不啜のヴァイロンエルマ

M.S.

不啜のヴァイロンエルマ

 【ヴァイロンエルマは不敵にんで、眼下に転がした数多あまたの吸血鬼狩りの兵士達、その内のまだ息のある一兵卒いっぺいそつを見下して滔々とうとうと話す▼】

「私、ヴァイロンエルマは吸血鬼ではあるものの、人の血を吸うという────すなわち吸血鬼を吸血鬼たらしめる、眷属けんぞくをつくるための〝吸血〟をした事などありません」

何故なぜだ......、だったら貴様は、どう、生き永らえている......、血を吸わなければ......貴様らは......」

 【息もえに、兵卒はヴァイロンエルマに訊く。その答えをせめてもの、冥途の土産にせんと口を開く▼】

 【過去に殺してきた吸血鬼狩りに、何度もされたその質問に、ヴァイロンエルマは辟易へきえきして、帯びていた刀────《銀椿ぎんつばき》のつかを握り、兵卒の脛に突き刺して────貫通させた▼】

「あぎっ、ぐっ......、が......」

「愚問とはそれの事よ。女性に摂食行動の如何いかんただそうなんて貴方あなた────野鄙やひな事よ。吸血鬼との言葉の交わし方をお勉強なさらなかったのかしら......、吸血鬼に対して────それも、吸血鬼の女性に食事はどうしているか訊くだなんて、貴方達人間で言えばお相手の寝床を夜半やはんに垣間見るようなものではないかしら? それに、人間の血なんて────

「ふ、ふん......、俺達人間は吸血鬼なんぞにびることを持ち合わせては、いな」

 【兵卒の言葉が終わりきる前に、その喉に手刀が斬り払われ、そうして最後の兵卒は絶命した▼】

 【その首筋から間欠泉かんけつせんのように溢れる血液の、豊潤ほうじゅんな香りに食欲が少しも喚起かんきされないと言えば噓になるが、ヴァイロンエルマにとってはそれよりも優先したい事柄ことがらがある▼】

「全く、私達吸血鬼と人間が同じ言語を扱わなければならない事実に、内なる悲しみを禁じ得ません。......何故神は、私達吸血鬼と人間を同じ大陸におこしたのでしょう」

 【吸血鬼狩り達の死体をぐるりと両の紅眼で一瞥いちべつし、その全ての絶命を視認した後、ヴァイロンエルマは佩刀はいとうしていた《銀椿》を口から呑み込んで体内に収納────納刀した▼】

 【そして口元から零れそうになった口腔粘液を指先でつぅ、とぬぐうと、ヴァイロンエルマはさながら貴婦人とでも呼べる挙措きょそで臍の前に両手を重ね、血塗ちまみれの、闇の衣の様なローブ・デコルテを地に引きりながら今般こんぱん皆殺しにした数十人の吸血鬼狩りの遺体を、漫遊まんゆうに、しかし典雅てんがに歩きながら検分していく▼】

「どうやら、今回の吸血鬼狩りの中には、あつらようですね────」


────


「「「お帰りなさいませ、お母様」」」

 【そのようにヴァイロンエルマの帰りを迎えたのは、三人の眉目秀麗びもくしゅうれいな美少年達▼】

 【その三人はおよそ二歳の頃に見初みそめられて、ヴァイロンエルマにさら子供であり、現在は皆、齢十五程である。三人はこの深奥しんおうの森の不夜城ふやじょうのような広大な洋館────《黒茨くろいばらかご》で、雑事やヴァイロンエルマの身の回りの世話、そして───夜伽よとぎをする▼】

 【その昔、ヴァイロンエルマの母が攫ってきた高尚こうしょうな建築家に築かせたその洋館は今もなお、朽ちるどころか古色蒼然こしょくそうぜんと歴史の重みを感じさせる雰囲気で、人間、さらには魔物すら近づかないような、吸血鬼の生活様式にとって好ましい根城となっていた▼】

「お母様、おし物が汚れております。奇麗にいたしましょうか?」

 【そう言ったのは長兄────ペールライト▼】

「では、僕は替えのお洋服を用意して参ります」

 【そう言ったのは次兄────ディムライト▼】

「では、僕は湯浴ゆあみのために桶を満たして参ります」

 【そう言ったのは末弟────トワイライト▼】

 【ヴァイロンエルマが人里に繰り出して攫ってきた三人なので歳の多寡たか厳然げんぜんとはわからず、誰を長子とし、誰を末子とするかは不整合が生じる所ではあるが、便宜べんぎ的に攫った順番で上下を決めており、言わずもがなその子供達の命名もヴァイロンエルマのものである▼】

「お前達、ありがとう。今日のも干物のような奴らばかりだったとは言え、少々疲れたわ。私が体を洗滌せんじょうしている間に、少し早いけど食事の準備もして頂戴ちょうだい。その後大事な話をしたいの。ゆっくり────お茶でも飲みながら、ね」

 【円形の大きなつばに、瀟洒しょうしゃな白リボンの付いた帽子を脱いでペールライトに手渡し、血で固まってしまった髪のふさ手櫛てぐしで整えながら────ヴァイロンエルマは不敵に、あでやかにそう言った▼】


────


「大事な話というのはね────」

 【三人の子供達が用意した食事を終え、茶を飲みほしたカップをかちゃりとソーサーに置き、ナプキンで口元を軽く拭いてからヴァイロンエルマはそう切り出した▼】

 【四人で使用するにはいささか広すぎるだろうという食堂に設置された、同じく大きな天板を持つテーブル。そのテーブルの片方の長辺にヴァイロンエルマ、もう片方の長辺に三人の子供達が、向き合う形で座している▼】

「ここ最近の襲撃が多くなってきているのは分かっているわよね。その度に私はそいつらを殺してきた訳だけれど......」

 【ここで言う〝悪党〟というのは無論吸血鬼狩りの事であって、〝悪党〟と可愛らしい呼称で三人に言い含めているのは、ヴァイロンエルマが三人の事を、自身の愛すべき子供扱いをしている表れとも言えるが────だからと言ってヴァイロンエルマが自身の血と不行状ふぎょうじょうを三人に隠し立てしながら今まで共同生活を送ってきた訳ではない▼】

 【むしろ三人の物心が付く頃には自身が吸血鬼である事や、それによるいさかいで日常的に流血沙汰が行われている事を既に披瀝ひれきしている▼】

 【であるから、三人の子供達は、主人が人の命をもてあそぶ事に今更いまさら動揺したりはしないし、乱心する事もない。思想として倫理の方向性は人間ではなく吸血鬼の側に向いている▼】

 【そしてそのヴァイロンエルマの情操教育の教導の仕方こそが、幼子のみに焦点を当てて攫い、かどわかす理由でもある▼】

「最近は奴らも私だけの手には余るようになってきたわ。勿論私がその気になれば十も百も物の数ではないのだけれどね。......けれど、やはりどうしても労働というのは性に合わないの。そこでね────貴方達三人にも悪党退治を手伝ってもらおうと思って」

 【そう言われ、三人の子供達は当惑する。いくら思想を吸血鬼の精神体系になぞらえるよう育てられてきたとは言え、所詮はよわい十五の子供である。ここで怖気おじけづくなととがめるのはこくな事である▼】

「けれど、お母様......」

「言うまでもなくこの命、お母様の物では御座いますが......」

「僕達......、戦い事の心得がありません」

 【その点、どのように埋め合わせれば良いでしょうか、と三人の子供達はそれぞれ鹿爪しかつめらしい顔をヴァイロンエルマに向ける▼】

「心配しなくても大丈夫よ。私の《大棺おおひつぎ》にはの。その四肢を貴方達にいであげれば、。......ある昔日せきじつに、死霊術師からこの手法をたわむれに教えてもらったのよ」

 【《大棺》────ヴァイロンエルマがその身に納める《銀椿》が人の四肢を奪うための刀であれば、その対極として《大棺》とはである。この能力は《銀椿》とは違い、ヴァイロンエルマが吸血鬼として有している異能である▼】

 【吸血鬼であれば誰しも《大棺》を種族固有の能力として有しているが、その容量は魔術に対する造詣ぞうけい深浅しんせんで決まるのはかくとして────本来その《大棺》は、吸血鬼が自身の気に入った血肉、及び遺体を丸ごと保管し、時には取り出して賞翫しょうがんする為の用途として使われるのに対し、ヴァイロンエルマの《大棺》には四肢、舌、眼球のみが保管されている点を見れば、彼女が余程の偏執家へんしゅうかであると評する事が出来る。臓器が豊富な人間の体幹を主食としたい吸血鬼からすれば落涙らくるいものである▼】

「そういう事でしたか」

「私達の浅慮せんりょをお赦し下さい」

「この事態を見据えて悪党どもの四肢を集めていらしたのですね」

 【三人の子供達は、ともすれば足手纏あしでまといになってしまうのではないかと危惧していた点が解消されて、胸を撫で下ろした▼】

 【後は、四肢を接ぎ、武具を用意すれば、三人は何時いつでも、何処どこでも、ヴァイロンエルマに命を捧げるだろう▼】

「「「では、早速私達に四肢をお接ぎ下さい」」」

「ええ、そうしましょう。私の子供達。......でも、気勢きせいぐようで申し訳ないけれど、一遍いっぺんに、三人共一緒に四肢を接ぐ事は出来ないわ。私もそちらの方面にはそこまで優れていなくてね。実は私、剣術や体術の方が得意だったりするのよ────まぁ、それはくとして、四肢接ししつぎは一人ずつやる事にするわね......。それじゃあ、今日は......」


『今夜、夜伽する子供を選んで下さい▽

  ▷ペールライト  

   ディムライト  

   トワイライト』


「ペールライト、ずは貴方からよ。今宵こよいは一人で私の寝室にいらっしゃい。他の二人は寂しいだろうけれど、今夜はそれぞれの寝室で休んでいて頂戴ちょうだいね」


────


 【食堂で別れてのち、日が沈み────吸血鬼の本分でもある、深夜▼】

 【ヴァイロンエルマの寝室、その扉を叩く音が、仄暗ほのくら静謐せいひつな空間に響く▼】

「失礼します。お母様......」

 【おずおずと言いながら現れた姿は、言いつけを守ってやってきたペールライトである。その名の通りに薄い色素の瞳が揺れているように感じるのは、何もチェストの上で同期するように揺れる燭台しょくだいの灯りの所為せいだけではないのだろう▼】

「ええ、いらっしゃい......」

 【ベッドサイドに寄ってきたペールライトを抱擁ほうようし、慈しむ────実の母子のように▼】

 【薄い寝衣しんいに包まれたペールライトの体躯たいくは心細くなる程に細い。ヴァイロンエルマが吸血鬼の肉体の力でもって強く抱きしめてしまえば、それで壊れてしまうだろう▼】

「......嗚呼ああ、お前達を力一杯に抱きしめられない事が、吸血鬼に生まれた唯一のうれいよ」

「お母様......、お母様......」

 【ペールライトの瞳は瑞々みずみずしく爛熟らんじゅくし、次第に何かを求めるようなそれに変わっていく▼】

「お母様、お言葉では御座いますが、ご自身の生まれを私達の為に憂いたりしないで下さい。......お母様は、元より私達のお母様。そこに人間だろうが、吸血鬼だろうが、生まれなど関係ありません。唯々ただただ、ご自身の血に誇りをお持ち下さい。お母様はこの大陸で一番強く、美々びびしい吸血鬼なのですから────」

 【その言葉を契機けいきに、ヴァイロンエルマはペールライトの細身を腕に抱え込んで、ベッドの上に組み敷いた▼】

 【ヴァイロンエルマの眷属────その子供人形の四肢接ぎが、始まる────▼】


『ペールライトとの夜伽を行います▽


 ペールライトの現在の四肢を削ぎ、新たな四肢を接ぎます▽


 又、四肢に加え眼球と舌も移植する事が出来ます▽


 接ぎ・移植に使う四肢・眼球・舌を《大棺》から選択して下さい▽


注意、

・子供達のレベルより高いレベルの四肢・眼球・舌は接ぎ・移植に使えません▽


・右脚と左脚に接ぐ脚の長さは出来る限り揃えて下さい。長さが違う脚を右と左、それぞれに接ぐ事も可能ですが、左右の脚の長さが違う程、その子供の敏捷値びんしょうちが下がってしまいます▽


・右腕と左腕に関しては腕の長さを揃えなくてもデメリットはありません▽


・眼球についても腕・脚同様、左右別々に移植する事が出来ます。右瞳・左瞳の種別が違っていてもデメリットはありません▽』


『《大棺》に保管している眼球、舌、四肢▽


 ▷刺剣使いの左腕    LV6

  魔術師の舌      LV4

  狩人の右脚      LV4

  大斧使いの右腕    LV3

  道化の舌       LV2

  魂縛の瞳       LV1

  聖職者の舌      LV4

  貴婦人の艶やかな右脚 LV7

  物乞いの舌      LV7

  盗賊の左腕      LV4

  密猟者の左脚     LV6

  歪んだ聖者の瞳    LV8 .........etc』

  

『では、以下のように接ぎ・移植を行います。


ペールライト LV1

・役 :吸血鬼の侍従

・右瞳:ペールライトの瞳     ─

・左瞳:ペールライトの瞳     ─

・舌 :ペールライトの舌     ─

・右腕:ペールライトの右腕    ─

・左腕:ペールライトの左腕    ─

・右脚:ペールライトの右脚    ─

・左脚:ペールライトの左脚    ─

   ↓↓↓

・役 :刀剣使い

・右瞳:緊縛きんばくの瞳        LV1

・左瞳:ペールライトの瞳     ─

・舌 :ペールライトの舌     ─

・右腕:刀剣さばきの右腕     LV1

・左腕:ペールライトの左腕    ─

・右脚:遊牧民の右脚      LV1

・左脚:遊牧民の左脚      LV1


 接ぎ・移植に使われた四肢・眼球・舌は失われず、夜伽をすれば再度、接ぎ・移植に使う事が可能です▽』


『接ぎ・移植を始めますか?▽

  ▷はい  いいえ』


────


 【次の朝、二人は窓硝子の向こうからどよもす小鳥のさえずりを耳に、目を覚ます▼】

「おかあ、さま......」

「良く、頑張ったわね、ペールライト。.....偉いわ」

 【寝惚ねぼまなこで覚醒したペールライトの頬の香りを確かめるよう、額をくっ付けるようにしてヴァイロンエルマは彼をねぎらった▼】

「僕はこれで......、強くなったのでしょうか......?」

「ええ。戦い方は。心配しなくても大丈夫よ」

 【母のその言葉にペールライトは安堵し、ころころと無邪気に笑って見せた▼】

 【ヴァイロンエルマもられて微笑する────血塗れで、凄惨せいさんなシーツの上で▼】

「シーツが汚れてしまったわ。これを片した後に、他の二人と一緒に朝食を食べましょうね。それと────」

 【ヴァイロンエルマはそこで言葉を区切り、真剣味を帯びた表情になる▼】

「どうやら、森のさざめきがいくらか騒がしいようね────不埒ふらちやからがこの森に這入はいったみたいよ。ティータイムの後は、はかりごとを、しましょう」


────


 【朝食後、茶をきっした後、ヴァイロンエルマと三人の子供達はホールへと集まった▼】


『ヴァイロンエルマはどうする?▽


 ▷洋館周囲の森を探索し、はぐれ吸血鬼狩りや吸血鬼狩りの野営地を探し当てて襲撃する


  人里に降りて、街から新たに子供を攫う』


 【ホールに集まった三人の子供達は、ヴァイロンエルマの指示を待っている▼】

「さて、ゆっくり四人で過ごしたいのも山々だけど、そうもいかないわ。近くまで悪党が来ているみたい。片付けてしまいましょう────昼食の時間までにね」

「「「はい、お母様」」」

 【ヴァイロンエルマはそう言って、くるりと洋館の入り口に向いて────両開きの大扉を押して、三人を連れ立って外に出た────▼】


 【四人が《すすり鳴き街道》を南に進んで四半時しはんとき程経った頃、不意に街道の向こうから一人分の武装した人着にんちゃくが、こちら側に歩いてくるのが見えた▼】

 【どうやら双刀の使い手らしい。こちらの姿を認めたのか、斜め十字に背負った二本の得物を────抜刀した▼】

 【それを受けて四人も、ヴァイロンエルマとペールライトを前衛に、臨戦態勢に入る▼】

 【互いに歩み寄り、互いの間合いに入るその直前、そのぎりぎりにまで肉薄にくはくする▼】

 【するとゆくりなく、双刀使いの方から、口を開いた▼】

「ほう......、人間の子供を連れた吸血鬼が居るとは本当だったか。これは面白い。伝承にすら無い稀有けうな事だ。きっと私が故郷に帰ってこの事を口伝くでんしたところで、この光景を信じてくれる者は居ないだろうな。......くく。吸血鬼が人形遊びとは......、実に面白いぞ。面白くて面白い程に────悲しいかな

「吸血鬼の領域に単身で入ってくる貴方も中々面白くってよ。もう貴方が故郷に帰る事はなく────此処ここで土にかえるのだから安心して頂戴。そして褒めてあげる。命を差し出してまでこちらの笑いを誘おうという、その心意気。吸血鬼には無いものだわ」

「いやなに、足手纏いを連れてきても、壁にもならんのでな。そちらは三匹程、盾を連れているようだが......。子供を盾にする吸血鬼というのも、これもまた面白い。聖者が見たら卒倒してしまうだろう」

「いいえ。聖者を前に、卒倒すら許しはしないわ。いつも────卒倒する前に殺してしまうから」

「その減らず口もまた、面白い」

「貴方も武人の割には饒舌じょうぜつみたいね。殺した後に、舌が何枚あるのか数えるのが、たのしみ」

 【一通り挑発し合い、互いに緘黙かんもくすると、今度は視線を戦わせる段階に入った。しばらくして、その沈黙に耐えられないというように双刀使いは哄笑こうしょうし始めた▼】

「はははははははは!」

 【のだが▼】

「はははは。────ほざけ」

 【不啜ふてつと呼ばれるものの、それは勿論寡黙かもくを意味する訳ではない。元来喋り好きのヴァイロンエルマである▼】

 【双刀使いは、鷹揚おうような態度と物言いで精神的優位に立とうという策が、ヴァイロンエルマのいき意趣返いしゅがえしによって上手く運ばないと見るや────双刀を構え、眼光は打って変わって剣呑けんのんなそれになる▼】

 【お喋りは終わり、とも取れる合図を受け、ヴァイロンエルマは喉から一振りの刀────《銀椿》を引っ張り出し、それをペールライトのそばほうった▼】

 【放り投げられ、回転して地に突き刺さった《銀椿》のつかを、ペールライトは握る。構えた姿が堂に入っているのは昨夜接いだ《刀剣捌きの右腕》の効果に他ならない▼】

 【その姿を見た双刀使いは────瞠目どうもくした▼】

 【齢十五の子供が隙が少ない構えをして見せた事も、驚愕に値する事実ではあるが、双刀使いが驚きを見たのはそこではない▼】

 【見開いたその目は、ペールライトが握る《銀椿》に向いている────▼】

「......っ!」

 【それを見て取ったヴァイロンエルマは────さなが悪戯いたずらが成功した時の少女のような無邪気さで、不遜ふそんにくつくつと笑って見せた▼】


「────そうよ。その昔、失踪した吸血鬼狩りの泰斗たいと────史上最強の吸血鬼狩り、シュナイデンが用いていた刀、それがこの────吸血鬼殺しの《銀椿》よ」


「ぐっ......」

「それを今、この私が所有しているその意味────わかるわね?」

「ふん......。今、私が、シュナイデンを超えれば良いだけの話だ......!」

「その強がり程、面白いものもないわね。ペールライト────行きなさい」

 【双刀使いは苦虫を潰したような顔のままうそぶき、四人に向かって突貫した▼】


『吸血鬼狩りの刺客の攻撃!

 ペールライトに12、16ダメージ!▽』

『ペールライトの攻撃!

 吸血鬼狩りの刺客に19ダメージ!▽』

『吸血鬼狩りの刺客の攻撃!

 ペールライトに13、13ダメージ!▽』

『ペールライトの攻撃!

 吸血鬼狩りの刺客はパリィした!▽』

『ペールライトは1ターン体勢を崩す!▽』


「もらったぞ!餓鬼!」

 【快哉かいさいの声を上げ、迫る双刀使いの上段斬りはしかし────ペールライトに振り下ろされる事は無かった▼】

「がふっ」

 【代わりに血を見せたのは双刀使い。その喀血かっけつは────高みの見物を決め込んでいたと思われた、ヴァイロンエルマの黒のドレスに飛び散った▼】

「なんっ......、お前」

 【二人の、一瞬の攻防の間隙かんげきを縫うようにして割り込み、ヴァイロンエルマの手刀は双刀使いの胸を破って心臓をてのひらに包んでいる▼】

「ぐ、くそっ......、お前......お前......」

「ふふふふ。〝卑怯〟という一語は人間由来の言葉で、吸血鬼由来の言葉じゃないのよ。〝いやしくおびえる〟なんて私達の領域じゃないもの。それか、『私が邪魔立てしなければ、この子に一太刀ひとたち浴びせていた』と、負け惜しみを言うの? ────なら、のかしら? ────止まって見えてよ、貴方」

「っ......!」


『ペールライトの緊縛の瞳が発動!

 吸血鬼狩りの刺客と視線が重なる!▽』

『吸血鬼狩りの刺客は2ターン硬直状態!▽』


「どうやら、貴方はどちらにせよ負けていたようよ。手を出したのは、椿────殺せないからこその、四肢ぎの刀......。けれど貴方の四肢、《大棺》に納める価値は無さそうだから────だから私が仕上げをしてあげる。あと────、という貴方の読みも────残念ながら外れよ」

「くっ、くっそおおおおおおおお────」

 【その悔恨かいこん哀叫あいきょうも、ヴァイロンエルマが心臓を握り潰すと同時に、耳障りな音を立てて途絶えた▼】


『ヴァイロンエルマの致命の握撃あくげき! 

 吸血鬼狩りの刺客の心臓を潰した!▽』

『吸血鬼狩りの刺客は息絶えた!▽』

『吸血鬼狩りの刺客はファルシオン、ファルシオン、双刀使いの右腕、双刀使いの左腕、剣士の右脚、剣士の左脚を落とした!▽』


 【ヴァイロンエルマは無残な死体を検分けんぶんし、叫んだままで硬直した双刀使いの、口腔内を監察する▼】

「あら、やっぱり舌は一枚なのね。一枚舌いちまいじたでシュナイデンを超えるだなんて、本当に面白いお人だわ。二枚舌にまいじたですら足りないくらいよ。あの饒舌じょうぜつなシュナイデンはその長広舌ちょうこうぜつ手練手管くれんてくだの三枚舌で────私の母、狂啜きょうてつ口説くどのだから」

「ふっ、ふふ、あははは」

 【それを聞いて、三人の子供達は吹き出す▼】

 【一緒になってヴァイロンエルマも口をおさえて笑い、四人の屈託くったくない笑い声が、《啜り鳴き街道》に響いた▼】

 

────


 【時は流れ数年後、ヴァイロンエルマの拠点にしてねぐら────洋館黒茨の籠が要する子供達は三人から十四人に増え、それぞれ一人一人が吸血鬼狩りの一師団に匹敵する程の少数精鋭となっていた▼】

 【そして遂に本日、ヴァイロンエルマと十四人の子供達は吸血鬼狩りの総本山、その城下町の目抜き通りの真ん中を傲慢に踏み鳴らし、城下に迫ったのだが────▼】

 【そこに待ち構えていたのは史上最強の吸血鬼狩り、シュナイデンの後釜あとがま────紅顔こうがんの美青年、フリーデンだった▼】


 【これにはフリーデンの側近から街の衛兵、雑兵ぞうひょうに至るまで動揺を隠せず、それはヴァイロンエルマの腹心の三鼎さんていを始め、十四人の子供達も同じであった▼】

 【黒髪に紅眼のヴァイロンエルマ▼】

 【銀髪に碧眼のフリーデン▼】

 【頭髪と瞳に宿る色を除いて見れば────相見あいまみえる二人はほとんど生き写しと言って過言ではなかった▼】

 【そして遂に、二人は同時に、同じ結論に至ったらしく────互いに腹を抱えて笑い始めてしまった▼】

 【因縁のある仇敵同士が笑い合うという異様を極めた場面に、ヴァイロンエルマとフリーデン、二人以外の麾下びかの者は困惑するしかない▼】

 【先んじて口を開くのは、フリーデン────▼】

「成る程、成る程。私が吸血鬼にあらず、だが吸血鬼の貴公に似ていると言う事は────」

「要するに────私達の父親が、不義を働いたというところかしら」

「と、言う事はなに、私達は血族と言う訳か」

「異父姉弟では、血族と言うより係累けいるいと言ったところではないかしら?」

「はははは、それは言い得てみょうな言いぐさだ。では、貴公が用いる愛刀と言うのは......」


「ええ。貴方の想像の通り────この刀こそ、吸血鬼殺しの《銀椿》と言う訳ね」


 【フリーデンはそれを聞き、わざとらしく肩を落として、すくめて見せる▼】

「全くあの放蕩根無草ほうとうねなしぐさの糞親父。やってくれる。では私達の父は今も、私か貴公の母親と一緒になって逃避行の最中さなかと言う訳か」

「それか、両方の母親を連れ立って行ったかも」

「ふふ、あまりしたくない想像ではあるな」

 【そこまでは何処どこ軽妙けいみょう縷々るるとして話すフリーデンではあったが、肩を張り直して、ヴァイロンエルマを見据える▼】

「で、どうする? 貴公」

「......」

「私達はこの大陸の吸血鬼を減らし続けてきたし、貴公らは逆に私達の血をすすり続けてきた────貴公だけに関しては例外のようだが、巨視的に見ると、そう言う事だ。────戦う動機はある。だが手下の者達が、私達を見て─────引いては、この戦争は不毛な姉弟喧嘩に成り下がらないか?」

「全く、その通りなのかもしれないわ。そしてもし────私達の父がこの局面を見越しての、企図きとのある不義だったとしたら、この帽子を脱ぐしかありませんね」

「そこまで考えのある父親だったとは思えないが......、ともあれ、此処ここで、今、私達が結論を出すべきだろう」

「そう、ね......。貴方は、父がその昔、私の母にやったように私を口説いたりはしないのかしら?」

「はは、実は、少し考えてもみている。父はよく物思いにふけって、こう独りごちていた」


 【吸血鬼の女性とは、くも解語かいごはなであるのか、とね────▼】


『ヴァイロンエルマはどうする?▽


▷人間に対し、十四人の子供達と共に徹底抗戦を宣言する


 和平を結び、フリーデンと共に失踪した両親を捜索する』


「私は────」


『ヴァイロンエルマは────を選択した▽』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

不啜のヴァイロンエルマ M.S. @MS018492

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ