、おまえはまだんでない。

 にそうになってるけど、いきかえる。に神がほちょうする」

「……?」

「エリナがいつもおせわになっている。ひとこと、おれい、いいたかった。


 わたちもエリナもずっとずっとながいあいだいきてる。

 でも、ときどきエリナもわたちもさびちい。


 おまえ、いまのさかいをさまよってる、だからよぶことできた」


 ミミクルは懐かしい名前を耳にして、しばらく会っていない首が無い友人の顔を思い浮かべる。


 死の淵に立った人間の戸口に立ち、それを予言する首無し騎士、デュラハンであるエリナは、死をつかさどる死神の配下だと自分で言っていたことをミミクルは思い出す。そんな彼女エリナと友達になったのが、いつのことだったかミミクルは思い出せないが、覚えていないくらいの前からずっと仲良しなのは確かだ。


「そうですか……エリナ、元気にしてるかな。

 私しばらく会ってないなぁ……会いたいなぁ、エリナ。まだ転移魔法テレポートを教えてくれたお礼も出来てないし……」

「すぐ、あえる。、つれてくる」


 そう死神が言うと、闇の中にぱからぱからとリズミカルな馬のひづめの音。それがだんだんと近づいてきて、やがて漆黒のベールの中から金髪の友が姿をあらわす。片腕に自分の頭を、もう片方に何かのようなものを抱え、両手離しで器用に愛馬コシュタを乗りこなしている。


「死神様、ただいま戻りました……って、ミミクル?あなた、どうしてこんなところに?いいえ、別に聞くまでもないわね。

 死んじゃったに決まってるわ。

 あら、ご愁傷様」

「エリナさん、私、まだ死んでないみたいです」

「どういうこと?」


 舌ったらずな死神がエリナに事情を説明し、首無し騎士デュラハンはうなずいた。


「あら、ミミクルは私の友達ですよ。いくら上司だからって、取らないでくださいね、死神様。プライベートにまで踏み込むのはパワハラです」

「おまえばっかりずるい。ずるいのはよくない。わたちもともだちがほしい」


 袖よりもかなり短い両手を振り上げて、死神はエリナに抗議した。


「ミミクルは死神様に気に入られたみたいね。見た目だけなら年も近いし、もしよかったら仲良くしてあげて、ミミクル」

「みみくる……わたちもおまえのともだちにちてほちい」

「はい、エリナの友達なら私の友達みたいなものです。喜んで友達になります」


 死神に気に入られている、という言葉の響きはとても不吉だが、ミミクルはまた新しい友達が増えて、少しだけ嬉しい気持ちになった。


 そういえば、とミミクルは思い出した。エリナがぼろぼろになったひとがた何かを自分の頭部を抱えていないほうの腕で抱えていることを……。


「エリナ、それは何?」

「あぁ、これ?これは””。長い間、本来こっちに還るはずの人の魂を人間界にいて食べ続けてたんだけど、ようやく退治されたみたい。魂を横からかっさらっていくから、は私たちの敵なのよ」

「それ、たおちたの、このむすめ」


 黒い袖から白すぎる指を取り出して、死神はミミクルを指さした。その時、ボロ雑巾になったこのアクマが、向こう側でベゼルと呼ばれていた存在であることに、ミミクルはようやく気付いた。


「あら、ミミクルが?あなた、やるわね」

「私は呪いを食べただけですけど……でも、そのせいで……」

「あぁ、たしかに……なるほど、そんなやり方もあるのね……でも、アクマなんて食べたらお腹壊すわよ。いくらミミクルがミミックでもね」

「そうみたいです。そのせいで、私は死にかけてここに来たんです」

に神、おまえきにいった。アクマたいじのほうびをやる」

「ほうび……なんでしょうか?」


 幼女な死神は何かをミミクルに差し出した。ミミクルはそれを受け取ったが、それが何か暗くてよく見えない。


「ミミクル、それは秘密なの。ほら、こんな話、聞いたことがない?死後の世界で何かモノを口にすると、もう生者の世界には戻れなくなるって。だから、死神様のご褒美はむこうに帰ってから、食べてね」

「そう、かえってからたべる。に神とのおやくそく」

「わかりました」


 宝箱の中にもらったご褒美をしまい込み、ミミクルはもう一度、くしゅんっとくしゃみをした。寒さに耐えるのも、もう限界が近い。


「ミミクル、元気そうでよかっ……いえ、元気ならばここには来ないわね……とにかくまだ生きてるみたいだから、またむこうで遊びましょう、ミミクル」

「ちに神、もう、おまえのともだち。だから、またあいたい」


 馬上でエリナが、袖を振り上げた死神が、手を振った。


 忘れずに死神にご褒美のお礼を言って、別れの挨拶をしようとした……、

「はい、でもここにはあんまり来ないほうがよ、さ、そう……」

 だが、ミミクルは寒さから耐えがたい睡魔に襲われ、ふたたび眠りについた。

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