七章 ラスボス(母)を説得せよ!

第37話『もうこんなことは辞めなさい』

七章  ラスボス(母)を説得せよ!




 事情聴取の後、俺たちはパトカーに乗せられて実家まで送ってもらった。


 一軒家の玄関を開けると、半年ぶりに帰ってきた実家は真っ暗で、どこか寒々しい印象を抱かせる。その要因は殺風景な視界だけでなく、おそらくダイニングの方で待ち受けているであろう『』が玄関にまで覇気を放っているせいだろう。


 俺たちは戦々恐々としながらダイニングルームへと向かう。するとテーブルの椅子に腰を下ろし、静かに威圧感を放っている母さんの姿がそこにあった。

 母さんは俺たちが帰ってきたことに気付くと、ゆっくりと顔を上げて無表情のまま口を開く。


「おかえりなさい」


 その声には得も言われぬ迫力があった。

 母さんは特に俺の方に鋭い視線を向けてくる。今まで頑なに実家に帰らなかったことや着信拒否していたことを怒っているのかもしれない。


 だが、母さんが怒っているのはそれだけが理由じゃないはずだ。


 すでに警察の人が電話であらかたの事情は説明している。悠里が妹代行サービスで働いていたこと、ストーカー被害に遭っていたことなど。

 俺たちはそれらを母さんに黙っていた。


 母さんは液体窒素のような冷たい視線で俺たちを睥睨へいげいした。


「二人とも、そこに座りなさい」


 コートを脱ぎ、荷物をおろすや否や母さんが向かいの椅子に座るよううながしてくる。

 素直にそれに従うと、底が見えないほど深い深いため息が聞こえてきた。


 普段から感情に任せて𠮟りつけるようなタイプではないのだが、今日は一段と落ち着いているような感じがある。それが妙に恐かった。

 怒りを通り越して呆れているような雰囲気だ。


「まず、事の経緯から説明してもらいましょうか……」


 二人して、ピクリと肩を跳ねさせた。


 話はすでに聞いているはずだが、『アナタたちの口から聞かせて頂戴』と言外に込められているようだった。悠里と顔を見合わせてどちらが説明するか無言で押し付けあった後、悠里が観念したように口を開いた。


「……えっと。実は『妹代行サービス』ってところでアルバイトしてて――」


 悠里は妹代行サービスで働いていることや、ストーカー被害に遭っていたことなどを簡潔に説明した。話を聞き終えると母さんはしばし黙り込み、はてと首をかしげながら俺の方に視線を向けてくる。


「それと湊斗はどう関係があるの?」

「いや、それは……」


 どう説明したものか逡巡していると、横から悠里が口を挟んでくる。


「湊斗はお客さんとして妹代行サービスを利用していたのよ」

「オォイッ、そこは上手く誤魔化せただろ……⁉」

「アンタだけ逃げようたってそうはいかないわ……‼」


 小声で言い争っていると、テーブルの向かい側から咳払いが聞こえてくる。

 母さんは厳格な雰囲気をまといながら口を開いた。


「今までアナタたちを信用して自由にさせてきたけど、私が甘かったみたいね……。悠里はいかがわしいお店で働くし、湊斗はいかがわしいお店を利用するために成績を落として。一体どこで育て方を間違えたのかしら……」


 頭痛がするのか、母さんはこめかみを押さえながらため息を漏らした。

 隣で悠里が母さんの威圧感に押されて委縮しているので、代わりに俺が口を開く。


「ちょっと待ってくれ。悠里が働いてるところは別にいかがわしいお店とかじゃなくて、ちょっと変わった家事代行サービスだ。コスプレとかそういう感じの……」

「表向きにはなんとでも言えるわ。業務内容を聞くかぎり、知らない人のお家に上がったりしているのでしょう? そういうサービスがないとしても、もしも悠里の身になにかあったらどうするの? お店はちゃんと守ってくれるのかしら?」

「だ、大丈夫よ。護身用のアイテムを常備してるから……」

「やっぱり危険だからそういうものを持っているのでしょう? なにもないとは言い切れないじゃない。大体、現にストーカー被害に遭っていたというし……」


 なにも言い返せなかった。母さんの懸念けねんは実際に俺が思っていたことでもあるからだ。


 実際に襲われたとき、護身用のアイテムだけで身を守れるとも言い切れない。そもそも他人の家に上がり込んだ時点でそこは相手のテリトリーなのだ。


 俺としても妹代行サービスは素晴らしいコンテンツだし、擁護したい気持ちもあるのだが、そこで身内が働いているとなるとまた話が変わってくる。

 悠里の気持ちを知っているからこそ続けてほしいとは思うものの、今回のストーカー事件を経て常に危険がつきまとう仕事だということは身に染みて感じた。


 俺が黙り込むと、母さんは再びため息を吐いて悠里に視線を向けた。


「もうこんなことは辞めなさい」


 その言葉が冷たく響き渡った。

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