石橋を叩いてからわたりましょう

三玉亞実

石橋は叩いて渡ろう

 その昔、男と友人三人ぐらいが、どこかにある楽園を探して旅をしていた。

 すると、石橋を見つけた。その先は霧で覆われており、どこかで気味の悪い鳥のが聞こえてきた。

「さっさと渡ろう」

 友人の一人が渡ろうとした時、男が「いや、もし崩れていたら危ない。確かめなければ」と制して、ポケットからトンカチを取り出した。

 男はしゃがみ、トントンと端から端まで叩きながら、どこか脆い所はないか探し始めた。

 10分、20分──と、いくら時間が経っても確認は一向に終わらなかった。これに痺れを切らせた彼の友人らは、我慢できなくなり、男を放っておいて、渡る事にした。

 次から次へと彼の横を通り過ぎて、向こうへと渡っていく。男はそれに気づいているのかは不明だが、それでも叩き続けた。

 もうどのくらい叩いたのだろうか、まだレンガ1ブロック分しか進んでいない。

 この時、男の心情にある変化が起きていた。手首が痛くなったのはもちろんだが、このハンマーで石を叩くという行為に幸せを見出したのだ。

 トントントンと叩く音が、まるで日本庭園にあるししおどしのようで、無心になってできる事に気づいたのだ。

 最初は自分や友人達に危険が及ばないためにしていた事だったが、いつしかライフワークになったのだ。

 このまま一生これでいよう──そう決意した時だった。

 ミシミシという音が聞こえたかと思うと、彼がトンと叩いた所からヒビができていた。みるみる内にそれが大きくなり、彼の体重が重なった事もあってか、石橋に使われていたレンガが一つ、また一つと川に落ちていった。

 男は慌てて戻ると、元きた場所へ到着したと同時に、橋が豪快な音を立てて崩れていった。

 橋は二つに割れ、中央から向こう岸へと続く道が無くなった。

 見事彼の不安は的中した――と言いたい所だが、実は、石橋は全く壊れていなかった。むしろ補強工事をしたおかげで頑丈に作られていた。

 しかし、男の執念ともいえる慎重さによって、本当に割れてしまったのだ。

 そんな事実を知らない男は、自分が思った通りだと満足そうに頷いた。

 ふと、割れた先の向こうから人の声が聞こえてきた。みると、いつの間にか霧が晴れていた。辺り一面常夏のようなヤシの木が生え、砂浜の上を魅力的な水着姿の女性達と、彼よりも先に渡っていた男達が仲睦まじそうにビーチバレーをしていた。

 この様子を見ていた男は、表現しようのない後悔に駆られていた。

 もし、自分が石橋を叩こうなどと考えなければ。あるいは、石橋をほどほどに叩いて、そのまま渡っていたら、幸せな一時が待っていたのかもしれない。

 だが、もう橋は壊れてしまった。もう楽園には行けない。

 男は魂が抜けるのではないかと思うくらい深く溜め息をつくと、背を向けて、獣道を引き返していった。

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