健康食育の日
~ 八月十八日(木) 健康食育の日 ~
※
自分の身を痛めつけて相手をあざむき、
敵同士の仲を裂く計略。
「うめえ! これで百円? 毎日通うわこんなの」
開店前に新商品の試食。
ニラのジューシーさを前面に押し出した餃子シュウマイと。
魚介と豚肉のハーモニーがたまらないシュウマイ餃子。
それらを一つずつ乗せた皿が。
飛ぶように売れるのは想像に難くない。
「食べ比べ餃子シュウマイVSシュウマイ餃子皿、ときたか」
もともと、さばききれないほどの行列ができる回転ずし屋だってのに。
こんな新商品考え出しやがって。
しかも、マグロをはじめ。
全てのネタの質を上げて。
年寄り席を作って。
バイトのまかないは食べ放題。
さらに店員を全員女子にするという徹底ぶり。
「…………やりすぎだろ」
昨日、俺がリークした情報は全て網羅。
否。
全てにおいて凌駕したと言えよう。
「これじゃ、ワンコ・バーガーがつぶれるのも時間の問題だな……」
特に店員については。
開店直後にトレンド入り間違いなしと思われるほどの美女ぞろい。
なんと言っても。
世界三大美女の内、二人を雇っているのだから。
……そのうち一人が。
しなを作って俺に語り掛けて来る。
「もうたべられにゃい」
「仕事しろ」
バイト開始五分で休憩。
そして三十分で腹いっぱい。
世界三大美女の大将。
言わずと知れた凜々花が、寿司屋のはっぴ姿で床に転がっている。
とは言えこいつはまだいい方だ。
食った分は働かなくちゃという思考がちょっとはあるからな。
「ゆ、ゆっくり味わいたいから、三時間くらい食べていてもいい?」
いいわけない。
そんな一般常識の欠片も無いのが。
世界三大美女の中堅。
実はこの二人。
俺のせいで勤務地が百メートルほど移動してしまったのだ。
「……お父様が、お姉様と凜々花を引き抜いたのか?」
「いや、店長の判断だろう。俺が余計なこと言ったせいだ。……それより、なんで春姫ちゃんがいるんだよ」
「……私は客だ」
「開店前だ」
そして世界三大美女の先鋒。
春姫ちゃんが休憩室で麦茶を飲んでいるんだけど。
秋乃と凜々花で手一杯なんだから。
お前まで非常識なことするのやめてくれ。
我が家の裏手に出来た一夜城。
舞浜父の手掛ける回転ずし屋。
新築の、木の香りが心安らぐ。
明るく開放的な店なのに。
どうしてここまで腹黒い。
「関係者以外入店禁止」
「……そんな些末はどうでも良かろう。どうしてライバル店に三人揃って寝返ったのだ」
「これがなかなかどうして。正しい形の金銭トレードなんだよ」
「……どういう意味だ?」
どうもこうも。
説明しようがない。
だって。
俺が口を滑らせたせいでこうなっちまったんだから。
「うふふっ。情報提供ありがとうねぇ」
「こら。ばらすな店長」
春姫ちゃんが眉根を寄せて俺を見上げて来たけど。
直後始まった店長からの勧誘攻撃にたじたじになって、問い詰める暇もない模様。
よし、急いでこの場から逃げよう。
そう思って立ち上がったところへ意外な人物が顔を出したのだ。
「おはようございます。そして休憩入ります」
「あらおはよう秋山クン。これで、あの店のベテラン勢は全員ね?」
「そうなりますね。バイト経験の長い順から三人がこっちのお店に来たのです」
そう言いながら、先客二名と違って常識的な量のマグロ丼を片手にテーブルについたのは。
花屋のにいさんだった。
「コラ。何しに来たんだよ」
「舞浜さんと凜々花さんと同じなのです。俺と三人で金銭トレード」
「俺が抜けてねえか?」
「保坂君は借金のカタなので無償なのです」
「すげえ納得いかねえ」
呑気に寿司を食べるこの人は。
最終兵器を派遣しようとするカンナさんをなだめて自らスケープゴートになったと説明してくれたんだけど。
拗音トリオにタイムマシンコンビ。
誰のことを最終兵器と称しているのか知らないが。
代わりになってくれて助かった。
「だって、俺たち役立たずトリオを吐き出したところで」
「手厳しいのです。でも、この足じゃレジに立ってることくらいしかできないので納得です」
「客寄せの必要もねえし」
「ある意味、ワンコ・バーガーのぼろ儲けなのです」
凜々花だって、厨房にしかいないから店にとってダメージなし。
俺の失策の内、人事についてだけはプラスに働いたやもしれん。
でも。
「そうは言っても資金力の差がでかすぎる」
「そのようですね」
「ワンコ・バーガー、風前の灯火だ」
「そうなのですか?」
この人、飄々とまかない食ってるけど。
危機感なさすぎなんだよ。
しばらく赤字でも耐えきれる体力がある敵とは勝負にならない。
こっちを潰してから、悠々と原価や人件費を下げて。
黒字に持って行くつもりなんだろう。
「ご馳走様でした」
「呑気なもんだぜ……。俺なんかまともに飯がのど通らねえってのに」
「食べないといけませんよ? 確かに、ワンコ・バーガーのまかないと比べたらそれほどでもないですけど」
「…………え?」
妙なこと言い出したな、この人。
確かにワンコ・バーガーのまかないは美味いけど。
これほど美味い寿司食い放題の方がはるかに上だろ。
「あれ? にいさん、魚嫌い?」
「大好物なのです」
「じゃあなんで」
「これを作って下さった方、めんどくさそうに手渡してきたのです」
ん?
それと味と。
何の関係があるっていうんだ。
そもそも、先客二人に十人前くらいのまかない作ったんだ。
勘弁しろと厨房に呆れられるのも当然だって、それくらいは分かるだろう。
そう考える俺の思考を知ってか知らずか。
にいさんは呑気に微笑むと。
「だから……、平気なのですよ、ワンコ・バーガーは」
「いや意味分からんよ」
「ご飯は、愛情をいただくものなのです。だから手作りの品を食べると笑顔になるのですよ?」
「はあ。……いや待て、それだって手作りだろうが」
「これは何と言いましょうか、俺にとっては手作りと感じないのですよ」
どうにも埒があかない会話。
この人の考えがまるで分からない。
「とにかく、あんたに任せておけねえ。俺は俺で、この店を撤退させる方法を考えるぜ」
「考えなくてもよいと思うのですが……」
「あとはこの二人にも何か考えてもらわないと。おい凜々花、秋乃。ちょっとこっち来い」
それなり広い休憩室だ。
ここまで離れれば店長に聞かれることもあるまい。
しかしお前ら、息が生臭いよ。
どんだけ食ったのさ。
「お前ら、ここに派遣された意味分かってんだろうな」
「凜々花、頑張って仕事するよ!」
「あ、あたしも……。お魚のさばき方勉強したい……」
「分かっとらんやないけ。ワンコ・バーガーのために、この店を潰す方法考えるんだ」
ああなるほどと。
今更気付くおバカさん二人。
でも、散々首をひねった挙句に。
揃ってもろ手を挙げたのだった。
「なーんも思いつかんし、凜々花、このお店がずっとあったら幸せだな!」
「訳に立たんやつだな。秋乃は?」
「あ、あたしも。お魚食べ放題なんて夢のよう……」
「おい」
ええい、この役立たずどもめ。
しょうがないから一人で作戦を練ろう。
とは言え役立たずを演じることくらいしか思いつかないんだよな。
他にいい方法ねえかな?
「おにい、お話終わり?」
「ああ。もういいぞ」
「よっし! じゃあ舞浜ちゃん、マグロ十貫ずつ貰って来るけど行けるよね?」
「…………こぼれウニ皿がいい」
「うはははははははははははは!!!」
いや。
お前らの方が、俺より何倍も役に立つわ。
俺も二人を見習って。
……って訳にはいかねえよな。
ずっと食欲ねえし。
「…………よし。伊勢海老でグラタン作って来てやるけど、食うか?」
「もちのろんよりしょうこよ! おにいの料理、うんめえからな!」
「あ、あたしも大好き……」
「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか」
そんな二人に笑顔を届けるために。
腕によりをかけて料理を作ってやることにした。
「あらぁ。あたしにも作ってくれるぅ?」
「…………はあ」
「あたしにも!」
「保坂君、あたしにもお願い」
……そして。
俺は便利で有能なまかないシェフとして。
店の役に立つことになってしまったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます