赤いばくだん

栗眼鏡

赤いばくだん

口にした瞬間おにぎりは凶悪な爆弾へと変貌した。


……………………………………………


昨日の夜、夫と喧嘩をした。

きっかけは、朝になったら忘れてしまったほどの些細なことだった。

でもまだ胸のモヤモヤは晴れない。

なんで私がアイツの弁当なんかつくんなきゃいけないんだろう。毎朝早起きして支度して、すごく大変なことなのに最近では「ありがとう」の一つも言ってくれない。昔は洗濯物したりご飯を作ったり、それこそお弁当を作ってあげるとすごく喜んでくれて、毎回感想だって聞かせてくれなのに今はそんなこと言ってくれない。「美味しかったよ」とか「ありがとう」とか、ほんの一言でいいのになぁ…

こんなことを考えながらでも自然と体は動く、もう3年以上この作業を繰り返してるんだ。何も考えなくてもできる。

今は朝の6時、夫が起きるのはあと1時間後くらいかな、それまでにお弁当を作らなければ。


おかずは昨日の残り物があったはず、後は野菜を少しとおにぎりを一つ入れれば我が家のお弁当の完成だ。昔はもっと色々工夫をしてたんだけど、人間、経験を積めば積むほど手を抜くのが上手くなるものだ。


あなたにデレデレだったあの頃とはもう違うのよ、もっと美味しいものを食べたければ私のことをもっと甘やかしなさい。

フフッ、昔を思い出し小さな幸せが溢れる。


夫とは大学のサークルで出会った。

共に活動をしてるうちに些細なことでも気を使い、いつでも優しく接してくれる彼に惹かれていった。

昔は今よりもっと痩せてて筋肉もあってカッコよかったのになぁ…

大学卒業後二年の交際を経て籍を入れた私達。

夫は就職と同時に運動することをやめみるみる丸くなってしまった。

でも丸くなった夫も可愛い、夜、寝室で隣に寝る夫のお腹をツンツンすると気にしているのだろう、やめろと言いながら顔を照れさせ少し俯くのだ。

これは夫の昔からの癖で、何か恥ずかしがったり照れたりすると少し顔を俯かさせる。そういうことを知ってるから、彼の俯いた顔を見ると私の嗜虐心はくすぐられ余計夫にちょっかいを出したくなる。

結婚しても私の惹かれた夫は変わらなかった。些細なことでも気を遣って私が体調の悪い素振りを見せるとすぐに「大丈夫?」と声をかけてくれる。

でも最近はそういったこともしてくれなくなった。

そういうの面倒くさくなっちゃったのかな。

それとも私に飽きちゃったとか…

うーん、またなんかイライラしてきたかも。


そうこうしてるうちに朝の仕事もあと少し、あとはおにぎりを…

しまった梅干しがない、おかかもごま塩もおにぎりの具になってくれそうなものはみんな切らしてる…どうしたものか。

その時、私の中の嗜虐心が囁く。

それはとてもささやかで、幼稚で、それでいてとても魅力的な囁きだ。


そうだな…夫は最近私への日頃の感謝というのが足りてない。

ここは一つ痛い目に合わせてやろう。


私は冷蔵庫の野菜室を開け赤く小さなそれでいて強烈な爆弾を一つおにぎりの中に忍ばせることにした。

今から楽しみで仕方ない。

私は、夫が職場でいつ誰とお昼を食べてるのか知らない。

だから想像する。

この爆弾が夫の口に侵入した時いったいどんな表情をするんだろう。

きっと目を大きく見開いて硬直するのだろう。そして今起きたことに頭が追いついて、もう一度手に持った爆弾を見る。それできっとまた目を見開く、その後少し考えて今度は困ったように笑うんだ。

もしかしたら怒られるかもしれない、普段は怒らない夫が私のこの悪戯を許してくれないかもしれない。

そう思うと少し手の動きが鈍ったがさっき想像した夫の顔が脳裏から離れず、私は小さな背徳感を持ったままその爆弾を優しく丁寧に仕掛けた。

あとは仕上げにメッセージカードを入れてお弁当を包む。

これで完成だ。


時刻はもう7時


「おはよう、あなた」



……………………………………………


口にした瞬間おにぎりは凶悪な爆弾へと変貌した。


それがトマトだと気づくのにそう時間は掛からなかった。

なんだこれは……!

いつも通りの、変わり映えしないお弁当。

お昼休憩後の眠たい職務について考えながら口にしたおにぎりは、

口にした瞬間おにぎりではなくなっていた。

口内に侵入した爆発物は勢いよく弾け飛び口の中を容赦なく犯した。

瞬間。

眠気は吹き飛び、甘酸っぱい爆発の余韻と未だ温度を失っていなかった白い白米が混ざり合い独特な風味を口内に残してく。


自分は今何を口にした?

何度も手元を確認する。

しかし手元には、男の想像した通りグロテスクに弾け飛んだ真っ赤な爆弾が仕掛けられていた。

何だこれは、今度は手元の爆弾ではなく包みから解かれた弁当を確認する。

まだこんな凶器がこの箱に隠れてるかもしれない。男はもうその弁当箱を弁当とみることができなかった。

箱の中身を厳重に確認する。

昨日の夕飯残りが少し、それと男の栄養面を心配してか色とりどりの野菜が弁当には詰められていた。

男は気づいた。

お弁当と風呂敷の間に挟まる小さな紙切れに。

恐る恐る慎重にそれをゆっくりと開く。

そこには妻の、

彼女の可愛らしい文字で



「ざまぁみろ。   あと、ごめんなさい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

赤いばくだん 栗眼鏡 @hiro2022

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ