襲撃者達その1

 屯所に行くにゃあ五本木町から西に出て緩やかに半里はんり、1・5キロほど北上した街道沿いにあるんだが、その途中の堤防を越えるちょいと、ほんのちょいとだけ傾斜のキツイ坂道を登って女沢川を渡ると街道は竹林に囲まれて十間じゅっけんちょっと続いてるんだが、竹林半ばに差し掛かろうってぇ所で前から茶色? の? 身形がいいんだか汚れてるんだか着流しの中途半端な中年の男が袖に手を突っ込んで腹の前で組んでるような猫背で小走りにやって来た。

 どうにも胡散クセェ。近付かねぇが吉ってもんで道を少しずつ左に外れて距離を置いて行ったんだが・・・。

 すれ違い様に思った通り声を掛けてきやがった。


「フィンク・コークスさんで・・・?」


 知らねぇなぁ聴こえねぇなぁおさんの声なんざぁ。


「お前様の知り合いかぇ?」


 おーいアゾットさあーん!!

 アゾットの何気ない言葉に男は反応して、腹の前で組んだ腕を素早く現すと両手に袖の中で抜刀しただろうドスを握りしめて突進して来やがった!

 まぁ、大体が怪しいと踏んでりゃあ落ち着いたもんで、俺は軽く身を捻ってドスを躱すと男の左に一歩抜けて左肩からすっ転ばす勢いで当て身をくれてやる。

 多々良を踏んで転倒しそうになりながら、ほうほうの体で竹林の中に慌てて姿を消して行く怪しげな中年男だったが、代わりに左右の竹林から物陰に潜んでいたのか、ちょいと擦り切れちゃあいるが小綺麗な着物袴の刀二本差しの男が合わせて四人、街道に悠然と姿を現して薄笑みを浮かべながら睨みつけて言った。


「異人にしてはやるな、お主」


 隊長格らしい男の余裕な一言。

 それにしても、こんな素浪人に絡まれるような事なんかしたっけな?


「あっはっは、人違いじゃあござんせんかね。俺っちぁアンタさん方みてえな身形のぇお侍さんとは縁遠い人間でして・・・、」

「御託は良い。貴様の後ろのその人形、動く人形を此方こちらに渡して貰おうか」


 はぁはぁ、やっぱり。アゾットを魔道具マジックアイテム使って攫った連中の仲間か。そうかいそうかい。

 チラと見るとアゾットの目が座ってる。怒ってんなー。

 隊長格の男に向き直って、気弱そうにだらしなく笑って答えてやった。


「何のことをおっしゃってるのか、さっぱり・・・!」


「貴様、今引き渡せば痛い目を見ずに済むぞ。五体満足で居たかろう?」


「なんと! 盗賊にござんしたかぁ〜。いやあ、大胆でごぜぇますな。十間じっけんも先に歩きゃあ屯所があるってえ所で襲撃! アンタさんら・・・、正気ですかい」


「御託は良いと言った」


 素早く俺とアゾットを取り囲んで、配下と思しき三人が打刀を抜刀しつつ斬りかかってくる。

 まぁ、これも想定内。俺は奴等はいきなりアゾットに斬りかかるめぇと、一本差しの打刀を抜刀しながら袈裟斬りに前に出て正面の奴の刀を払い落とすと、右に駆けて水平に一文字に刃を振るい二人目の刀を打ちつつ距離を取り、三人目には振り向き様に袈裟斬りに刃を振るって突進を止めてやった。

 ふふん、見たかい? こちとら喧嘩剣法とはいえマジモンの渡世人だったお師匠から剣術習ってたんだ、おめぇら見てぇな素浪人にゃあ引けをとらねぇぜ。


「こらぁこらぁ、いきなり斬りかかって来るなんざ穏やかじゃあねぇなぁ? 一体全体どう言った了見で」


「ふん。異人の乱破らっぱ風情が・・・。身の程を教えてやろう!!」


 おっと、今度はボス格が相手かい!

 目にも止まらねえ速さで抜刀したが、勢い突進してくるような真似はしねぇ。正眼に構えてジリジリと距離を詰めて来やがる。

 不意打ちが失敗したとなりゃあ、今度は真っ向勝負ってか。いや、違ぇな。

 素早く目を走らせると、先の三人が八相に構えて前屈に構えやがった。

 再び突進しつつ、今度は一斉に袈裟斬りに斬りかかってきやがる。

 左右に浅く斬り上げるように刃を振るって刀を弾いてやると、二人は身を翻して元の位置に駆け戻り、背後の奴の刀の背に合わせるように左袈裟に刀を振るって地面に切先を叩きつけてやると、素早く八相に構え直して三歩、五歩と下がって距離を取った。

 で、正面に振り向いて正眼に構えてやりゃあ連中のボスが左袈裟に斬り結んで来やがって、俺は刀を真正面から刃を合わせて短いが力強く打ち返してやる。

 おっと・・・流石に出来るなコイツ。打ち払えなかった。

 そのまま体重を乗せて来やがって鍔迫り合う形になると、すっと相手が力を抜いて、


「後ろに転がれお前様!!」


 アゾットの咄嗟の叫び声に、引きずられるように俺の身体が後ろにでんぐり返って、今さっき俺の首があった辺りを相手の刃が一文字に空を斬る。

 う、うおお・・・、危ねぇ・・・。アゾットの声が無かったら危なかったぜ!

 つ、と、見ると、アゾットが怒りの形相で俺を見て言いやがりました。


「格好つけておいて防戦一方ではないかお前様! 戦う気があるのか!?」


「え? いや・・・、だって、殺し合いってぇわけじゃあ、」

「殺しに来ている相手なのだぞ、この程度の連中に手間取りおって!!」


 えー、・・・。この程度の連中って・・・。


「それにのう。此奴ら。どうやら妾の事を性の捌け口にしか思うておらぬようだからのう」


 あ、なんか、凄い悪い笑み浮かべてらっしゃる。


「解らせてやらねばなるまいな。妾が・・・、一体・・・、どこのどなた様なのかという事をなぁ」


 アゾットが両手を斜め下に振るうと、手首が「ガシャン」とずれて手の甲の上、前腕の中からカタールが飛び出してその手の中に握られる。

 うん・・・そうね・・・。流石は伝説のパラケルススの遺産アゾット様だ。ただの生人形リビングドールじゃねぇとは思ってたが、思いっきり戦闘人形ウォードールだった。

 封魔の縛鎖さえなけりゃあ、てやつですかぃね。くわばらくわばら。

 鬼の形相に楽しげな笑みを浮かべて、アゾットは隊長格の男に真正面から対峙して、動きにくそうな薄桃色の着流しのままカタールを胸の前に交差させるように構えてにじり寄って行った。




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