終盤 3.05時間・2.7メートル

「困ったなあ」



 滑り込んだ裂け目の更に下層へと、ゆっくりと降りていく。闇が深く、どこまで続いているかわからないから慎重に。身を焼かれながら。天から響く化け物の声に震えながら。



 ガタンと、化け物が裂け目を拡げた!強烈な光が降り注ぎ、そのまま一気にしたまで滑り落ちる。当初予想していたよりは遥かに浅かったが、それでも体が軋んだ。恐ろしい膂力だ。これまでか!?



「届かないか」



 裂け目の底は余りにも深いようで化け物が手を突っ込んでくるがどうにも届かないかようだ。化け物の影によって光が遮られ視界が戻る。巨大な瞳がこちらを見つめていた。



「面倒だなあ。別にいいか」



 化け物は伸ばしていた手を引っ込めた。今のうちにもっと奥へ。



「いや」



 化け物はぶつぶつと何か呟いている。独り言か?天国でラドクリフが長い間に集めた情報では化け物は何体かいるはずだが、これまで話し合いの声が聞こえない。単独で行動している?彼らは協力関係にはないのか?



「カビでも生えればもっと面倒か。是非も無し」



 ひゅうぅ、と風の音が……いや、違う。これは呼吸音!



「よーいしょっ」



 ガタン、ガタン、と更に裂け目を拡げて化け物がせまる!




「こいつも洗浄だな。埃まみれだ」



 抵抗むなしくあのギザギザのピンセットに捕まり、落ちて行った裂け目をからあっという間に引き上げられ、光が再び襲いかかる。ごめんよラドクリフ。私もここまでだ。



 パキ



「わ」



 驚きの声を発したのは果たして化け物か私か。



 この熱の地獄に晒されて、ラドクリフと同じように私も形を保てなかったらしい。砕けた体が再び裂け目へ落ちる。



「ざまぁ、みろ!」



 まだだ。まだ生きる。最後まで諦めない。ラドクリフのように!



「衝撃を殺せるものは!?」



 裂け目を見渡す。このボロボロの体で落ちたら今度こそ粉々だろう。しかし裂け目は化け物が拡げたために今の自分では両端ともに届かない。このままでは勢いを減衰できずに底に叩きつけられてしまう!



「まだだぁ!」



 目を凝らすと見えた!天からの光のお陰で。



 てっきり、底も見えないほど深い闇が広がっていると勘違いしていた裂け目の奥。そこには闇ではなく、真っ黒な一本のロープが走っていた。



 化け物が裂け目を拡げたお陰で引っ張られ、底を走っていたロープが伸びて坂道のように下まで伝っている。



「これに乗れば!」



 体は砕け、蕩け、ロープを濡らしながら終着点まで滑って行く。終着まで。この命尽きるまで。足掻く。



 ぺち、と小さく音がなって、つまりは最早それだけ体を失って、白い、扉のようなものの前に辿り着いた。



「どうやって、開ければ良い!?」



 急がないと。急いでこの扉の向こうに行けば、もしかしてこの地獄から抜け出せるかもしれない。失った体が元通りになるかわからないが、とにかく、最後まで、生きる事を諦めてはいけない。



 ふと、扉には2つの小さな隙間があることに気付いた。そして、自分の今の体がその隙間に入れるぐらい削れてしまっていることにも。



「2つ?ふたりまで入れるということなのか?このサイズにならないと入れない扉?」



 考えている暇はない。飛び込む!



 バツン!



 何かの仕掛けが作動する音と共に、地獄の光が消え去った。



「きゃあぁぁぁぁ」



 化け物の断末魔の声がする。気配が消え去った。



(きっと、ここが正解の道だったんだ)



 きっと、この先に本当の天国があるのだ。きっと。



(でも、私もここで限界だ)



 あとを託そう。仲間たちに。化け物は去った。光も消えた。時間は無限にある。きっと、いつか外の世界に気付いて、そしてこの道に辿り着く奴が現れる。私とラドクリフがここまで来れたんだ。不可能じゃない。きっと。



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