07 正座に痺れはつきものでした。

私の目の前に低い猫足の美術品を置く丸い茶色の台が置かれた。まさに小さなちゃぶ台のようだ。貴族の私に床の上に食事を置くのは憚られたのであろう。さすがトリスさん機転が効く。


テキパキとお昼の準備がされている。


そこにはバスケットに入った、食パンの4分の1程に切り分けたサンドイッチ。お高そうなティーカップに執事であるトリスが片膝をついて紅茶を注いでくれた。


王子が無言で目線で「食べろ」と言っている。私は感謝の言葉を言うと、ありがたく、湯気の上がった紅茶を啜る。


すっきりとした苦味が口に広がる。きっと高級茶葉なんだろうけれども、私はコーヒー党で、嫁さんに叱られるほどの味覚音痴。贅沢タジオの舌で、違和感なく飲めるのは、きっと美味いんだろうな。ただ私はうまいともまずいともわからず、喉が渇いたので、ゴクゴクと紅茶を頂く。気がつけばカップが空になっていたが、そこはできる執事トリスさんがさりげなく注いでくれた。


部屋は西洋風の設しつらえの中で、私は、ちゃぶ台もどきの前に正座で座り、サンドイッチを食べる金髪碧眼の美少年。隣には不機嫌な王子が執務机の前で、書類を読みながら、片手でサンドイッチを食べている。


それにしても美味いな。この世界の食べ物は私のいた世界と変わらない。まあ、味音痴の私には美味いか不味いかの二通りしかないのだが。


それにしてもこの状況は、なかなかな絵面えずらだ。私はなんだかおかしくなって、唇が緩む。




「美味いか?」


見ていないようで見ていた王子が私の表情を見逃さない、声をかけてきた。今はお詫びの時間。緊張感がなかったと、私は少し反省し、


「はい。大変、美味しいです。私のような者にこのような気遣いありがとうございます。トリス、ありがとう。」


私は王子とトリスに微笑みながらお礼を言うと、業務に徹しているトリスが驚いたようにこちらを見た。


「いえ、私の仕事でございます。」


その声は戸惑いがある。あの放漫でわがままなタジオ坊ちゃんが従者を気遣う様子に驚いたのだろう。トリスの名前を呼んだのは初めてかもしれない。タジオときたら使用人への対応は最悪だった。




私が完食したのを見届けてトリスは用意してくれたちゃぶ台もどきを下げる。




王子は仕事をし、私は正座状態で待機中。


ただ、お腹も膨れて、眠くなってきた。こんな状態で居眠りはもっての他だが、気がつけば、意識が飛び、頭がガクンとなる。


おお、まずいまずい。


睡魔と闘う私。






それを見かねたのが王子が、




「…タジオ、もう良い。貴様がそこにいると仕事がやり難くてしょうがない。許すから、もう帰れ」


「…」




よっしゃー! 




王子の根負けだ。


私は許された。この勝負に勝利したのだ。


「ありがとうございます!」


私は嬉しくて思わず、また頭を下げ再び土下座しようとすると。


「よせ、貴様は公爵の嫡子であろう。そんなことをするな!」


トラッシュ王子は怒ったような声で私を止めた。


本当に許した訳ではないようだ。私をグッと睨んでいる。まあ、仮側近候補ぐらいか。私のこれからの態度で決まるのだろう。


とりあえず、許しを得たし、邪魔だと言われるので、帰るとしますか。


しかし、半日、ずっと正座しっぱなしで、足は死んでいる。うまく立ち上がることができるだろうか?王子はまだ、こちらを睨んでいる。きっと、邪魔な私が早く退散するのを待っているんだろうな。私もさっさと帰りたいが、足の感覚がない。




それでも、ここで再び気が変わってもらってはまずいと、私はゆっくりと、手をつき、立ちあがろうとした。




「うわぁ!!」


だが、ものの見事にバランスを崩してその場に倒れる。痺れた足で急には立てない。


倒れると身を固くしたが、衝撃がやってこない。


「タジオ!!」


え! 王子が私を抱き込まれていた。


なんという、反射神経、そして、運動能力。倒れそうな私を受け止めていた。


「大丈夫か?」


頭上から声が聞こえる。タジオはそんなに小柄でもないのだが、立派な体躯をもった王子に、すっぽりと抱き込まれている。助けてくれたようだ。お怒りの王子はお優しい。そんな状況だが、私は非常事態。


冷や汗をかきながら固まる私。




「いたたた…あぅ、だ、大丈夫…で…す。しびれて…、しばしの…お時間を…このまま…」


私の異変に護衛兵が動く。


いやいや、ここで、護衛兵に引き摺られて帰るなんて、それは、カッコ悪い。それに、足の感覚がない状態から、ジンジンとした状態で、誰かにツンとされると「やめてぇ〜!!」の絶叫案件だ。だから、触らないで!! 触らないでちょうだい!!




王子様、護衛様、トリス様…私に触れないでくれ。


とりあえず、だれもこの足に触るなよ。これは一人でなんとかする。あははは…と、周りに愛想笑いを振りまく。


王子に抱き込まれたまま、固まって、はふはふと息をしながら渇いた笑いを貼り付け、痺れの波をじっと過ごす。


ちょっと間抜けな格好だ。




周りの視線、王子の上からの呆れた視線が痛い。




*


*


*




ようやく、痺れてはいるがなんとか自力で立つことができそうだ。


「このような失態をお見せしまして申し訳ございません。助けていただきありがとうございます」


と、言いながら、さりげなく王子の逞しい腕から体を外す。


いや、さりげなくって感じじゃないな、生まれたての子鹿のようにガクガクとぎこちない動き。


私は日本人、曖昧な笑いでもしておこう。まだ、足が非常事態なので、顔は引き攣っているだろうが。それに颯爽と歩くなんてことはできない。


背中に王子の痛い視線を感じながら足を引き摺りながらゆっくりと歩き始めた。




そして、


「明日からよろしくお願いします」


なんとか、体裁をとって一応キリリとドアの前で再び王子に礼をする。


パタンと扉を閉めて、ホッとした。






よかった。パトラッシュ、これで、君の側にいることができる。


君が私パパをわからなくても。














*














まるで別人になったようなタジオが退出した扉を王子はしばらく見つめていた。いつも冷淡で表情をあまり変えない王子の顔が笑いを堪こらえるように、頬が少し緩んでいた。




その様子を従者のトリスは見ていた。












つづく

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