2-① ときめきの春霞/(四月)

 四月は卯月、春爛漫。


 春眠なんとかと言われるように、春は眠い。

 ただいま、青春真っ盛り。ノリに乗っている柏木慶子さんも、当然眠い。

 けれど、慶子さんには、それだけじゃない理由もあるようで――。

 学校への道をてくてくと歩きながら、慶子さんはこの眠さの原因について考えていた。


  誰もが一度はなってみたいと思う「三年B組」にめでたくもなった慶子さんは、同じクラスで隣の席の和菓子さまこと鈴木学君から、剣道部への入部を勧められた。いや、勧められたといった表現は、甘いだろう。

 慶子さんは、彼から渡された入部届けに、ついうっかりサインしてしまったのだ。

 さらに昨日は「これ、読んでおいて」と、彼から一冊の本を渡された。


 本の題名はズバリ「いろはの剣道」。


「初心者の剣道」でも、「剣道1・2・3」でも、「ホップ、ステップ、剣道!」でもない、その絶妙な本の題名に、さすが和の心を持つ和菓子さまお勧めの本だなぁと、感心してしまった慶子さん。そこでも、ついうっかり本を受け取ってしまったのだった。


 そう、慶子さんは、剣道部入部のお断り「も」したかったのだ。

 けれど、現実には、どちらも受け入れてしまった。

 八方ふさがりの慶子さんなのだった。

 とはいえ、活字好きの慶子さん。

 入部する気はないにしろ、剣道というものへの知識的好奇心はあった。そこで、ついつい夜遅くまでページを捲ってしまったのだ。 それが、昨晩のことだった。


「いろは」の割にやけに分厚いその本を、慶子さんは一ページ目から丁寧に読んだ。読みながら慶子さんは、剣道というものを直接的にも間接的にも、見たことがないと気がついたのだ。


 柔道なら、オリンピックで見た。

 相撲は、以前、家族そろって両国で観戦した。

 空手は、テレビで瓦を割る人を見た記憶がある。

 けれど、剣道は、記憶のどこをどう探っても見た記憶がなかった。

 そのことに、慶子さんは愕然とした。


 剣道って、どんなスポーツなんだろう。

 あまりにも剣道を知らなすぎたことを大いに反省した慶子さんは、パソコンを立ちあげ、剣道少女を主人公にした有名な小説を、図書館のウエブページから予約した。

 当然、待ち人は多かったけれど、本好きの自分には小説によるアプローチがいいと思ったのだ。ちょっとずれている慶子さん。まぁ、そこが彼女のいいところ。


 兎にも角にも、自分の行動に満足した慶子さんは、再び「いろは」を読み進めた。そして、今度は剣道をする為に身につける、あれこれの多さに目を丸くしたのだ。


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