15話「治癒士の適正」〈ミナ編〉

「これって治癒ポーション!? やったー! 成功しましたよラシャーナ先生!」


 ミナは喜びのあまり、ラシャーナ先生の手を取り喜びを共有しようとする。

 ラシャーナ先生は口を半開きのまま、可愛い瞳をぱちぱちと何度も瞬きをする。


「あっ……ごめんね。まさか一回で成功するとは思っていなかったわ……」


 一瞬悲しい表情をすると、すぐに笑顔を作り更に続けた。


「ミナちゃん、素質あるわよ」

「本当ですか!?」

「えぇ、生まれ持った治癒士の適正があったのね。羨ましいわ」

「ラシャーナ先生だって頑張れば絶対に……」


 その言葉を遮るように、ラシャーナ先生は少し強い口調で言う。


「さっきも言ったけど、十六歳までに開花しなければ望みはないの。ゼロなの。いくら知識があっても誰も救えないの」


 ラシャーナ先生の優しい瞳が一瞬で変わり、目に力が入ったのがわかった。

 ミナはただ、努力したら誰だって出来るようになるって言いたかっただけなのに……。


「努力は十六歳まで。治癒士はそういう世界なのよ……」

「ごめん……なさい。ミナは……」


 怒らせるつもりも、悲しませるつもりもなかった。

 ミナみたいにやった事がない人でも一回で出来たんだから、知識がいっぱいあるラシャーナ先生なら頑張れば出来るって思っただけ。

 でも、それが結果的に傷つける事になってしまった。

 ミナはどうしたら……。


 今にも泣きそうなミナの顔を覗くように、再び笑顔で口を開く。


「ふふ……大丈夫よ。ミナちゃんはすごいのよ? ここにいる生徒だって、何回もの失敗を繰り返しているの」

「そう……なんだ。でもミナ! 悲しませるつもりは……」


 顔を上げて必死に訴えるミナに、ラシャーナ先生は笑顔で答える。


「わかってるわ。ミナちゃんはいい子だもの」


 そう言ってミナの頭を優しく撫でる。


「ラシャーナ先生……」

「わたしは人を見る目だけはあるの。ふふ」


 ミナが悪い事を言ったのに、励ますように笑顔を見せる。

 ラシャーナ先生はすごい人。この時ミナはそう思った。


「その治癒ポーションは持っていて。いずれ使う事になるわ」

「はい、ありがとうございます」


 ミナは治癒ポーションを、腰に下げていた小さなポーチにそっと入れた。


「じゃあ試験の内容を発表するわね」

「はい!」


 心臓が飛び出そう。

 さっきのより大変なのかな?

 治癒士は、調合の為に使う素材集めも、自分で調達するって治癒士の本に書いてたな……。

 難しい素材だったらどうしよう。

 そんな不安を他所に、ラシャーナ先生は羊皮紙に何かを描くと、それを手渡した。


「これを調合する事が試験の内容よ」


 そこには、【ドラグラーの心臓 + 光苔ひかりごけ + 年樹花ねんじゅばな = ドラグラーの超薬】と描いている。


 ドラグラーの超薬、という薬を調合するのが試験。

 なんだか難しさを感じたミナは固い表情をすると、ラシャーナ先生はそれを和らげるように優しく語る。


「大丈夫よ。ミナちゃんなら出来るわ。初めての調合も一回で成功しちゃうんだもの」

「はい、頑張ります!」

「今回は試験だから、素材調達も自分でやってもらうわ」


 やっぱりそうなんだ。

 でも、ドラグラーの心臓なんてどうやって……。

 それに光苔も年樹花もどこにあるのかさえわからない。


「あの……」


 それを質問しようと口を開いたけど、それを遮るようにおもむろに地図を取り出して言う。


「だいたいわかると思うけど、ドラグラーの心臓はドラグラーを討伐して心臓を採取すればいいわ。その為の採取に特化したナイフ、これを渡しておくわね」


 緩やかな曲線を描く鋭い刃、握りやすいグリップ。持ち手部分の下の方には、金色の冒険者ギルドの刻印が浮き彫りになっていた。


「こんな高そうな物、貰っていいんですか?」

「えぇ、それは治癒士には必需品だもの。ただ、殺傷能力は低いから戦闘ではあまり使えないわ」

「それは大丈夫です! 戦いになったらこの杖で叩きます!」


 ミナはリョウくんに買って貰った杖を、見せびらかすように取り出した。


「素敵な杖ね」

「リョウくんが買ってくれたんです」


 大事な杖。

 ミナは杖を抱きしめるように微笑んだ。


「ふふ。大切な人なのね」

「はい!」

「じゃあドラグラーは大丈夫そうね。光苔はジメジメした洞窟でよく採取出来るの。そう珍しくないから、すぐに見つかると思うわ。一番大変なのは……」


 ラシャーナ先生は口ごもると、眉をひそめながら続けた。


「年樹花ね。一年にたった一日しか咲かないと言われている奇跡の花なのよ」

「そんな花をどうやって集めれば……」


 一気に不安になる。

 更に追い討ちをかけるように、ラシャーナ先生が口を開いた。


「それにね、年樹花はドラグラーの好物なの。ドラグラーは一年に一度だけ凶暴化されるって有名なの」

「それってもしかして……」

「えぇ、年樹花の影響よ。年樹花には魔物を凶暴化させる花粉が付いているの」

「そんな危険なものを調合に使うんですか?」


 ミナの不安はどんどん大きくなっていく。


「大丈夫。人間には逆効果で、むしろ元気の源と言われているの」

「そうなんですね。よかった」

「でね、今日はドラグラーがなんだか凶暴化しているみたいなのよ。なんでだと思う?」


 ラシャーナ先生は、いじわるな笑顔で聞いてくる。


「もしかして今日がその一年に一度の……?」

「ふふ。多分そうね。ただ、確証はないの。ただの予想よ。それでも探しに行ってみる?」

「……はい! それが試験の内容なら行きます! ミナは最強の治癒士になるんです」


 ラシャーナ先生は驚いた顔をする。そしてゆっくりと笑顔に戻り口を開いた。


「ふふ。ミナちゃんならきっとなれるわ」

「はい。それで、この年樹花はどこに咲いてるんですか?」


 一枚の地図を広げ指を指す。


「ここよ。年樹花があれば、そこにドラグラーも現れると思う。光苔もこの洞窟に沢山生えているわ」


 赤い丸が書かれた目的地の洞窟、そこには"年樹洞窟"と書かれている。


「行き方は任せる。でも、この道が一番近いと思うわ」


 そう言ってラシャーナ先生は、この街から年樹洞窟までの道のりを指でなぞる。

 すると、オレンジ色の線が浮かび上がった。

 ミナが目を見開き驚いていると、ラシャーナ先生は更に続ける。


「この方が迷わないでしょ? わたしだって、簡単な聖魔法くらいは使えるのよ? ふふ」


 こうしてミナは、貰った地図を片手に、調合素材を集める短い旅に出る事になった。


「いってきます!」

「えぇ、気を付けてね」

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