Track.15 【決定版 色とりどり 呪い 大全】

「で、今私の手元にあるこの呪いの本は、おまじないの代償になったことがある魂を持つ者にしか、通常なら触れることも認識することもほぼ不可能です。ですが、今、くろのみ町全体が【運命テンカン】というおまじないの怪異に蝕まれている状態なので、君たちにも見えています」

 先生は今度は手持ちの呪いの本について説明し出す。


 俺たちに内容が伝わり切れないとわかっていても、疑問に思うところをすべて話しきるつもりのようだ。

 今度は先生が俺たちの信用を得ようとしている。


「先生がかつて代償として殺されかけたのは分かった。なら、なぜ動ける。その呪いの本のおかげか」

 舞生は動けなくなって、ベッドの上だものな。

 俺も一番そこが気になっていたよ、商一。


「はい。このアーティファクトは、【運命テンカン】によって代償たちの魂に刻まれている紋様が、肉体に露わになるときに生じる、膨大なエネルギーと痛みを肩代わりします」

 結局、怪異か。

 先生はアーティファクトと言っているけど、俺の中では摩訶不思議な物体もすべて怪異認定だよ。


「私にもしものことがあったら、この本が見えなくなる前にこのショルダーバックに入れて、舞生さんに渡してもいいですよ」

「……」

 これを俺たちに言いたかったのか、先生。

 先生は意地でも【運命テンカン】の代償にならないように対策をとっているだろう。

 

 なんたって、先生は呪いの本を持っている。

 それこそ、肉体の消滅とか、俺では想像のつかない方法を、呪いとして己の体にかけ、いつでも作動できる状態にしている可能性がある。


 気がかりがあるとしたら、それこそ【決定版 色とりどり 呪い 大全】のことだろう。おまじないの代償になったことがある魂にしか見えないとしても、【運命テンカン】が発動している間は誰にでも見える。


 それこそ、実行犯のゾンビたちにも。


 ゾンビたちに奪われるのだけは阻止しなければならないだろう。

 しかし、それは……。


「御免こうむる。俺は舞生にこれ以上の負担をかけさせたくくないからな」

 トパーズの俺にとって、舞生は写真でしか見たことがない人物だけど、あの少女にこんな醜く腐った話を聞かせるのは嫌だ。

 後輩は大事にしないとな。


「鋼始郎……ボクも同じ意見だよ。ははっ、台詞、先にとられたな」

「わりぃ、先にとっちゃったよ、商一。それに俺には環奈のこともあるしな」

 世界が違うなんて、俺にはもうちゃっちな理由なのさ。


「とにかく今は儀式会場一本だ。先生、ばぁちゃん、心当たりない?」

「そうは言ってもね」

「心当たりがまさにここでしたよ」


 そりゃそうだ。

 奏鳴さんの遺体が発見された場所だものな……くろのみ集会所。


「監視カメラの映像から、犯人はあくまでも徒歩で、環奈さんを連れて、くろのみ町に向かったのが見えたそうです。検問は引き続き行わるようで、くろのみ町から出るのは考えにくいとされていますよ」

「つまり……犯人はくろのみ町に潜伏していると」

「空き家は特に注意だとね。史健が先ほどあたしに電話を掛けて来たのは、その忠告と拠点確保さ。心当たりがある場所は、知り合いに片っ端から集めて捜索すると言っていたね」

 道理で親戚のおじさんが祖母に電話を掛けるわけだよ。


「ばぁちゃんの家と言えば、あの呪われた和綴じ本、大丈夫かな?」

 おまじないとして竹製の六ツ目かごを使用している上に、塩十五キロも置いている。そんな怪しい場所、おじさんビックリしないか?


「一応じぃさんの書斎はもともと立ち入るのを禁止にしておいたからね。多分近づかないと思うよ」

「あそこ、書斎だったのか……」

 本棚がところかまわずひしめき合っていたのもあって、書斎というより物置のような気がしていた。


「あれだけ本が積まれている場所だからね。うっかり子どもが入って将棋倒しにでもなったら、目も当たらないだろうよ」

「あ、それで立ち入り禁止にしたのか」

 小学生低学年の子を持つ史健には、物理的に鬼門であった。


「あの、呪われた和綴じ本とはいったい何でしょうか?」

「えっと……【人身御供のすすめ~くろのみ町編~】です。ボクうっかり触りそうになったけど、気味が悪くと言われ避けました」

 商一はスマホのメモを読みながら、答える。

 タイトルが無駄に長いから、覚えきれるかどうか微妙だったものな。


「あまりにも気味が悪かったから、おまじないを試すのにちょうどいいと思って、【カゴの魔除け】で封じました、先生」

 使ったおまじないもついでに答えておく。


「……私の懸念がまた一つ減りました」

 先生的には大正解を引いていたらしい。

 やはり、怪異が関係していたのか。


「なぁ、商一。くろのみ集会所にこれ以上の情報はなかったか?」

「あ、いや……聖痕の手掛かりがあったから、このバインダーをとりあえず、もってきたけど……全部読んでいないんだ。もしかしたら、この中にヒントがあるかもしれない」

「いえ、そのバインダーにはそれ以上の情報はありませんよ。私も前に読んだことがありますから」

 混音市に住んでいる先生なら、すでに集会所を調べているか。


「認識阻害系のおまじないを使われている痕跡もありませんでした。それでも、もしかしたらと思ってきたのですが……」

 環奈がさらわれている状態だからこそ、何らかしらの変化があると思って、集会所まで来たということか。


「それなら……黄魁神社にいってみるかい。矢風奏鳴は黄魁神社でさらわれたとスクラップノートにはあったからね」

 ここからならそう遠くないし、おじさんたちの捜索範囲と被らない可能性がある。


 スマホで連絡を取りながら、俺たちは黄魁神社へと足を進めた。

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