第22話


*夕焼けが隠す*



 隻眼にくすんだ黄の髪。

 それを金の髪留めで一つに。

 今のような黄昏の瞳。

 それらを際立たせる青い中華風の服。

 あまり服に似合わないサンダル。そんな風貌の青年––––イザベラが通学用バスを降りていた。バスを降りるとすぐ潮騒が聞こえ、潮の匂いが鼻をつく。


 いつも聴覚嗅覚から先に、やっと帰ってきたと、感じる。

 彼の家は海沿いの少し閑散とした町の外れにある雑木林を歩いて、そこを抜けた崖の上に家があった。


 イザベラは毎度そこまで歩いて帰っていた。

 雑木林を抜ける頃にはイザベラは「はぁはぁ」と、少し乱れた息を整えた。

 彼は医学生として、学校に通っていた。

 通学用バスで2時間ほどを行き来している。このバスは魔石という浮遊の魔法の力が込められた石が付いていた。

 こう言った乗り物、道具などは魔道機や魔具と言われている。

 そしてそれは水陸空すべてに対応できるものが多くほぼ直通だった。イザベラが乗っているバスもそのタイプであり、それなら二時間、普通に歩けば一ヶ月以上かかる。

 彼がここまでの足労をかけて通っているのには、理由があった。今も、

 

(その理由がこの先でおそらく自分の帰りを今か今かと待っている筈。

 おみやげ、喜んでくれるかなぁ

 今日だけこの道だけでも魔具使って飛んでいけばよかったな…

 いや、そもそも薬効いてるかな……)

 

 と思いながらイザベラは普段より早く歩いた。ふぅふぅ息を吐きながら心はウキウキで帰る。

 汗を拭きながらも待っている者がおみやげを貰ったところを想像してにやける。


 林を抜け、白い家が見える。

 崖の上あたりに建つその家は、塩に負けないような白い壁。

 厚さも中々な割に内部は涼しかった。


 その周りには手入れされた花々が迎え入れる。

 門のみアーチ状になっていて赤い花が来客者を迎える形になっている。

 そこをイザベラはくぐり抜け、その庭園を脇目も振らず歩き、戸の前に来ると息を整え、


「ただいま」

 イザベラは戸を開ける。中で「おかえり」

 ぽつりと声が聞こえてきた。

 急いだのは全てこの声の主のため。


 たまに使用人や客人の複数の声が聞こえるが、今日は誰もいないらしい。


 その声の主を独り占めできるとイザベラは少し頬が緩む。

 そういう想いとまた別の想いもあって、カツカツと音がなるくらい自然と急足になる。


「随分早かったな」

「兄さん! お、覚えてるの?今日は大丈夫?!」

「ああ。今日は調子が良いんだ。覚えてるってなんだ……? 人を痴呆のように扱うなよ」


 そういうありきたりな会話も最近やっとできてきた。というのもたまに知らないことを呟いたりするからだ。

 先程の学校に往復4時間かけてまで通っている理由もこの兄アナスタシアのため、であった。

 そのためイザベラは学校に通っている。そしてこの前その学校で許可を取って考えていた薬を調合してみたのだ。

 試した薬が効いたのかなぁ……、そうだと嬉しいな。


 そう思って、イザベラはつい笑みが溢れてしまう。そして兄が「何にやけてるんだ」と、苦笑した。

 この兄アナスタシアもまた、イザベラの思っていることが分かったようで茶化した。


「あ、そうだ……。これ、おみやげ」

 イザベラは平べったい箱を渡した。


「これは?」

 アナスタシアが受け取ってみると餅と何かの植物の種だった。

 土いじりが趣味の兄に、必ずと言っていいほど種や苗のおみやげはよく持って帰っていた。だからアナスタシアは今回も貰ってすぐにどこに植えようか、と考え始めていた。


「で……こっちは餅か」

「うん、知ってるの?」

「ああ、前に部下がうまいうまいと大量に放り込んで喉を詰まらせていたな」


 物騒なことを言いつつ「餅、ありがたくいただくぞ」と、言って食べ始める。


 この辺では見かけないからと思い、イザベラは行商人から買った餅。部下か誰かにそういうものがあると聞いたのかな? と、すこしむくれながらイザベラも餅を食べ始めた。


 その様子に笑いそうになりながらもアナスタシアが

「これが餅かうまいな」と言う。

 それにイザベラがほっとしたように返事をした。


「よかった!食べたことはなかったんだね」

 と嬉しそうに答えた。続けて今日のことを話し始めた。

 魔法のこと、医学のこと、友人はできたのかということをイザベラは伝えた。

 アナスタシアも「ふーん」とか「人間も大変だな」と相槌を打ちながら聞いていた。

 喋っている間に6個箱にあった餅がなくなり喋ることもなくなったイザベラは無心で頬張る。

 話が終わったのを見計らったかのように今度はアナスタシアがふふ、と笑いつつ


「まあ俺のは病とは違うみたいなんだが……気は楽になるし助かる嬉しいぞ。

 お前が皆を治すために頑張っているのも鼻が高いからな」


 アナスタシアが餅を食べてからいった。普段褒めないアナスタシアがベタ褒めするものだからイザベラは俯いた。

 俯く姿と餅を食べている時両手持ちだったのとしっかり耳は赤くなっているのは丸見えだった。

 それを見てアナスタシアはふ、とまた笑って「やっぱ、子供みたいだな」と、言ってきた。


 イザベラは返す言葉もなくむぐとそのまま餅を食べる。できればこのまま平穏にくらしたいな、とイザベラが思っていると夕暮れの暖かい色が二人を包み込む。もうないかもしれないその一時の幸せを口に含んだ餅と共に、イザベラは噛み締めた。

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