06 土下座でお詫び申し上げました。

「貴様は何をやっている?」


と、トラッシュ王子。


「タジオ…お前は気でも狂ったのか?」


と、父親ボガド。




二人の戸惑いの声。


私はこれぞ土下座という綺麗な姿勢で王城の執務室で頭を床に付けていた。この異世界は見た目西洋風で、人々は欧米人のような容姿をもっている。生活スタイルも欧米式で、室内では靴を履いている土足状態。


今の私は西洋風の美少年タジオなのだが、中身は定年を迎えた60歳のおっさん。孫もいるから、おじいさんだが、元気ハツラツな60歳なので、あえておっさんと言わせてもらおう。


基本日本人のため、正座、畳でのお辞儀には慣れているし、苦節35年余り、企画営業で何度も経験した土下座戦法でトラッシュ王子にお詫びをしている。


この異世界人達にとって土下座など初めて見たのだろう。


タジオの記憶では、国で偉い王子も最敬礼は片膝をついて頭を下げることぐらいだ。床に頭を擦りつける行為など見たこともないし、知らないだろう。


だから、私はその姿勢をあえてとる。ただ、16歳の美少年が土下座などとてもシュールな絵面だと思うが、私の中の最高のお詫びとはこれなのだ。これで何度も危機を回避してきた。企業戦士にとって業績を上げるのが善。それ以外は悪。そのためには土下座など、なんてことはない。これも仕事の一貫だった。




「トラッシュ殿下。この度は多大な迷惑をおかけしまして、誠に申し訳ございませんでした。今まで、数々の殿下に対する非礼、また、同じ候補者に対する所業は言い訳のしようがございません。私は深く反省をし、今後心を入れ替え、王の側近にふさわしい人物になるために努力をします。粉骨砕身、殿下に尽くす所存です。今後このようなことがないように努めますので、何卒、殿下のお側にいることをお許しください」


どこのビジネス文書だ? ぐらいの変な言葉遣いだが、私は王族に対するものの言い方をしらない。もちろん、タジオは貴族として学んできただろうが、そのへんは、耳を素通りしている。記憶を辿ってもない。わがままタジオは王子に対して言葉遣いもなってなかった。


そこら辺も含めてのお詫びだ。


私はどうしてもパトラッシュの側にいたい。




「き、貴様は…。 詫びてもらっても私の気持ちは変わらぬ…」




トラッシュ王子は戸惑いのながらも、それでも、私を許してくれそうにない。そんな私を放って王子が再び、執務机に向かい仕事を始めた。頭を下げている私は気配でわかった。




これは長期戦になりそうだ。


「殿下!お許しいただけるまで私はこの場を離れません」


「…勝手にしろ」


そう吐き捨てるように王子が言う。


しばらくして、私は、正座したまま、ゆっくりと顔をあげ、手を膝に置くとじっと王子を見据える。王子の横顔が見える。私など眼中にないように仕事を始めたようだが、横で正座し、見つめる私が気になるのか動きがぎこちない。


うんうん、よしよし、なかなかの反応だ。


ここは粘るしかない。


「お父様、私は殿下にお許しがでるまでここにいます。元をただせば全て私のせいです。お父様は大事なお仕事にお戻りください」


私の奇行にソワソワしたボガドは、「そうか、タジオ」と、ほっとしたように言って、執務室から出ていった。




さあ、王子トラッシュ君よ、私との根比べだ。




ああぁ、懐かしいなぁ。


確か、上司のミスだったか、大口取引先の社長が怒り、取引停止だと騒いだ時、社長の前で土下座して、こうやってずっと正座をして許しを乞うた。


床はここのふかふかのジュータンと違ってコンクリートで冷たく、固かった。ずっと正座して、何時間も粘って許してもらった。


古き良き昭和の時代の当時は、ビジネスにもなんとなく情があり、一代で会社を大きくしたワンマン社長には親分肌の気質もあった。


何時間も工場の冷たい床で座り込んでいる若い営業マンに情けをかけてくれた。


最後はあきれながら、許し、取引を再開してくれた。


その後、その社長は私を気に入り、私の大切なお客様となった。社長の世代が変わっても私の定年までその会社と取引があった。


そうやって、若い頃は何度もこんな仕事をしてきた。


今の時代の、ビジネスはシビアでドライだ。情に訴える土下座戦法で乗り切るってことは、もうないだろう。




だが、この世界ではまだ通じるような気がする。


特にこの王子は冷淡に見えて、きっと情けも深い。そうでなければ、私タジオ以外の候補者にここまで優秀な人材が集まらないだろう。


そう、王子の周りには父の愚王と違って優秀な人材が揃っている。


家柄と顔だけのタジオには焦りがあったのだろうなぁ。だから、特に身分の低い者に意地悪をして蹴落としにかかった。


そのツケが、王子からの断罪という形で自分にかえってきた。


私から言わせれば自業自得だ。








パラパラと書類に目を通す音とペンを走らせる音しか響かない空間。トラッシュ王子は、私の存在が気になるようで相当意識しているはずだが、こちらを見ようともしない。


私はずっとトラッシュ王子の仕事ぶりを暇に任せて眺めている。


時折、眉を顰めながら書類を見る真剣な瞳、思慮深く読む時、声には出さないが微かに動く唇。サラサラとペンを走らせる白くて綺麗な手。淀みなく仕事をする様子に感心させられる。まったくもってできる男である。


しかも、剣を握らせれば、そこらの騎士よりも強い。まさしく文武両道。


だから、こんなできる王子が王になれば地位が危ないとボガドが焦るのも無理はない。真っ先にクビを切られるのは、私利私欲に走った貴族達、特に、我が父だろう。




王子の魔道具の時計がお昼の12時をつげようとしている。


この異世界は私のいた地球と同じ24時間ある。朝一にお詫びにきて、3時間ぐらい経った。トラッシュ王子はその間ずっと仕事をしていた。しかも、今日は世間では土曜日に当たるお休みの日だ。


日本では高校一年ぐらいだろうに、16歳の若さでえらいなぁ〜。


私といえば、ずっと隣で正座している。


すでに、正座など初めてであろうタジオの足はしびれ感覚がない。




トラッシュ王子は机の時計を見る。


「トリス、食事をとる。何か摘めるものを」


顔をあげた王子が、執務室の隅で控えていた護衛兼、執事のトリスに声をかけた。トリスはずっと私達と同じ空間にいた。私の土下座に驚いただろうに、さすがプロフェッショナルな執事だ。微動だにせず、動向を見ていた。


剣の腕も確かで、私が危害を加えないか、ずっと目を光らせてきていた。なんとなく、殺気も感じてた。


「はい。殿下」


トリスはそう答えると、扉の近くまで行き、魔道具の音の鳴らない鈴を鳴らす。


すると、そっと音も立てずに王子の側仕えが現れる。




ぐ〜う〜




そんな時、私の腹が盛大になった。


小さな声で


「失礼しました」


私はペコリと頭を下げる。美少年でも腹はへる。この局面で緊張感のない音に私は顔が赤くなる。穴をほって入ってしまいたいほどの恥ずかしい気持ち。おお、これはきっとタジオの反応だろうなぁ。60年生きた私は、腹が鳴ったくらいでそこまで、恥ずかしくはないなぁ。


トラッシュ王子そんな私を無表情で一瞥して


「二人分を用意だ」




聡明な王子はお優しい。












つづく

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