Track.16 黄魁神社

 黄魁神社。

 長い石段を駆け登り、拝殿までたどり着いた。

 なお、本殿は神社の方が担当するというので、一般人である俺たちは拝殿で怪しい人物がいないか調査することになったのだ。


 神社の方々も、当時小学生の矢風奏鳴が暴行死した事件がトラウマらしく、同い年頃の少女環奈がさらわれ、犯人がくろのみ町内に潜伏していると知って、神社内をくまなく探すため協力者を募っていた。


 そんな時に、緊迫感あふれる顔で来た俺たちはちょうどよかったのであろう。

 神社側から神社のマークの入った懐中電灯やトランシーバーを貸し出され、ついでに黄魁神社と書かれたタスキも渡された。不審者と区別するための策なのだろう。

 俺たちは神社側の意図を読んで、快く快諾。


 今、先生がトランシーバーで連絡を取り合っているところだ。


「はぁはぁ、ここまで来たのはいいけど……今のところ特に変わったところは見られないな……」

 まだ着いてから数分だから、何もないと決めつけるのは早いけど。

 とりあえず、階段の途中に不倫者と出会わなかった。


「おや、史健から、助かるってメールが来ているよ」

「こんな長い石段を登らなくてすむなら、感謝するよ、照乃ばぁちゃん」

 商一に至っては、自動販売機に小銭を入れ始める。リュックの中にあった水、拝殿までの道のりを考えて、荷物の量を出来るだけ少なくするため、飲みほしたからな。


 ちなみに、墓参りセットは神社の方々のご厚意もあって神社入口近くの屋根のあるところに置いてきた。


「水分はこの間補給しておいてくれ、鋼始郎。疲れて目がかすんで見えなかったなんてダサい言い訳聞きたくないからな」

 商一は神社特有の長い石段を登ったばかりだからか、脳内麻薬で若干テンションが高い。


 男子中学生の有り余る体力に物を言わせた駆け登り方であったが、息切れがすごい。むしろ、多少ペースが遅かったけど、ばぁちゃんの方が体力に余裕があるように見える。


「ボクはこの神社に詳しくないからね。変な人影があったら反応出来るかもしれないけど、そんなマヌケじゃないだろうよ」

 先生から聞いた話によると、認識阻害系の不思議な力を使っていたというしな。


「ああ。でも、こういう場合はあり得ないほど目立つものの周りの方が怪しい……あれ?」

 俺は一瞬目の錯覚かと思ってしまった。

 商一から受け取ったばかりのミネラルウォーターを口にし、水分摂取を行なってから、目をつぶり、目を開け、もう一度ソレを見る。


 ソレは微動だにせずに建っていた。


 当然だ。


 銅像だから。


 ただし、二宮金次郎像だ。


「なんで、くろのみ小学校にあった二宮金次郎がここにあるんだ!」

 くろのみ小学校のモノだと言い切るのかについてなのだが、実は太ももの部分に誰がいつ描いたのか不明だが、小学生特有の落書きがあるからだ。

 懐中電灯を当てて、よく見たから、間違いない。

 見たことがある電伝虫の落書きだ。

 チャームポイントは二股の髭である。


「たしか、くろのみ中学校と名を変えたとき、二宮金次郎像は相応しくないと、黄魁神社に拝領されましたが……」

 地域ニュースにでもあったのか。

 二宮金次郎像がここにある理由はわかった。だけど、俺の世界ではくろのみ公民館の方へ引っ越した。世界が違うからと言えばそれまでだが……。


「なぁ、商一。おま全に、二宮金次郎像を動かすとか、ゾンビを見つけてぶち殺すものはないか」

「え、そんなのあるかな……あれ、あった」

 俺は卒業の日に、五体のゾンビを蹴散らした二宮金次郎像を知っている。

 あれは不思議なことだった。ならば、不思議なことを出来るおまじないにも、それに近いものがおかしくないと、超理論だけど思ったのだ。


「ゾンビを倒すなんて、そこまで都合のいいおまじないはなかったけど、銅像や石像といった大きな像を動かすおまじないはある」

 銅像は重いものな。

 持ち運びに便利なおまじないだ。


「そのおまじないを、この二宮金次郎像に使ってみてくれ。もしかしたら、隠し階段でも見つかるかもしれない」

「そんなことあるかな?」

「いや。あるさ……これは、超理論のほうじゃない。推理からだよ、ほら」

 つい慌てて思考が変な方向に進んでしまっていたが、懐中電灯を二宮金次郎像の土台のほうへと照らす。


 そこには何かに引きずった跡と不自然に途切れた人間の足跡がある。


「うわっ、なにこれ」

「へ~」

「認識阻害ですか」

「たぶんね」

 俺が二宮金次郎像に対して、しつこく見ていたのが功を奏した。

 何かある、何かがないとおかしいと、何度も何度も頭の中で思い描いて調べた結果、証拠の方を見つけた。

 人間、注意深く、丹念に調べなければならない時もあるのさ。


「わかった。しかも、この【ゾウ歩】っておまじない、効果持続系だ。何々、対象の像に電伝虫を描き、動かしたくなったら水を掛けろ」

「それなら、右太ももに描いてある」

 俺はまだペットボトルに残っていたミネラルウォーターを電伝虫にかけると、二宮金次郎像の土台から動き出す。


「うん、シュールだ」

 二宮金次郎像が歩くほうじゃないと、跡から予想できたものの、複雑な気分になる。

 電伝虫並みの遅さであったが引きずった跡に一致する。


「人間の足跡が残っていたのは、水をかけすぎたからでしょうか」

「そういうところはマヌケだね」

 認識阻害するからといっても、ちょっとの綻びで解けるモノらしいな。

「しかも、マジで階段だ」

 土台の下からは、階段が見えた。ただし幅は狭く、体格のいい大人なら、一人で精一杯と言ったところか。


「これは……史健や神社の人に情報を共有したほうがいいだろうね」

「警察の方は神社の方に頼みましょう」

 祖母はスマホを先生はトランシーバーをまた取り出し、ボタンを押し、耳元に当てる。


 怪しい場所に突入するからには、後続のためにも残せるものは残して、少しでもリスクを減らさないといけないからね。


 俺もこれから来る人のために何か出来ることはないか、協力すべきことはないかと、商一と話そうと思って、階段から離れようとした。

 その時、足元をよく確認しなかったのがいけなかったのか。

 いや、たぶん、確認してもあまり意味がないと思う。


 一番俺に近かった商一も気がついた時、何も出来なかったぐらいだしな。

 時間が異様に遅く感じたのは、それこそ錯覚だ。


「あ……また、こう来るのか」

 色とりどりの腕が五本、俺の片足を掴んだ。

 これはまた見たことのあるシチュエーションだな。

 黄魁橋のときアレより、色がついて大きくなったな。


「悪い、俺、捕まったわ。落ち着いたら、助けに来てくれ」

 慌ててこられたら、二次被害が起きてしまうかもしれないからな。

 連鎖反応が怖い。


「鋼始郎!」

 商一の泣きそうな顔が地味にショックだったな。

 まだ泣く時間じゃないから、涙はとっておけ。


 俺のもう片方の足もこれまた青、赤、黄色、白、黒の五色の腕に掴まれと思ったら……そこから一気に、俺の体は地下階段へ、その奥へ、闇へ、と、引きずり込まれた。

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