個室DVD店の死神

五三六P・二四三・渡

第1話

 死神と言っても別に死の気配に特別聡いわけではない。

 なんとなく「こいつ死にそうだな」という人間に当たりをつけて、取り付いてみて、いざ死んだらあの世に導くのが仕事だった。

 死の気配に聡い人間がいるように、同じ程度に聡い死神もいたが、それこそ「死神によってまちまち」だった。俺はどちらかと言うと鈍いほうといっていいだろう。

 だからこそ人間だったときはあんな間抜けな死に方をしたのかもしれない。

 人を殺す力もない。いや、ほぼない。

 例えば生と死がテニスをやっていて、ボールがちょうどネットの上に乗ったとして、それを少し引っ張って死の側に落としてやることぐらいだ。

 あれ? 死の側に落としたら生の得点になるな? この例えは無しだ。忘れてほしい。

「何だ。ようやく死ねたのか僕は」

 いろいろ考えていると、そこにいた男の霊は言った。今日も今日とて死んだ迷える霊魂を導く仕事をしている。

「あーやっぱお前が導くんだな」

 男は俺の顔を見るなりそう言った。

「そりゃそうだろ」

 俺の答えを聞かずに、男はあたりを見回す。

「あれ? 一緒に死んだ奴は?」

「別に一緒に死んだからと言って一緒に昇れるわけじゃない」

「なんだそれ。じゃあ心中とか意味ないじゃん」

「まあ意味ないな」

 そんなことを言いながら、俺たちは天に昇る。そして生前の彼のことを思い出していた。

 

 回想


 結局のところ生きていた時と同じような場所を訪れてしまう。

 店に入るとアダルトビデオが並んでいる場所があり、そして奥に進むと狭いホテルの廊下のように扉が並んでいた。

 俺はその中の一部屋の扉を通り抜けるように入った。その中には畳一畳ほどのスペースがあり、男が二人寝転んでいる。部屋の奥には大きめのモニターがあり、男と女が営んでいる映像が延々と流れていた。男達は口から泡を吹いており、寝ているというよりは気絶しているといった風貌だ。

 一人は小太りで黒い短髪の中年で裏返った亀のように倒れていた。

 もう一人は少年と言っても差し支えなく、金に染めた髪と趣味の悪い色のピアスと、紫色のマニキュアが印象的だった。少年は壁に寄りかかって座っており、虚ろな目で天井を見つめていた。

 まず小太りの男の方に触れる。男の体は氷のような冷たさだった。間違いなく死んでいる。そしてもう一人は……

 と、そこで少年は突然せき込み、荒く息をし、その場に嘔吐し始めた。

 これは掃除が大変そうだと思った後、そもそも一番大変なのは死体があることなのだから誤差だと気が付いた。

 息を整えた後、少年はこちらを見た。薄い隈のある目を細めてこちらを見ようとしていた。そして何度か瞬きをした後、朦朧とした意識で口を開いた。

「あれ? やっとお出迎え?」

 俺はそれに対して首を否定の形に振った。

「また死にぞこなってる」

 俺がそう言うと、彼はだるそうに虚ろな目を迷わせ、部屋に備え付けられているティッシュで口を拭いて立ち上がって荷物ををまとめにかかった。

 そして伝票をもって部屋を出た。

「流石に今回は病院に行かないと中途半端に苦しんで死ぬんじゃないか」

 少年は意外そうな目をこちらに向けた。

「え? 何? 心配してんの? 死神が? 情でも移った?」

「違う」

 と答えてから自分の言ったことの意味を考えて、後から理由のようなものを付け足しにかかった。

「ドラマとかを見ていると、理にかなっていない行動をしてるのを見るとイライラすることがあるだろ。そんな感じだ」

 少年は鼻で笑った後に少しだけ顔をほころばせた。

 冗談めかすように言いながら少年は財布を取り出してカウンターにて店員に備品を返した。部屋にいた男とは別の部屋をとってあの部屋で合流していたようだ。

 それから俺たちは無言のまま外に出た。


 回想の回想。


 死神は死んだ人間の一部がなるという話。そして生前俺は個室DVD店で働いていた。

 個室DVD店――旧個室ビデオ視聴屋は主に家で自慰をする居場所がない人が使う。あるいは最近はVR機種も貸し出していて、『買うほどではないが試してみる』という理由で利用する客もいる。AVや映画のDVDを選んで、時間を指定して部屋を時間単位で使う。防音性と通気性がそれなりにいいので、泊まることも出来た。身分証も必要としない。

 つまりは訳アリも多く利用するので、トラブルもつきものだった。バイトだった当時の俺にとっては部屋にこびりついた液体をふき取るのも、稀に落ちている人糞を掃除するのも苦ではあった。しかし他に働ける場所はなかったので仕方がないという気持ちのほうが勝った。それでも厄介な客の相手というのは苦労したものだった。最悪は店長を呼ぶし、警察も呼ぶ。はたまたバックについている組の人を呼ぶこともあったが。

 そう組の人だ。

 俺が働いていた個室DVD店は指定暴力団の傘下だった。よくあることだ。そしてそこの金を盗んで、追われている途中に俺は交通事故にあって死んだ。呪縛霊ではないものの、死人は馴染みのある場所が心地よいらしい。だから死神になった俺は個室DVD店の周辺をよくうろついていた。

 そして彼を見つけた。

 

 彼は目立っていた。そもそも個室DVD店は18歳以下は入場できない。とは言っても身分証は求められないので、自己申告だったが。

 それに加えて彼は毎回別の男に首を絞められていた。ある時は気道を潰さんばかりに強く。ある時は喉仏を撫でるようにねちっこく。そして決まって最後に相手の男は金を払っていた。

 俺はその行動が最初はとても奇妙に思えた。しかし何度も見ているとそこまで変わったことなのではないと思えるようになった。

 首を絞めるのが好きな男がいて。それに対して身を削って金を得ている男がいるだけだ。店員がお決まりに口にする『玩具の使用はいかがですか?』という質問は、この店舗においては少年のことも指しているらしかった。

 それでも俺はその行為を毎回見に行ってしまった。少年の感情はよくわからなかった。被虐趣味にのようにも思えないし、やはり止むえずやっているのだろうか。それを知るためにも俺は彼らが来ると後をつけて部屋に入り。行為をじっと見つめた。そういえば死にそうな人についていれば仕事はやりやすいのだったという事を思い出し、理由が出来たと気にせず覗くことにした。


「――覗いて興奮してんじゃねえよ」


 そんなある日と言うべきなのか。

 少年は首を絞められながら、俺と目を合わせてそんなことを言ってきた。締めてる側は細い首に熱心なのか、聞こえたようでもない。むろん死神と言うのは生者には見えないルールがあって。

 まあ死にかけてるなら見えるというありきたりな話だった。

 聞こえないふり――気づかないふりをしてもいいのだが、驚いてしまい思わず答えてしまう。

「仕事で見てただけだ。興奮なんてしていない」

 反応はなく、少年はただ白目をむいている。やはり俺に言ったのは気のせいだったのだろうか。やがて行為が終わって絞めてた側が、ばつが悪そうに金を払ってその場から去っていった。そして少年も俺を気にせず店を後にする――かと思えば、俺の死角を縫い、いきなり俺の股間の部分に手を当ててきた。当然霊的なアレなので接触することはなかった。少年は自分の手を見つめ、ふん、と鼻息を吹いた後、その場を去っていった。

 つまりは俺が勃っていたのか知りたかったのだろう。それが彼との出会いだった。


 回想の回想は終わって回想。

 

 というわけで見て話すことが出来るなら、交流が生まれることもあるということだった。とは言っても彼も深くは自分のことは話さなかったし、俺も行為を止めることをしないのだから、特に彼の状況は改善したりすることはなかった。

「それで、何で行きずりの男と心中するようになったんだ?」

 ぼーっと彼らの行為を見てたのだが、いつの間にか首締められ屋から心中して生き残ってるだけに気が付く。彼は俺の言葉に面倒くさそうな顔をした後、ため息をつくように言葉を紡いだ。

「……別に。なんとなくこういうこと続けるのが嫌になって、とはいっても一人で死ぬのはなんか嫌だったから……かな」

「さみしいのか?」

「違う、なんか悔しいんだ。馬鹿にするなって感じ」

「それが心中の理由?」

「そうだよ」

 彼はそっけなく答える。

 あまり納得できなかったが、彼なりには理屈が通ってるのだろう。そんな個人的な論理を紐解いてみれば、案外普通に『さみしい』と主張するよりみじめな理由だったかもしれないが。例えば『さみしい』とは言えなかっただけだとか。

 そういう少年は現在警察とヤクザに追われていた。結局のところシャバにいられるのも数日と言うわけだった。

 結果から言うと――と言うかもう結果は言っていたかもしれないが、彼は心中を成功させた。


「ところでさ」

 時系列戻って一番新しい部分。

 天に昇る最中、あるいは地獄へ落ちる最中の話。はっきり言うと両者は同じ場所だったが。

「相方はお前が殺した?」

 少年が突然そんなことを言い出す。

「何を言ってるんだ?」

「いやずっと心中したいって言ってたからさ。それで向こうがぎりぎり死に損なってたら心中にならないから、少し引っ張ったんじゃないかって」

「だとしたらろくでもないことだな」

「そうだよ。だからやった?」

「やってない」

「そう。まあどっちでもいいか」

 そうだ実際どっちでもいい。その相手が今回だけ彼の父親だったとか、いまいちしっかり見てなかったので無理心中なのかそうじゃないのかよくわからなかっただとか、何やらストーリーを掻き立てられるが、実際のところ俺からしたらどうでもいい。

 仕事を一軒片付けられただけだ。

「まあとりあえず礼は言っておく」

 と少年。

「やってないと言っているが。仮にそうだとしても、その礼はかなりろくでもない」

「送ってくれてることに感謝してんだ。牛丼屋の店員にご馳走様っていうようなもんだよ」

「そうか、じゃあおれもありがとう。これは牛丼屋を利用してくれてありがとうって意味だ」

 俺たちは軽く頷きあって、そのままあの世に向かった。

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個室DVD店の死神 五三六P・二四三・渡 @doubutugawa

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