私の知らないところで世界は回る

長月瓦礫

私の知らないところで世界は回る


「ねーねー、これからはお外で遊んじゃいけないってほんと?」


「誰から聞いたのよ、そんなこと」


「じいじが昨日言ってたよ、外の人と仲良くしちゃいけないんだって。

エマ姉、ホントなの?」


エマはその話を聞いて、頭を抱えた。

あんのクソジジィ、こんな小さい子に何を吹き込んでんのよ。

いつ瓦礫の山になるか分からないとはいえ、変なことは言ってほしくない。


「さっちゃんともう遊べないの?」


不安そうな表情で見つめる。

情報が錯綜しているから、正しく伝えられる自信がない。


ほんの少し前、突然侵攻を受けた。

不意打ちもいいところだ。何を考えているのか、何も分からない。

あくまでも軍事侵攻、戦争ではない。


それでも、平和が脅かされている。

どうにかしてこの場から逃げなければならない。

今のうちにできることはしておかないといけない。


「外の人と喧嘩するかもしれないってのは、本当の話だよ。

けど、本当は誰もそんなことはしたくないんだよ」


「そうなの?」


「だから、今はそうならないようにみんなでどうするか話し合ってるところ。

多分、キスカが傷ついて欲しくないから、そんなこと言ったんだんじゃないかな」


「そうなの?」


「そうだと思うよ」


とりあえず、そう言っておかないといけない。

小さい子を巻き込んじゃいけない。


「……じゃあ、一緒に遊んでいいの?」


「うん、行っておいで」


「分かった! 行ってきまーす!」


少女は玄関を飛び出した。そうだ、子どもはこれでいい。

将来の不安なんて考えずに、能天気に遊んでいるべきなんだ。


エマは気づかないうちに爪を噛んでいた。

いつまでこの生活を続けていられるか。

いつまでこの環境を保っていられるか。

どうしたものだろうか。正直、思っている以上に展開が早い。

鈍色の足音が近づいていた。


***


夏休み最後の日までバタバタしていた。

ようやく落ち着いて過ごせると思ったら、荷物整理をしないといけない。

平和に過ごせる場所を探さなければならない。


「ねえ、キスカ」


「なにー?」


ふわふわした髪をブラシで梳かす。

大人しくしていれば可愛いんだけどねえ。

あまりにも元気すぎてついていける子がほとんどいない。


友達を連れてきたときは本当にほっとした。

いつもその子と一緒に遊んでいるらしい。


「さっちゃんがうちに来たときさ、じいじの地球儀で遊んでたじゃない? 

あのとき、何してたの?」


「じいじから聞いた話をしてたの! いろんな世界のお話!」


嘘か本当かは分からない。

本人がそう言ってるだけで年齢詐欺もいいところなんだよな。

喉から出かけた言葉をぐっと飲みこんだ。


「あの地球儀さ、多分もう使わないと思うんだよね」


「そうなの?」


「だから、さっちゃんとサヨナラするときに、どうかなって……」


書斎の机の上、ずっと放置されている地球儀を回して遊んでいた。

ぐるぐるとメリーゴーラウンドのように、回していた。

いろんな場所を指さして、笑って話していた。


行商人に寄り添う馬、氷の城、夢みたいな旅のことをずっと話していた。

それが忘れられなかったから、こんなことを言ってしまったのだろうか。


「あのね、あの地球儀は渡しちゃった~」


「は?」


地球儀のそばにティアラが落ちていて、お姫様みたいで可愛いと思って上に載せたら、自分の居場所が表示されていた。

いわゆるGPSのような役割を果たすらしく、自分の場所を常に知らせてくれる。


昨日、誰にも話さないでこっそり渡してしまったらしい。


「もしかして、じいじ怒ってた?」


キスカは慌てて振り向いた。

私の知らないところで勝手に話は進んでいく。

それは子どもも同じか。地球儀のギミックは誰も知らなかった。

あの子が勝手に見つけたものだろうし、私にはどうしようもできない。


「いいんだよ、きっと。

あんなところに放ってるってことは、いらないものなんだと思う」


「そうなのかな?」


「じいじが怒った時はエマ姉がそう言ってたからって、言っていいよ」


私が心配する必要すらなかった。

地球儀のこと、知ってるのかな。もう取り返しがつかない。

髪を整えると、跳ねるように玄関を出て行った。


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私の知らないところで世界は回る 長月瓦礫 @debrisbottle00

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