理想の寝取られを追い求め、幼馴染のNTR創作にリビドーをぶつけていたが、気付いたら大人気ラブコメ作者になっていて、寝取られを世に広めたいのに脳破壊展開を描くことを許してもらえなくて死にたい件

くろねこどらごん

第1話

 ―――身体は寝取られで出来ている


 そう心から言えるくらい俺、杉原学すぎはらまなぶは寝取られが好きだった。

 きっと、俺という人間に刻まれた、魂の性癖だったのだろう。


 寝取られは最高だ。

 さらに言えば、幼馴染の寝取られは最高中の最高だ。

 付き合いが長いほど絶望は深まり、より心が痛まり寝取られを心から堪能できるというのが俺の持論である。

 お気に入りの同人誌や漫画でもそういったシチュエーションを好み、収集して満足していたのだが、ある時俺はふと気付いてしまった。


「物足りない…」


 そう、物足りないのだ。

 中学も二年を迎えた頃には、俺は他人の創作物では満足できない身体になっていた。

 もっとこういうシチュエーションの方がいい。もっと罵声を浴びせて欲しい。もっと強烈に脳を破壊してくれ。


 もっと。もっと。もっと。もっと理想の寝取られを。

 高まる寝取られ欲求は、俺の体を突き動かした。

 すなわち、自分自身が筆を手に取り、理想の寝取られシチュエーションを自ら描くようになっていったのだった。



 その結果、描き始めて一年が過ぎた。

 中学三年生。寝取られへの執念からか、俺の画力は一年でメキメキと向上していた。

 ネットに投稿したイラストも、最近では高評価を貰えるようになっている。

 俺のファンを公言してくれて、毎回応援してくれる人もいた。有難いことだ。

 まぁ中には「寝取られなんてダメ。幼馴染の寝取られは解釈違い。イチャラブしながら朝チュンシチュエーションこそが至高。それを描いて」と要求してくる人もいたけれど、無理なのでスルーされてもらってる。

 イチャラブなど、俺の寝取られ道からは外れているからな。

 俺は寝取られのために絵を描くのだ。寝取られの前フリならともかく、断じて純愛そのものは描きとうない。

 脳破壊を望む全ての人達のために、俺は高校生になっても寝取られを描き続ける覚悟を改めて固めた。



 描き始めて二年目。

 高校生になった俺はの画力は、ますます上がっていた。

 それもこれも、全ては寝取られへの思いの強さ故だろう。

 肥大化する寝取られ欲求に合わせるかのように、筆のスピードも上がっており、最近はイラストだけでなく、漫画も投稿するようになっていた。


 そのおかげか、ファンも増え続けており、高校生になってから始めたSNSのフォロワー数も、気付けば10万人を超えていた。


 勿論描くのはいつも寝取られもの。

 寝取り相手のチャラ男クンは陽キャで、いつも「いえーい、彼氏クン見てるぅ~」と、笑顔でVサインをしてくれる気のいいやつだ。

 最近は彼と脳内で会話をしながら描き進めるのが、俺の日課だ。


 その際寝取られるのはほぼ幼馴染であったが、これに関しては勘弁して欲しい。

 俺は性癖に正直な男なので、まずなにを描きたいかと言われたら、幼馴染の寝取られなのだ。


 いつも見てくれている古参のフォロワーさんの中には、「幼馴染の寝取られは解釈違い。幼馴染とイチャイチャラブコメを描くべき。そして裸ワイシャツで朝チュンして」と毎回言ってくる人がいたが、相変わらずスルーさせてもらってる。

 俺が描きたいのは寝取られなのだ。それだけは譲れなかった。


 ちなみにいつも寝取られのモデルとなっているのは、俺の幼馴染である音無燐子おとなしりんこという女の子だった。

 背中まで届く長い黒髪と、切れ長の瞳に人形のごとく整った容姿を持つ美少女で、俺の性癖と好みに完全に一致する、まごうことなくストライクゾーンど真ん中にいる存在。


 表情の変化に乏しく、なにを考えているかもよく分からないところのあるやつだが、それでも中学では一番の可愛い女の子だと評判だった。

 その評価は高校生になった今でも変わりなく、ますます綺麗になった彼女は一年生である現時点で、既に相当の告白を受けているらしい。


 その話題を耳にするたび、俺の胸は強烈に締め付けれていた。

 彼女にするなら燐子がいいとは、以前からずっと思っており、密かな好意を抱いていたからだ。


 だけど、告白するつもりはなかった。

 美少女である燐子に対し、俺の容姿はあまりにも平凡すぎたからだ。

 告白しても玉砕する可能性の方が極めて高いだろう。俺は寝取られを愛してはいるが、失恋はしたくなかったのである。ヘタレと言ってくれても構わない。興奮するからな。


 それに、燐子が告白を受けた場合のことを考えただけで、俺は満たされたのだ。

 実際は付き合ってるわけでもないのだが、好きな子が他の男と付き合うことを考えただけで、脳が破壊される感覚を味わうことが出来るのである。


 なら、別に付き合う必要とかなくね?間接的に寝取られ気分を味わえるだけで十分じゃね?


 惨めな自己正当化をしつつ、俺は相変わらず寝取られ漫画を描き続けるのだった。



 描き始めて三年。

 俺は高校二年生になった。

 フォロワー数も気付けば50万人を突破している。

 執筆速度も加速の一途を続けており、今では1日で20ページを仕上げられるまでに至っていた。

 これも寝取られの賜物だな。最近では「プロデビューしないんですか?」とフォロワーさんから聞かれることも多くなっている。


 プロデビュー、か。

 確かにタイミング的にも、そろそろ将来のことを真剣に考える時期にさしかかっている。

 俺の未来は寝取られとともにあることは確定事項だが、世の中のより多くの人に寝取られ概念を浸透させるには、今以上の知名度と、肩書きが必要だろう。

 俺の描いた漫画により、陰キャから彼女を寝取りたいと考える陽キャくんが増えてくれるかもしれないしな。


 俺の脳内に住まう陽キャさんもサムズアップしながら後押ししてくれているし、いい機会なのかもしれない。

 そう判断し、早速出版社に持ち込みをかけるべき寝取られ漫画を描こうとしたのだが、ふと手が止まる。



 …………高校生で成年漫画家としてデビューは、まずいんじゃないか?



 そんな考えが、脳裏をよぎってしまったからだ。

 そもそもデビュー出来ないのではなんて考えは、俺の脳内に存在しなかった。

 自信はあったし、俺をフォローしてくれている方の中にはプロの漫画家さんも多くいたからだ。

 だけどその人たちは、皆成人済みであり、高校生で寝取られ漫画を描いている人は記憶している限り存在しない。


 もし雑誌に載ることになったら、親にも報告しないといけないだろうし、描いた作品について聞かれる可能性が極めて高い。

 そしたら、親に俺の描いてる漫画がバレてしまうことだろう。それだけは嫌だ。

 今でさえ寝取られ漫画を描いていることは誰にも秘密なのに、俺の描いたエロ絵が親バレしてしまったら間違いなく自殺もんだ。つか死ねる。


 俺の身体は寝取られで出来ているが、心は硝子なのである。

 親に知られたショックから、ガラスメンタルが粉々に砕け散ってしまうのは、用意に想像がつく。

 壊れたブロークン・幻想ファンタズムならぬ、壊れた豆腐ブロークン・メンタルだ。

 俺がアヘ顔ダブルピースしたところで、誰が得するってんだよ。親にバレることだけは、とにかく有り得ん!



 じゃあどうする?

 高校生でのプロデビューを諦めて、成人してからにするべきか?

 だが、それだと世に寝取られの素晴らしさを広めるタイミングが遅れてしまう。

 陽キャさんに寝取られることを待ち望む世の陰キャ達から、寝取られる機会を奪ってしまうことになりかねない。


 どうしよう。どうすればいいんだ。

 悩みに悩んでいると、タブレットからピコンと音がした。

 見ると、いつものフォロワーさんがリプをしてくれているようだった。


「今回の漫画も、前半のイチャラブは最高だった。後半の寝取られ展開は最悪だったけど、前半があるからまだ見続ける。やはり貴方は幼馴染とイチャイチャラブコメを描くべき。そして裸ワイシャツで朝チュンして」


 書いてあるのは、いつも通りの内容だった。

 これもいつも通りスルーするつもりだったが、その日は違った。


 ……ラブコメ、か


 ラブコメなら、成人漫画に拘ることもない。

 普通の漫画雑誌に持ち込むこともできるだろう。

 親にバレたとしても、問題ないんじゃなかろうか。


 俺はペンを手にとった。

 本当は嫌で仕方ないが、成人するまでの我慢だ。

 俺は寝取られの素晴らしさを、世に広める義務がある。

 そのためには、今以上の知名度が必要だ。

 ラブコメなんて描きたくないが急がば回れという諺もある。

 そうだ、これは必要経費と割り切ろう。

 ラブコメを踏み台とし、俺は寝取られ漫画家へとステップアップを果たすのだ。


 そう自分を無理矢理納得させると、俺は文字通り血を吐きながら、プロになるべくラブコメ漫画を一本仕上げるのだった。



 そして描き始めてから四年が過ぎた。

 俺は高校生三年生になり、見事プロとしてデビューを果たしていた。

 俺の描いた漫画はすぐに連載が決定し、初の単行本は飛ぶように売れ、一年も経たずに人気漫画の仲間入りをすることができていた。

 そして俺の知名度も、飛躍的に向上している。



 大 人 気 ラ ブ コ メ 作 者 と し て




 ※




「先生、前回の話も大好評だったッスよ!」


 あくる日の休日。

 俺は喫茶店で待ち合わせていた担当さんとの邂逅一番、そんなことを告げられていた。


「そうですか、やっぱり水着回の引きだったのが良かったんですかね」


「ええ!次回はヒロイン達との海水浴ともあって、読者の期待はうなぎ登りッス!皆ヒロイン達の水着姿を楽しみにしてるッスよ!」


 担当さんのテンションが、いつにも増して高かった。

 これはアンケートで、相当いい順位を取れているのかもしれない。


「ふむふむ。じゃあ今回の話は気合を入れないといけませんね」


「おお!やる気満々ッスね!嬉しいッスよ先生!今回は表紙からの巻頭カラーなんスけど、先生なら大丈夫ッスよね?」


「勿論です。カラー含めて二日で仕上げて見せますよ」


「頼もしいッスー!」


 バンバンと机を叩く担当さんのテンションもまた、うなぎ登りだった。

 ロリ巨乳で子供っぽいところのある人だが、なんとも愛らしいものである。

 そんな彼女の様子を店の迷惑になるんじゃないかと微笑ましく思いながら、俺はバッグから持ってきたネームを取り出した。


「それでですね、今回の話の内容なんですが…」


「うんうん、どんな内容ッスか!楽しみッス!」


 担当さんが期待してくれてるのが、目に見えてわかる。

 きっと、この期待に応えてみせることができるだろう。

 今回の話はテンションが上がりすぎて30分で描き上げてしまったくらい、かなりの自信がある傑作だったのだから。

 俺は意気揚々と、今後の展開について語り始める。


「始まりは駅で待ち合わせ。主人公が待ち合わせ場所に着くと、既にヒロイン達は到着済みです。そこで夏らしく薄着で開放感溢れる彼女達の美貌に、男達は振り向くんです。中には遠巻きに見惚れるモブもいて、ヒロイン達を見た感想を言い合う等のざわめきも追加しようかと思います」


「おお!ヒロイン達の魅力アピールッスね!誰もが振り返るほどの美少女達は、平凡な俺のことを好きなんだぜという、陰キャにピンズドの露骨なアピール!古典的ですが、だからこそ鉄板ッス!さすが先生!モテない陰キャ童貞な現役高校生だけあって、読者にウケるツボを抑えてるッスね!」


「フフフ、そうでしょうそうでしょう」


 担当さんの鼻息が荒い。いい感触だ。

 これならきっと大丈夫に違いない!

 そう思い、俺は更に先の話を語る。


「そして電車に乗り、海に向かいます。和気あいあいとした雰囲気の中、目的地に辿り着き、ヒロイン達は水着姿を披露!ここはドーンと見開きを使い、ヒロイン達の可愛さを大々的にアピールします!勿論巻頭カラーでも、美少女達の水着姿を書いちゃいますよ!」


「おおお!素晴らしいッス!!!これはブッチギリでアンケート1位待ったなしッスー!!!」


「フフフ、俺の本気はここからですよ。そして…!」


「まだ隠し玉が!?先生、アンタは最高のエンターテイナーッス!よっ!この盛り上げ上手!そしてぇっ!!」



 今度こそ、必ず受け入れてもらえると信じて―――



「まずは海に着いて早々、ナンパしてくるチャラ男の集団に遭遇し、主人公はボコられます」


「え」


「そしてヒロイン達はナンパ男さん達によってハ○エースでまとめて拉致。そこから旅館に連れ込まれ、集団レ○プのコンボをかまそうと思ってます」


「は?」


「『やめろ、ハイ○ース!戻れ!』と手を伸ばすも届かず絶望。後日主人公のもとに寝取られビデオレターが届けられ、チャラ男さん達に完堕ちしたヒロイン達によるア○顔ダブルピースで主人公は脳破壊されるんです」


「あ?」


「そして主人公は寝取られに目覚めます。決めゼリフは大コマ使っての、『寝取ってくれて、ありがとう…!』チャラ男さん達に感謝しながら、最後は敗北者として笑顔で寝取られを抱いて溺死するんです!これは伝説になりますよ!」


「却下で」


「何故!?」


 俺の考えてきた最高のネームは、何故か秒で却下された。


「何故もクソもないッス!!そんな展開やったら、別の意味で伝説になるッスよ!?炎上待ったなしじゃないッスか!?そもそも色んなところに喧嘩売ってるッス!せっかく人気出まくってて単行本も重版かけまくってるのに、先生は自分の作品潰したいんスか!!??」


 俺は担当さんの言葉に大きく頷く。


「それはまぁはい。てか、もう終わらせたいんですよね。このままじゃ、寝取られ漫画家としての知名度より、ラブコメ作者として有名になりかねないんで。最終回は、ボテ腹ヒロイン達のウェディング姿と、チャラ男さん達による陽キャリア充最高!ってことを存分にアピールしつつ、笑顔の結婚式で幕を閉じようと思うんですけど、どうでしょうか?」


「どうでしょうかじゃないッスよ!?そんな展開読者がトラウマになるじゃないッスか!?先生は陽キャに恨みでもあるんスか!?」


「まさか。むしろ大好きです。今度はウソじゃないッス。寝取られの呼吸で脳破廻戦起こせるくらいに盛ってデイズな、俺にとってのSUPER○EROですよ」


「イチイチ危ないネタに触れるのやめてくれないッスか!?ネタの絡ませ方も雑すぎますし、いい加減怒られますよ!?」


「ハハハ。まぁとにかく、これなら間違いなく、記憶に残ってくれますよ。今の展開描いてて苦痛ですし、ストレスすごいんで。これを読んで読者の脳が破壊され、絶望と同時に心の奥に封じられている寝取られ願望に目覚めてくれることこそが、俺の望みです。陽キャくんが、そうか、俺は寝取ってもいいんだ!と覚醒し、『先生の作品を読んだおかげで、陰キャから彼女を寝取ることが出来ました!』というファンレターを貰うのが、長年の夢でもありますね」


「最悪な夢ッスよそれ!?邪悪極まりないし、ぶっちゃけすぎッス!!??」


「おめでとうって拍手したいんですよ。全ての寝取られに、ありがとうって…」


「先生は人類寝取られ計画でもやるつもりッスか!?」


 担当さんは目を見開いて驚くも、俺は大して気にも留めなかった。

 俺が描きたいのは寝取られだというのにあっさり却下されたからな。むしろ不機嫌まである。


「先生!それはダメッス!ここだけの話、もうアニメ化することも決定してるんスよ!編集部としても、先生にはめちゃくちゃ期待してるんス!!先生の描くラブコメは最高なんスよ!どうかそれを分かってください!!なんで毎回打ち合わせで、寝取られぶち込もうとするんスか!!??」


「だってオラ、寝取られが好きだから…アニメ化なんてぶっちゃけどうでもいいから、読者にも寝取られに目覚めて欲しくて…本当は陽キャさんは寝取りが大好きだし、陰キャは寝取られたいって思ってるんだから、素直になって欲しくて…寝取り寝取られる世界こそが、正しい真実の世界だから…」


「なにトチ狂ったこと言ってるんスか!んなわけないッスよ!チャラ男にナンパされるとこまではいいとしても、その後は全部ダメッス!そのナンパも、いつも通りヒロインの妄想オチにしてもらうッスからね!」


「そ、そんなぁ…!」


 絶望感が全身を襲ってくる。

 今回は完璧に寝取られ展開に持ち込めると思っていたのに…


「先生の性癖はもう嫌ってほど理解してるッスけど、寝取られを出すのは間違ってることにいい加減に気付いて欲しいッス!先生の才能は、皆が認めてるッス。ほんの少しだけ性癖を押さえれば、皆が幸せになれるんスよ!」


「間違いなんかじゃない!俺は寝取られを世に広めるために漫画家になったんだ!金なんてどうでもいいんです!ただ、俺は少年達の性癖を歪めたい!この想いは、決して!間違いなんかじゃ、ないんだから…!」


「間違ってるッスよ!これはラブコメとして人気が出てるんス!ラブコメと寝取られは決して相容れない関係ッスから、先生もワガママ言わないでくださいッス!」


「クソがぁっ!」


「ウチも仕事でやってるんで、先生もプロなら、割り切って仕事に徹してください。世の中そうして回ってるッス」


 これだから大人は嫌いだ。

 子供の純真で穢れなき想いを、平気で踏みにじりやがる。

 だが、担当さんには俺を拾ってくれた恩があった。


「わかり、ました…」


 普段から色々お世話になってるのもあって逆らえず、俺は泣く泣く担当さんの指示のもとネームを手直しし、納得の笑みを浮かべる彼女と反対に、死にたい気持ちで家路に着くのだった。



 ※



「ただいまー…って、燐子、いたのか」


 寝取られを描けない現実に打ちひしがれながら帰宅し、憂鬱な気分の部屋に戻ると、そこにはベッドに横たわりながら漫画を読む、幼馴染の姿があった。


「うん。来てた。編集さんとの打ち合わせ、どうだった?」


「…駄目だったよ。今回も、寝取られ展開を入れることを許してもらえなかった」


 バッグを投げ捨てると、俺は机に座り項垂れた。


「なんで分かってもらえないんだ…寝取られこそが、読者ひいては人類が待ち望んでる展開だと言うのに…!」


「いや、それはない。今のイチャラブ展開こそが至高。早く幼馴染のメインヒロインとゴールインさせて。そして裸ワイシャツで朝チュンはよ」


「お前ほんとそればっかりだな!?」


 滅茶苦茶な要求をしてくる燐子に、思わずツッコミを入れてしまう。


「当たり前。幼馴染とくっつかないラブコメなんて有り得ない。そもそも、最初から私の言った通りの展開にしていれば、編集さんに怒られることもなかったはず。学は性癖を、あまりにも全面に押し出しすぎ」


「…それに関しては感謝してる。燐子のアドバイスがなかったら、そもそもプロになれなかったかもしれないからな」


 何を隠そう、この幼馴染は初期から俺のファンのひとりだった。

 ある日たまたまうちに遊びに来た燐子に、たまたま原稿を描いている姿を見られた後、そのことを燐子にカミングアウトされたのだ。

 それはつまり、俺の描いてた寝取られ漫画やイラストも、幼馴染に全部見られていたことに他ならない。


 思わぬ形での身バレに、俺は咄嗟に土下座していた。

 どうか親には寝取られものを描いていたことを話さないでくれと。

 バレたら色んな意味で俺は死ぬことになる。

 一般紙のデビューを機に新しくアカウントも作ったし、絵柄も微妙に変えたというのに、それが全部パーになるなど断じて許容できることじゃない。


 恥を偲んで頼み続ける俺を見て、さすがの燐子も同情してくれたらしく、俺の頼みを飲んでくれた。

 たったひとつの条件を除いて―――


「でしょ?学にはやっぱりラブコメの才能がある。これからもガンガンラブコメを描くべき。寝取られなんて忘れて、幼馴染とイチャラブする話をたくさん描こう?」


「ど、どうしてもか?どうしても、幼馴染はイチャイチャさせないと駄目なのか?寝取られさせちゃダメ?」


「ダメ。学は約束した。おばさん達にバラさない代わりに、幼馴染とひたすらイチャラブするラブコメを描くと」


 そう言ってドヤ顔で燐子は胸を張った。

 燐子と交わした約束。それは幼馴染をメインヒロインとした、イチャイチャラブコメを描くことだった。

 漫画を描くことが趣味の、平凡な陰キャ主人公を密かに想う完璧超人ウルトラ美少女の幼馴染との両想いじれじれラブコメこそが、俺の作品の主軸であり、それで人気が出ているのは事実だ。

 だが、


「確かに約束した。そしてその通りにラブコメを描いている…だが、俺はもう限界なんだよ!俺は彼女もいたことがない童貞だぞ!?なにが悲しくてこんなヘタレ主人公がモテまくって寝取られないラブコメなんて描き続けないといけないんだ!こんなの絶対おかしいよ!!!」


 俺は吠えた。

 こんなハーレムブチ壊して、ヒロイン達を寝取られさせたい衝動が抑えられなかった。

 陰キャは陽キャさんにヒロインを捧げることこそが正しい世界の在り方だと信じているだけに、今のハーレム展開に納得いくはずがない。


「おかしくはない。ラブコメ漫画とはそういうもの。主人公とヒロインがひたすらイチャイチャして、ヒロインの可愛さを全面に押し出すことが全て。そこに他の男が介在するなんて、あってはいけない。ハッピーエンドを迎えることこそ、読者の望み」


 俺は膝をついた。

 また正論により、理想の世界が打ち崩された気がしたからだ。

 こんなの、まるで世界が寝取られを否定しているみたいじゃないか… 


「くそぅ、畜生…」


「……学が童貞なのは知ってる。彼女がいないことも。だからきっと、ここまで性癖を拗らせた」


 嘆く俺の上に影が差す。

 顔を上げると、そこには優しげな顔で俺を見る、燐子の姿があった。


「りん、こ…?」


「学、私と付き合おう?学が寝取られに拘っているのは、彼女がいたことがないからに決まってる。私が学の彼女になって、恋人同士でイチャイチャすることの素晴らしさを教えてあげる」


「あ…」


「学、ラブコメの才能がある貴方が、寝取られ漫画を描きたいだなんて間違ってるの。ラブコメにとって、寝取られは悪なんだから。私と付き合えば、きっと学にもラブコメの素晴らしさが理解できる。そして、皆から好かれるラブコメ漫画家になろう?」


 それこそが、正しい道なんだから。

 そう告げてくる燐子の声は、優しかった。


「…………」


 燐子の顔を改めて見る。

 本当に美人だ。まるで人形のように整っていて、多くの男を魅力する、蠱惑の笑みが浮かんでいる。


「………い」


 それを見て、俺は思い出していた。

 そうだ、俺は燐子が好きだった。

 こんな可愛い子を彼女に出来たらどんなにいいだろうって、憧れた。


「………ない」


「学?」


 きっかけは願いだったのだ。

 純粋に、寝取られたいという願いこそが、俺をつき動かしていた。

 寝取られこそが、俺の全てであり、原点に他ならない。


「……とうない」


 例え、その先が地獄であったとしても、俺は―――!


「ラブコメ漫画家になど、なりとうない…!」


 寝取られの味方を、張り続ける…!


「俺は、俺は寝取られが好きだっ!俺の身体は、寝取られで出来ている!身体はマゾで、心はガラス!俺はUnlimited Netorare無限の寝取られ Worksを精製し、世の中に届ける義務があるんだよっ!ラブコメなんかにゃ絶対乗らねぇ!!!」


 細かい理屈なんてどうでもいい!燐子の言ってることがいくら正しかろうと、この性癖は覆せねぇ!!!

 寝取られが描きたくて描きたくて、たまんねぇんだよ!!!!!


「だから燐子、俺はもうあの漫画を終わらせる!ラストに盛大な寝取られをブチ込んで、少年達の性癖を破壊「うるせぇ」するんだうべぇっ!」


 決意を込めた宣言は、途中で遮られた。

 何故か燐子にビンタされて吹っ飛んでしまい、気付けば馬乗りにされている。


「やっぱり、学は拗らせている。理屈でいくら言ってもこれじゃ無駄」


「り、燐子、さん…?その、目が怖いんですが。なんでハイライトが消えてるんです…?」


「うるさい。学は鈍すぎる。私はずっと告白してくれることを待ってたのにしてくれないし、ラブコメみたいなイチャラブがしたかったのに寝取られ寝取られそればっかり。私もいい加減、堪忍袋の尾が切れた。こうなったら、体に分からせる。貴方は私のモノ。それを体に刻んでやる…!」


「え、ちょっ、おま―――!」


「私が寝取られから学を寝取る…!」


 マウントポジションを取られていた俺は、襲い来る幼馴染の魔の手から逃げることは不可能だった。








「しくしくしく…」


「もしもし、学の担当さん?うん、バッチリ。学から答えは得た。大丈夫、学を最強のラブコメ漫画家にするべく、これからも頑張っていくから」


 ……その後のことは語りたくない。


 ただ、迎えた翌朝で朝チュンを達成できた燐子はひたすら上機嫌でテンションが高く、俺は裸ワイシャツ姿でさめざめと泣くことになった。

 心の陽キャくんも同情してくれたが、彼は英霊ではなくイマジナリーフレンドに過ぎず、現実では無力だったのだ。


 その後、俺はますますラブコメ作者としてさらなる名声を得ることになり、脳が完全に破壊されてしまったとだけ言っておく。


 ちなみにこっそり同人でラブコメヒロイン達の寝取られを描いてみたら原作者による公式寝取られだとバレて大炎上し、担当さんにガチギレわからせを食らったのは、また別の話である。

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理想の寝取られを追い求め、幼馴染のNTR創作にリビドーをぶつけていたが、気付いたら大人気ラブコメ作者になっていて、寝取られを世に広めたいのに脳破壊展開を描くことを許してもらえなくて死にたい件 くろねこどらごん @dragon1250

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