第6話 マジカルイエロー誕生

 そして四人目の魔法少女の名前は、柊色奈という。


 彼女の夢の世界はクレヨンの世界だった。茶色のクレヨンで描かれた広大な地面、緑のクレヨンで描かれた風に揺れる草原、様々な色のクレヨンで描かれた美しい花畑。赤色のクレヨンで描かれたぐるぐるの太陽の下をひた歩き、三人の魔法少女はただひたすらに花畑を目指した。


 花畑を目指したのはそこになにかが見えたからだ。


 それは、灰色のクレヨンで描かれたブランコだった。


 ブランコには誰かが乗っている。


 ランドセルを背負った女の子だ。


 彼女はブランコを漕がずに、風に泳いでいるぐにゃぐにゃ線の花びらを、ただひたすらに目で追いかけている。彼女はロボットみたいに無表情だけど、よくわからない鼻歌を歌いながら右へ左へと体を揺らしている。そしてなにかを思いついたように自分のスカートのポケットをごそごそやって、黄色のクレヨンを取り出して空中になにかを描き始めた。二つのハートの先っぽどうしを無理やりにくっつけて、二つのハートの境目から二本の線がぴょろっと伸びているような感じの絵だった。いったいなにかと思ったらそれが羽をはためかすように空を飛び始めた。


 ああ、と果澄は思う。


 あれは蝶々だ。彼女の手によって蝶々はたくさん生み出され、黄色い蝶々は花畑の上で懸命に羽を動かして飛んでいる。


 彼女はきっと、たくさんのクレヨンからこの世界を作り出していったのだと思う。きっとなにも色がなかったこの世界に、たくさんの色を与えて、そして形を与えていたのだろう。


 とても優しい世界だ。


 彼女はきれいな心の持ち主なんだろう。彼女のことをなにも知らない果澄でもそんなことを思ってしまう。


 彼女がブランコを降りて、蝶々の動きに合わせるようにふらふらと歩き始めた。と思ったらこけた。だけどすぐに立ち上がってランドセルの肩のベルトを掴み、砲丸投げみたいにランドセルを振り回し始める。彼女はやがてランドセルの遠心力に負ける。足元をふらつかせて花畑に仰向けに倒れ込む。その衝撃で、花びらが空高く舞った。


 ちょっと前言撤回する。彼女はやりたいことを本能のままにやっているだけかもしれない。優しいとはちょっと違う。きっと純粋なんだ。


 だけど夢ってなんだってできる世界なんだから、やりたいことをやってなにが悪いのか。


 しかしどうしたらいいのだろうか。町を救うためにすることは、人の夢を破壊してしまうか、もしくは人の夢を塗り替えてしまうぐらいの想像力をぶつけるかだ。こんなほのぼのとした世界を壊してしまうのは気が引けるし、しかしこの世界に負けないぐらいの想像力が自分にはあるだろうか。


 隣を見る。


 空乃が物珍しそうに辺りを見回している。それから腕を組み、うんうんと頷き、色奈ちゃんも腕を上げたね、と感慨深そうに言っている。


「あれ、知り合い?」


「そうだよ。色奈ちゃんとは一緒に紙芝居を描いた仲なんだ」


「へえ、紙芝居。桃太郎とか?」


「ちゃんとオリジナルのやつだよ。あんまり周りの人には評判良くないけど。今度見せてあげるね」


 今度、とは言うが、夢から覚めた後に空乃とまた会うことがあるのだろうか。


 ぱっと後ろを見る。凜花が一歩引いてそこにいる。


「なんで後ろを歩いてるの?」


「だって、その、二人の仲を邪魔したら悪いと思ったの」


 凜花は、果澄の視線から逃れるようにうつむきがちに答えた。人見知りする子だったのかと少し驚いた。ゾンビの世界ではあんなにも堂々と地面に大の字になって、ゾンビに啖呵を切っていたのに。


「別に邪魔だなんて思ってないけど。むしろあなたたちが現実でも友達なんだから、私のほうが邪魔してるんじゃない?」


 すでに聞いた話だが、空乃と凜花は同じ高校に通っているらしい。つまり夢から覚めても彼女たちはまた出会う。


 それが少しだけ羨ましく思える。夢の世界でのヘンテコな出来事を共有できる相手がいるのは、すごく大切なことだと思う。果澄には勉強の話をする友達はいても、荒唐無稽な夢の話をするような友達は、自分の交友関係をあげてみてもあんまり思いつかない。


「私と高菜さんは友達に見える?」


 凜花は空乃には聞こえないような、果澄にだけ聞こえる声で急に尋ねてくる。


「だってそうなんでしょ?」


 不意な質問に果澄は反射的に答えてしまう。


 なにか、ものすごく深い意図のある質問だったのかもしれないと今さらながらに考えるが、「そうなんだ。うん。よかった」と、目の前の凜花が、果澄にだけ見える角度で微笑むものだからきっと答えはさっきのもので間違いなかったのだと思う。彼女にとって、空乃と友達であるということはとても大事なことで、嬉しいことなのだ。


 空乃が二人のやりとりを不思議そうな顔で見つめてから、


「なに、内緒話? いつのまにそんなに仲良くなったの二人とも。いいなあ。でもいいよ。私は色奈ちゃんとお絵かきして遊んでくるから」


「遊んだら駄目でしょ。ちゃんとこれからどうするか決めないと。あの子——色奈さんの夢を可哀そうだけど壊しちゃうか。それとも私たちで塗り替えるか。まあ壊しちゃうのは無しだと思うけど、塗り替えるっていってもいったいどうするのかとか」


 空乃が不敵に笑った。


「ふっふっふ。それはすでに考えてあるのですよ果澄さん。色奈ちゃんに絵を描くことを教えたのは、なにを隠そう私なのです。つまり、」


「つまり?」


「絵の師匠である私とお絵かき勝負をしたら、私が勝つ。勝つということはつまり夢の世界において優位に立つということ。それすなわち、世界が私の色に塗り替えられるということなのです」


「んー、たしかに?」


 果澄が小首をかしげるその後ろで、凜花は空乃のことを絶賛していた。


 その絶賛に背中を押されるようにして、空乃は色奈の元へと勢いよく駆けだしていった。静止をかける暇もなかったけど、なにか他に案があるわけでもなかったのでまあとりあえずは様子を見てみることにした。


 空乃は花畑で仰向けに寝ている色奈のすぐ傍に立った。そして彼女を見下ろす形で言い放った。


「さあ勝負だよ色奈ちゃん!」


 いきなりの勝負の申し出にも一切表情を変えず、色奈は寝っ転がった状態のまま答える。


「いいけどなんの?」


「お絵かき」


「わかった」


 かくして、空乃と色奈のお絵かき三番勝負が始まった。


 内容を説明する。


 お題に合わせて、彼女たちはクレヨンでなにもない空間に絵を描く。審査員がどちらの絵が上手いかを決める。それをどちらかが二勝するまでやる。ちなみに、審査員の席には空乃に有利な発言しかしない凜花には外れてもらった。


 空乃と色奈の間に火花が散る。両者のものすごいやる気が感じられる。


 そして、最初のお題として選ばれたのは「動物」で、色奈はお題に即したキリンとかゾウとかライオンとかを描いて、空乃はグリフォンとかユニコーンとか首の長くない方のキリンとかを描いた。——いや動物って言ってるのにどうして幻獣を描いているのか。絵のクオリティ以前の問題だし、せめてルールは順守してほしい。


 初戦は当たり前のように色奈の勝利。色奈は指をピースの形にして、どうして負けたのかがよくわかっていない顔の空乃に向けた。いやだからルールを守ってほしいだけなんだけど、同じようなことはまさか二度はないだろうと思ってルール違反で負けたということは別に空乃に伝えなかった。


 次だ。


 お題は「魚」。


 種類はよくわからないけど、とにかく魚をいっぱい描いた色奈に対して、空乃はシャチとかイルカとかマンボウとかを描いた。


「色奈ちゃんの勝ち」


「やった」


 果澄の判定に拳を突きあげる色奈。順当な結果だろう。だけどこの結果に納得のいっていない者がいる。


 空乃である。


「抗議します!」


「駄目です。マンボウはまあいいけど、それ以外が魚じゃないし。お題を無視してるじゃない。ちなみに最初の勝負も反則負けね」


「泳げる生き物は全部魚でしょ。それと泳がない生き物は全部動物だって日葵ちゃんが言ってたよ」


「その友達の言うことは今後絶対に鵜呑みにしたら駄目」


「友達じゃなくてお母さんだよ」


「なお駄目でしょ。なんていい加減な」


「すごいわね」


 すごいわねと言ったのは、果澄でも空乃でもなくて右後方にいた凜花だ。彼女を見る。彼女の視線は、あっちへ行ったりこっちへ行ったりしている。こっちを見ていたわけではない。いったいなにを見ているのか。果澄と空乃は凜花の視線の先を辿った。


 空乃と色奈がクレヨンで描いた生き物たちが、縦横無尽に命を得たように動き回っている。たくさんの動物が地を駆けている。多くの魚が宙を泳ぎ、イルカはくるくるとまるで空を踊っているようだった。グリフォンが空を踏みしめている。ユニコーンが風を纏って草原の葉を軌跡に泳がせた。そのすべてがクレヨンのぐにゃぐにゃ線のせいで、変に面白い動きになっている。


 見ているだけでどこか不思議で、おかしくて、目の前の光景に思わず視線を盗まれる。


 しばらく四人で視線をあっちこっちに動かした。魚と魚がキスしている。イルカとシャチがタンゴを踊っている。ゾウの上にライオンが乗って、その上にユニコーンとキリンが乗って非常にアンバランスなブレーメンの音楽隊になっている。どうして勝負をしていたのかをなんだか忘れてしまう光景だった。


 だから、勝負の結果はどうでもよくなったのだろう。


 色奈の世界をどうにかするよりも、空乃は彼女を自分の仲間にすることを選んだ。


「私と一緒に魔法少女をやらない?」


 色奈は即答した。


「いいよ」


 彼女は知っているのかもしれない。


 空乃と一緒にいれば、なにか楽しいことが起きるのだと。


 まあこういった経緯があって、マジカルシャトルーズイエローが生まれたのである。

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