第4話

 レオン、ソフィア、クライヴがそれぞれ修行を続けている中、オルドは遠見の魔法と、里に住む者達と力を合わせて王国の様子を探っていた。


 しかし相変わらず王国は魔防壁に守られていて、内情を知る事が出来ず。城を取り囲むように黒雲が纏わり、国全体を濃い紫色の瘴気が覆っていた。どの国も王国と接触する事が叶わず、五大国の間を取りなしていたオールツェル王国の異変によって、各国間の緊張も高まっている。情勢は不安定になり、不穏の種があちこちにばら撒かれていた。


「このような世界の危機に、人心は乱れ、連携は崩れ、それぞれが目先の出来事だけに囚われ大局を見誤る。魔族はその隙を見逃さないだろう、どんな動きをしているのか感知させないようにしているのも、人々の不安と疑心暗鬼を煽る為のものだろう」


 オルドは悲しげに呟く、この事態に何も出来ないと嘆いているのはオルドも同じことだった。


 精霊の隠れ里は、外界から遮断されているからこそ守られていて、魔族には絶対に手出しできない。しかしそれは同時に外界に接触する手段を殆ど持たないと言う事でもあった。星の神子を育み宝剣エクスソードを守り続ける事こそが隠れ里の目的、そこを疎かにすることは決して出来ないし、そのどちらかを失う事があれば世界は魔族に対抗しうる力を失ってしまう、どれだけ外界が厄災に見舞われ様とも、絶望の終わりをもたらす訳にはいかなかった。


「もどかしいのぉ、どうする事も出来ないというのは」


 この感情は勿論レオン達も持っていた。レオンは宝剣に選ばれる為に連日連夜訓練と勉学に励み努力を重ねている、しかし宝剣に選ばれる条件は未だ分からず、先の見えない焦燥感に駆られている。


 ソフィアは星神から授かった魔法と力を高める為に研究研鑽を重ねていた。神子としての修行の他に、長旅に必要な知識や治療に使える方法、レオンを支える為の努力をしていた。それに加えてソフィアはオルドと共に魔族についての文献を当たる手伝いもしていて、焦りと疲労が目に見えて分かる。


 クライヴはレオンとの修行の傍ら、隠れ里から出て調査を行っているが、その成果は芳しい物ではなかった。元々強固な守りの城は、強靭な騎士団による厳戒態勢を布かれ一分の隙もない、加えて城を覆う瘴気は近づくだけで体力と精神力を蝕み、長く留まる事が出来ない。クライヴは国の現状が把握できず、魔族による支配が元々自分が所属していた騎士団の手によって行われている事に忸怩たる思いであった。


 それぞれがそれぞれの事情を抱えて、闇雲にでも前に進むしか出来ない不安を押し殺し、とにかく今自分に出来る事を探して行動する事しか出来なかった。


 オールツェル王国城内、宰相アクイルの心と精神を乗っ取り、そして騎士団の全団員の精神を支配下に置いた封印されていた魔族は、遥か長い封印下で自らの名前すらも忘れ去ってしまっていた。名無しの魔族はアクイルの体を宿主として、国王を処刑した後騎士団を使って速やかに国を閉鎖した。


 そして少しずつ自分の手足として使う為に人臣達に、偶然獲得した精神を支配し乗っ取る力を埋め込み、動かせる人員を増やしていった。


 名無しの魔族は急いていた。復活を遂げる事が出来たの魔族は自分一人だけだった。封印は未だ強固に魔族を封じ込めており、魔族が世界を支配する為にはとにかく数が足りなかった。増やした手足を使って封印を解く方法を急いで探させていた。


 さらに名無しの魔族を急かせているのは、先手を打たれて逃がした王子と神子の行方が分からない事だった。王子と神子を逃がした騎士は、追っ手で向かわせた大量の騎士を一人で殆ど殺し尽くし、その鬼神の如き戦いぶりに兵を引かざるをえなかった。オールツェルの血と星の神子を始末できなかった事は、名無しの魔族を大いに焦らせる事になった。


 苛立ちを抑えられないままある場所に向かう、城の一室に幽閉した王妃の元に訪れる。拘束魔法を解いて空いている椅子に座って向かい合う。


「ご機嫌いかがかな?リザ王妃」


 王妃リザは怒りと憎悪を込めて睨み付ける。


「まあそう怖い顔をするものじゃない、美しい顔が台無しだよ」


 ますます顔に怒りの色を滲ませるが、目の前の魔族を楽しませるだけだと知り、リザは怒りを押し殺した。


「おやおや、存外理知的だな。お前のつがいを殺した男が目の前に居ると言うのに、薄情なものだ」

「私を挑発しようとも無駄な事です。王ルクスは世界と未来の為に希望をしっかり残しました。私達の光がお前たちを倒すと信じています」


 リザは毅然と言い放った。


「まあそれは確かにそうだよ、我は今次なる一手を欠いている。見事なものだ出し抜かれたよ」


 名無しの魔族はそう言って肩を竦めた。


「考えが甘いのですよ、お前一人がどう立ち回ろうとも、私たちは何度でも立ち上がりお前たちを倒します」


 リザの目には光が戻り始めていた。希望はまだどこかにある、我が子であるレオンと神子ソフィア、そしてクライヴが生きている。そう思えば目の前の魔族など恐れるに足りないと確信した。


「貴様の言う事はごもっともだよリザ、魔族に対する封印は未だ解けず、かつてその封印を成し遂げたオールツェルの血と星の神子は行方知らず。我はただ一人空虚な城でふんぞり返る孤独な王だ」


 名無しの魔族はリザに近づき顎を掴むと上に向けた。見つめ合う形となって魔族は言う。


「我も一人ではなかなか不便でな、背中が痒くとも手が届かん事もある。ならばどうすればよいか思案していたのだ。我は長い時の中で、人の心に根を張り精神を乗っ取る力を身につけた。この体は我の物ではない、しかし魔法も能力も問題なく行使できる。ならばどうだ?人や動物の命を使って実験を繰り返せば魔族を増やす事が出来るのではないか?」


 それを聞いたリザの顔はみるみる青ざめていく、それを見て名無しの魔族はニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。


「丁度いい事にこの国には沢山の肉人形のおもちゃがあるからな、存分に活用させてもらう事にするよ。王妃リザ、貴女は何の心配もいらない、ここで過ごしながら王国の民がどうなっていくのかゆっくりと眺めているといい。勿論貴女の力も頼りにさせてもらうよ」


 リザは魔族の恐ろしい企みを聞き、迷わず自らの舌を噛みきろうとした。だが、意に反して体は直前で止まってしまった。


「利用されると分かった瞬間自死を選ぶとは、この体の男もそうだがオールツェル王国民は高潔で迷いがないな。しかしそう簡単にいくものか、我の魔法によってあらゆる手段をもってしても自死する事を封じさせてもらった。貴女にはもう好きな時に好きなようにされる道しか残っていないのだよ」


 そう言って名無しの魔族は高笑いを残して部屋を去っていく、背後の王妃の部屋からは絶叫が聞こえてきたが、魔族にはこの上なく愉悦だった。


 五大国はそれぞれ、オールツェル王国に起きた異変を察知して、その対応に苦慮していた。


 エルフの国フィオフォーリ、ここでは王は長と呼ばれる。長はこの事態をまずは静観する事にした。自然と共に生きて自然を重んじるエルフ達は、どちらかと言えば自国領内の平穏を望む傾向にあった。それゆえ他国との軋轢は少ないが、同時にその排他的とも言える態度のせいで孤立してしまいがちであった。間を持つ国が機能不全に陥れば、それに追随するようにフィオフォーリも利己的になっていった。


 ドワーフの王が治める火山の国ウルヴォルカ、気性が荒く喧嘩っ早いが、武器防具の製造や鉄器を扱う技術とプライドが高く、多くの職人がいる。盟友であるオールツェルの有事に戦力を結集し兵を差し向けようとした。しかしその動きがあまりにも分かりやすかった為に、名無しの魔族に利用され戦争の準備をしていると他国に流布されてしまった。過剰なほどの武装を持つウルヴォルカはあっという間に他の大国から警戒され、気性の荒い国民達は売られた喧嘩を買うように他国との摩擦を強めて行った。


 精霊王が治める大地の洞グロンブは、元々国と言うより、自然と精霊が集まってできた集合体で、大きな力も持たず、宝石や大地に纏わる魔法や知見は多くあれど、気まぐれな精霊達はまとまりがなく、精霊王も体裁としてトップに立っているだけで、精霊達を纏め上げ魔族に対抗しうる力を持ち合わせていなかった。結果として日和見のような立場となり、宝石類や大地の力を魔族や他国に吸い上げられていくばかりとなってしまった。


 結晶の国クリスタルは、すべての鉱石を産出する事からウルヴォルカと友好的であり、国を治める竜人の王は大局を見通す目を持ち思慮深く、魔法の研究をエルフと共に薦めていることもあって、オールツェルに次いで多国間での交流が盛んな国である。しかし資源を多く保有しているという事実は、それだけで魔族が狙う恰好の理由となる。一番に狙われ戦いの火種がくすぶっているのはこの国であった。


 洋上国メアラメラは人間の王が治めており海上での輸送や移動を担う国で、国のある場所から守りにおいてはオールツェル王国よりも堅牢である。しかし交通の要所である事から諜報員が入り込みやすく、内患から一気に国を崩される危険も孕んでいた。国交を結ぶ人魚王国は占術や魔法の力に長けているが、深い海底にある為にそう頻繁に交流を行えない、国内を規律で締め付け他国の事情に敏感になっていき、自由である筈の海上は狭く窮屈な物に変わっていった。


 五大国はじわじわとその力を削られていき、それぞれの王は連携を取るべき現状にも関わらず、盟主の不在により空中分解を引き起こしていた。王子レオンが立ち上がる事を待ち望んでいるのはどこの国も同じであった。

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