第4話

 自分が思ったことと違う内容に、ポカンと口が開いた。


「よう、かい?」


 お前も、って言ったか?


「空中にいきなり現れるなんて芸当、普通の人間にはできまいて。お前、妖怪か、はたまた幽霊か」

「ゆ!?っち、違います!」

「では妖怪」


 名前みたいに呼び掛けないでほしい。


「妖怪でもないです!」

「あやかしの類であるのは間違いないじゃろ?」

「なんで決めつけんの!?」


 話が全然進まない。

 話を聞いてもらおうと、ぐいと奏太の腕を掴んだ。


「奏太さんは!奏太さんは妖怪なの?」

「……どうかの」


 ふっと笑って、奏太は掴まれた手を剥がすと、ゆっくりとしゃがんだ。釣られて、下へと身体を下ろす。

 頭がまだふわふわしていた。


「白鷺城には昔から伝わる話がある」


 よっと声を出しながら奏太は完全に床に腰を下ろし、その横に座るよう手で示された。

 言われるがままなのも癪だが、話してくれるなら知りたい。状況整理のためにも、まず奏太が話してくれるなら御の字だ。


「一年に一回、今後のことを教えてもらうために城主は天守閣へ赴く。どうして天守閣なのか。わかるか?柊」


 頭を振る。

 奏太は自分を指差した。


「天守閣には『刑部姫』という妖怪が住んでいるから」

「おさかべひめ……」

「そう。俺だ」

「……はい?」


 何を言っているのか分からず、隣にいる男を二度見した。


「男、ですよね?」

「俺か?そうだな」

「ひめ、って言いましたよね?」

「人間は、よく知らないものや現象を勝手に解釈する。何代か前の城主が、ものすごく小心者での。俺の顔も真っ直ぐに見られないようなやつだった。で、俺も一年に一回しか人間に会わない故、暇を持て余していての。喋り方も変えて、髪も結ったりして女のフリをしたのだ」


 その時の様子を思い出したのか、ふふふと嬉しそうに笑う。


「うまく騙せたらしく、その後、俺が刑部姫と呼ばれていることを知った。つまり、そういうことだ」

「……奏太さんは、人間では、ない、ってこと……?」

「城を守るために、もう何年ここにいるのか。長すぎて忘れたわ」


 人間じゃない認められても、不思議と怖いとは思わなかった。


「だのに初めてこの天守閣に侵入者が現れて、俺は久々に心踊ったわ。して、お前は?妖怪なら通り名があるだろ」

「だから妖怪じゃないって!」

「じゃあなんなのだ」

「……多分、だけど」

「うん?」

「遠い未来から来た、人間」

「……うん?」


 奏太が、顔を覗き込んできた。


「みらい?から来た、人間?」

「俺がさっきまでいた場所は、令和っていう年号なんだ」

「待てよくわからん」

「俺もよくわかんないよ!!」



 思ったより怒ったような声が漏れて、瞬間、部屋にしんとした静けさが降りた。


「わかんないよ、俺……。だってさっきまで学校で部活してたのに、目が覚めたら縛られて姫路城にいるんだよ?しかも自称妖怪な男が目の前にいて。もう、ほんっとうに訳わかんない!」


 思ったより自分を抑えていたらしく、一度口を開いたらポロポロと言葉が溢れた。

 そして、溢れたのは言葉だけではなかったようだ。

 細い指が、目の端を優しく擦った。


「泣くな、少年」

「だ、って」

「綺麗な顔が台無しだぞ?」

「俺……帰りたい……。自分がいたところに、帰りたい」

「ん。そうだな……」


 静かな部屋に、啜り泣く音だけが響く。


「……方法を探そう。協力する」

「っ、ほんと!?」

「ああ、妖怪に二言はない」


 ドヤったあと、奏太は少しだけ、悲しそうな表情をした。


「こんなに気楽に話せる者に逢えたのは、初めてだったからの。既に何やら寂しいわ」

「奏太さん……」

「城の将来を『視る』能力がある俺が力を貸すんだ。感謝しろよ」


 湿っぽさを吹き飛ばすようにあえて明るく言ったのだろう。合わせるように、こちらもにっこりと笑った。


「手始めに、まずは城主に会おう」

「え、会える、の?」

「会わせる。俺を信じろ」


 どうなるかわからない。

 が、まずはこの、天守閣に住む自称『妖怪・刑部姫』を信じてみよう。


「よろしく、お願いします」


 目をしっかりと見つめて、頭を下げた。


「任せろ」


 偉そうに言った『姫』は、優しく頭を撫でてきた。



 —END—

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君がいる場所 眞柴りつ夏 @ritsuka1151

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