第一章 メイジック・イズ・ザ・リアル Magick_is_the_Real

メイジック・イズ・ザ・リアル 1-1

 夕暮れの空をゆっくりと遊泳する広告用飛行船が下界に向けてCMを流し始めた。

 船体下部に投影された大型ホログラムスクリーンに扇情的な黒い衣装を着た女性たちが映し出され、アップテンポなダンスミュージックが大音量で鳴り始めた。彼女らはそれに合わせいんわいなダンスを披露する。

 商業的なメッセージはその間ひと言もない──一目ではよく分からないものを流すことで注目を集めようという心理学的な戦術だ。しかし現代の日本国民なら誰でも、これが大手消費者金融のCMだと一瞬で気づくことができるだろう。故に今さら足を止めて見る者は一人もいない。

 

『この状態でも入れる保険があるんですか!?』

『そのばらいきん、取り戻せますよ』

『あなたの大切な人を守るかさじゅうこうのハンドガン』


 ……などなどと、様々なCMを垂れ流しながら飛行船は旋回する。

 そして東西方向に伸びる都市公園の真上をなぞるように飛ぶと、再び針路を変えて去っていった。

 その飛び去った方向には天を貫くかのようなタワーがきつりつしている。高さ1500メートルをすら優に超えるそれの名は、『東京ワールドピラー』といった。

 

 ……そう。

 この街こそ、みなそこに沈んだかつての東京に代わり建造された、日本の新しい首都。

 人口約500万人の海上都市、『東京コロニー』である。

 そしてこの都市公園は『臨港第二都心セグメント』と名付けられた区域の中心部だ。

 

 さて。

 海と高層ビルに囲まれたこの都市公園の片隅で、今、二人の少女がベンチに腰掛けていた。

 一方は清楚な黒髪の美少女だ。彼女はSサイズのフライドポテトをつまみながら言う。

 

「それにしてもさ、相変わらずよく食べるよね……」


 彼女の名はそのでらちかい。身長は165センチ。神奈川県よこ市で生まれ育ち、進学を機に上京してきた学生で、どちらかと言えば少食な方であった。

 

「えー? そうかなー」


 小麦色の肌とアズールの瞳を持つ南国風の少女は誓の言葉にそう返すと、大きなサーモンサンドイッチにかぶりついた。

 彼女の名前はふなばし。すらりとした長身の誓とは反対に、出るべきところは出ているが全体的に小柄なトランジスタグラマーで、顔立ちも美人というよりは童顔で可愛らしかった。髪に結ばれた二つの青いリボンがその幼い印象をより強めている。そしてそんな見た目に反して、かなりのけんたんでもあった。


「これでもわたし今日はそんな食べてないほうなんだけど」

「ポップコーンのXL平らげた後にサンドイッチ頬張りながら言う台詞じゃないよそれ」

「映画の中盤でもう食べきっちゃってたし、だいたいポップコーンって中身スカスカだから」

「だとしてもだと思うけどな……」


 ホント、この子の胃袋はどうなってるのか……と、誓は心の中でちょっと呆れる。

 お腹の中がブラックホールにでもなっているのだろうか。昔からずっとこんな調子なのに全く太らないのが不思議でならない。世の中のダイエッターが見たらどんな顔をするだろう?


 ……なーんて考えながらこの大飯食らいの幼馴染を見ていると、誓の視界に小さなホログラム通知が映し出されてきた。ピロリーン、という電子音が鳴らされる。

 右耳に取り付けた統合情報端末、略して『ID』によるものだ。

 通知の中身は学校からのメールで、件名は『新入学生オリエンテーションについて』。誓はそのホログラム通知を指でタップし、本文にざっと目を通した。

 

「……そろそろ帰ろっか」

「うんっ」


 サンドイッチを食べ終わった満里奈とともにベンチを立つ。

 明日は早い。入学早々寝坊などして遅刻するわけにはいかない。

 早めに帰って寝なくては。

 食べ終わった後のカラをゴミ箱に捨て、帰路に就こうと都市公園の出口を向いた──




 ──まさにその時。




 誓たちは、強烈な違和感を覚えた。

 それは一体何故か? 何故ならば。

 人が……都市公園にいた人々が。

 誰も彼も、こつぜんと姿を消していたからである。

 

「「…………!?」」


 通行人も、お巡りさんも。フライドポテトとサンドイッチを買った屋台の店主も。

 みんなみんな、誓と満里奈だけをこの場に残して、いつの間にか消えてしまっていた。

 それは『いなくなった』とか『どこかへ行った』という次元の話ではなかった。姿が見えないどころか気配すらしなくなったのだから。本当に『消えた』としか言いようがなかった。

 誓の背筋を嫌なものが伝い、鳥肌が立った。明らかに常軌を逸する状況だったから。

 とにかくここにいてはいけないと感じ、満里奈の手を取って逃げようとしたその瞬間────!!




「っっっ!!!???」

「誓!?」




 全身の筋肉が突然こわり、けいれんし、言うことを聞かなくなった……!

 力が抜けていき、立っていることすらままならなくなる。

 それどころかまばたきすらも、何も。

 身体がくずれていく……!


「誓!? どうしたのちか、うぐッ……!?」


 抱きとめてくれた満里奈も同じように麻痺し、二人で一緒に倒れ込んでしまう。

 不安と恐怖で心臓が高鳴る。

 嫌な汗が全身から噴き出す。

 乾いた目から涙が溢れ出す。

 一体これは何なのか。脳の病気か、それともクスリか。

 あり得るとしたら後者だろう。

 さっきのフライドポテトか、あるいは映画館のポップコーンに何かろんなものが混ざっていたのだ。

 

(いやでも特に変な味とかはしなかったし……。どうしよう、とりあえず119番を……!!)


 頭の中で強く念じる。メーデー、メーデー、メーデー。

 使用者のSOS脳波サインを読み取ったIDが緊急連絡モードに移行し、『警察』『火災・救急』『海難』という三つの小さなホログラムを表示する。

 真ん中の『火災・救急』に目線を合わせ、再び念じる。

 電話はすぐに繋がり、男性オペレータが応答した。


『はいこちら消防です。火災ですか、救急で──ザザッ!! ……ツーッ、ツーッ、ツーッ』

(なんで!!!???)


 ……通話は切れた。切れてしまった。

 誓は絶望したが、それ以上に困惑した。

 本当に、何がどうなっているのか分からなかった。

 大体どうしてこんな目に遭わなくてはならないのか。

 何か悪いことでもしただろうか?


 そう、天の神様に問いかけていると。

 “答え”が歩いてやってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る