天使と恋悪魔

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夢のような瞬間

 自転車で下る坂道。今日はいつもよりペダルが軽く感じる。何てったって今日から“アレ”やからな。心も踊るってもんよ。

「…うわ、カバン忘れたわ」


 次に坂を下りるとき、俺はかなり落ち着きを取り戻していた。せっかくの夏休みやのに、開放感はもうない。ただただ疲れた。気温35度を超える夏の坂道や、もう上りたあないわ。

「気分下がるなぁ、もう。

…ん?」

最近新しくできた水族館が目に入った。俺は吸い込まれるように扉に手を掛けた。


 こんな田舎には似合わない設備だ。規模が大きすぎる。この地域は特に少子高齢化が進んどるから地域活性化が目的なんやろうけど、全然人入ってへんやんか。

「魚はキレイやけど、俺はよー知らんからなぁ。お、でもコイツは分かるぞ」

 クリオネ。小さくて透き通った身体が愛らしい。美しく神秘的なこの生き物に、水槽越しに触れてみる。羽がパタパタと動く。いつまでも見とれるな、これ。

 「クリオネ、好きなの?」

左から透き通った声が聞こえた。ゆっくり左を向くと、茶髪の女子が俺の隣に並んで立っていた。美麗という言葉が当てはまる。

「いや、好きって程でもないけど。可愛いとは思う。」

「うんうん、天使みたいだよね。私クリオネ大好き!」

「そーなんや」

会話は続かんけど、可愛い子に話しかけられるんは普通に嬉しい。

 「樹くんだよね」

まだ名乗っていないのに、いきなり名前で呼ばれて驚いた。

「なんで知ってんの?不審者かぁ?」

「あはは、酷いなあ。隣のクラスなのに。

私、砂城初音。」

確かに同じ制服だ。はつね…あぁ、あの子か。

「いつも2つに結んどるのに、今日は結んでないんやな?」

「なーんだ、知ってるんだ。」

「髪型ちゃうけん分かれへんかった。」

「そっかそっか」


 「初音ちゃん」

「何?」

「クリオネってさあ、みんなから愛されとるよな。」

「そうだね」

「別に俺は万人から好かれんでもええけど、ちょっと羨ましいわ」

ここまで言ってしまって、我に返った。何自分語りしてんねん。アホか、気色悪い。でも初音ちゃんはこう言った。

「…わかる」

「え?」

「私、クリオネ女子なんだよ」

「どういうことや?」

「クリオネはみんなに好かれて、可愛くて、天使みたいだよね」

「何や、自慢か?」

「違う違う。でも、そう見えない?普段の私」

思い返してみる。そう言えばクラスの男どもが「初音ちゃんマジ天使…!」「付き合いてぇ〜」とか言ってたな。誰にでも分け隔てなく優しくて、良い子やとは思うし、今接してても天使って言われるのは分かる。でも、俺はそうなれって言われたら、ムリやな。笑

「みんなからはそう見えとるみたいやな」

「樹くんは何も思わないんだね〜」

「いやまぁ、普通に可愛いとは思うけどな」

「あ、そ」

優しい天使の笑顔が、可憐な女の子の顔になった。斜め下に視線を逸らし、頬を染める彼女から目が離せない。

「でもね樹くん」

「ん?」

「クリオネは、狙った獲物は逃さないの」

「ギャップやな」

「そう。でね、私、樹くんのこと好きなんだよね。だからさ」

 時間が止まる感覚。唇に柔らかな温かい感触を感じ、目の前がきらきらと輝く。

「樹くんのこと捕まえちゃう」

何や、小悪魔ならぬ恋悪魔みたいやな、なんて柄でもないことを思った。初音ちゃんがマンガみたいなセリフ言うからや。

「万人に好かれなくても、お互い好きでいたらそれで良いんじゃない?」

「な、何の話やねん…」

「クリオネの話でしょ。じゃあね。また学校で」

「おう…」

しばらくここから動けんかったんやからな。すっかり初音ちゃんに見惚れてもうたわ。

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天使と恋悪魔 恋愛 @kokokokokokoa

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