第29話 蒼紫対利家

信長は小姓に命じて槍を二本取って来させた。


「殿。こんでは無いのですか?」

小姓から渡されたのは、

銀色に光る槍先の本物の槍であった。


「恐怖に打ち勝つ強さを示せずしての勝負などに意味はない。

命懸けの真剣勝負だからこそ意味がある」


二人は槍先に目をやった後、お互いを見合った。

「桜、下がっていろ。この者は確かな強さを持っておる」


双方ともに中央まで出て行き、ゆっくりと槍先を合わせた。

それはお互いに開始の合図のようなものだった。


利家の槍は一撃一撃が力強く、そして的確に隙を突いて来た。

蒼紫はそれを槍先でさばきながら、

一歩ずつ後退していた。

刃と刃がぶつかる事にキーンという金属音が響き渡り、

一撃、二撃と蒼紫は回転しながら見事に槍先を当てていった。三撃目が来た時、同じように回転から鋼を弾いたが、

蒼紫の足は下がる事無くスーッと畳を滑りながら

前に出て、回転から刃の逆の石突いしつきを、前に出てきた利家の胸に絶妙なタイミングでカウンターを食らわせた。


倒れはしなかったが、数歩下がって両腕で持っていた

槍を片手で突き出し、やや身を低めにして

片方の手は胸元を押さえていた。

蒼紫はかさず前に出て、

両手に力を限りなく込めて、刃を以て頼りない刃を

弾かせて終わらせようとした。

しかし、利家の目は死んではいなかった。

それに気づいた時には蒼紫は刃を振るっていた。

主の前で失態を見せるくらいなら死を選ぶと言わんばかりに

槍の又左の異名を持つ男は、片手で槍を刃が届くまでの間に

高速回転させて、蒼紫よりも下方から放たれた銀色に光る

槍先は蒼紫の槍の中央を、両手で力を込めていた為、

閃光のように切り割った。


そして両者は共に時を同じくして前に出た。

蒼紫は前に出る瞬間に切られた石突を

又左の顔面に向かって放った。

利家は咄嗟に避けようとしたが、躊躇いが生まれた。

その刹那の時に二人は顔を合わせた時、

蒼紫は笑みを浮かべていた。

そして利家は歯が砕けるほど引きった顏をしていた。

その投げた石突の直線上には信長がいた。

信長は二人の死闘を見ながら、蒼紫の奇計に笑みを浮かべた。

決着は間近に迫っている事を、誰もが固唾を呑んで見ていた。


利家は胸を押さえていた片手を使って、

迫る石突を横に払った。


極々短い時間ではあったが、それにより、

視界は完全にさえぎられたが、近づけないように

最速で突きを入れていた。左右どちらに避けたとしても

姿を現したら一瞬で横に払ってやると意気込んで。


利家は遮られた刹那の時に、槍に伝わる振動を感じた。

蒼紫の切られた槍は短く、

間合いを詰めて来る事は分かっていた。

本来なら下がるべきだったが、突進してきたらと考え

自らも前に出た。例え刃を交えても、長い槍のほうが

当然威力を増す。

防御をするにしても短い槍では力が伝わりきらず無理だと、

利家はこれまでの経験からそう判断していた。


真田は短い槍を使って、突いてきた槍に対して刃を交えず

柄を当てて滑らせながら前に出ていた。

そしてそこから利家の渾身の突きの力を利用して、

胸に回転から勢いを乗せた肘当てを

先に石突を当てた場所に重ねて入れた。


利家は思わず槍を手放した。

そして片膝をついて槍を手にしたが、

立ち上がる事は出来なかった。


「そこまでだ。又左、傷の手当をしてもらってこい」

利家は小姓の肩を借りて立ち上がって、そのまま歩いて

広間から出て行った。


信長は笑みを浮かべて、蒼紫を見つめていた。

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