Track.13 大観照乃

「あっ、ぐ……」


 俺はなんとか胃から込みあがってきたモノを抑えた。

 今、泣きわめいていけないのだ。

 この集会所は、情報の宝庫。吐しゃ物で汚してはいけないし、暴れ狂って四散させてもいけない。


 落ち着け、俺。


 俺なら、出来るから。

 ここはトパーズと違う。ペリドットだ。

 世界線が違うから、俺には直接関係ない。関係あるわけがない。

 商一と祖母が俺の知っているのとほぼ同じだから、錯覚しただけだ。


「はぁ……はぁ……」

 俺は、俺自身のために、怪異に立ち向かわないといけないだけだ。

 親しい人の死は……ただの悪夢だ。

 トパーズに戻れば、みんな元通りなんだ。

 なのに、どうしてか、気持ち悪い。指先が震えて、モノがつかめない。

 嫌だな、俺、役に立てな……。


「鋼ちゃん、ばぁちゃん、少し外の空気を吸いたくなったから、気分転換に一旦一緒に外に出よう」

 俺の震える指先を、手を、掴んで、外に引っ張り出したのは祖母だった。

「商ちゃん、ばぁちゃん、少し席を外すね」

「あ……わかった」

 商一は祖母と俺を止める気はないらしい。


 当然だな。


 女一人に、こんなに取り乱している仲間なんか、いらないよな。

 俺たちは俺たちの周りに蔓延っている怪異を解決させるという共通の目的があるから、つるんでいるだけなのだ。


 友情に近いものがあっても、健全な信頼関係を結んでいるわけじゃない。


「鋼ちゃん、鋼ちゃん。今は余計なことを考えないほうがいいよ」

 祖母は俺を外に連れ出した瞬間、俺の手をムニュムニュとマッサージしだした。

「あひゃ!」

 ナニコレ!

 くすぐったいような……気持ちいいような……何か、変な感覚だ。


「鋼ちゃんは昔から、指と指の間を揉まれるのが、好きだったね」

「え、そうなの!」

「そうだよ」

 俺は初めて知ったけど。

 いや、思い返せば、俺が妙に落ち込んでいるとき、祖母がおまじないといって手と手を合わせて……あ、今のようなムニュムニュをしていたような気がする。

 忘れていたけど……そういうことがあったな……。

 懐かしいな。


「鋼ちゃんは早生まれだったから。遅生まれの子たちと比べて一年近くの差があるのに、他の子たちと一緒じゃないと嫌だって、いろいろ無茶をする子だったね」

「……そう言えば」

 そうだ。

 俺は小学校に入学して、周りの奴らが出来ることが出来なくて、悔しい思いを何度もした。よくよく考えれば、単純に生まれた月日が違うのだから、四月五月生まれに合わせた勉強やスポーツは、頭や体が追い付くわけがない。


 当時の俺はいっぱいいっぱいだったから、そんな当たり前のことに頭が回らなかった。


「ばぁちゃんは、そんな無茶ばかりをする鋼ちゃんを見ていて辛かったよ。でも、商ちゃんや舞生ちゃんというクラスや学年が違っても遊び続ける仲のいい幼馴染がいるから、このまま赤武区に住んでいる方が鋼ちゃんは幸せだろうと思って、赤武区に住み続けたのさ」

 トパーズの俺には、そんな幼馴染がいなかったからな。

 商一は赤武区にずっと住んでいると聞いたことがあるから、決定的な違いは舞生がいるかいないかだろう。舞生がいるから、俺と商一との出会いに変化があったとみていいだろう。


「……なるほどな」

 俺がムキになって無茶し続けていたから、田舎に引っ越すことにしたのが、俺の世界の祖母というわけだ。

 幼い頃の俺は、田舎でのびのびとマイペースに過ごしてほしいと願われるぐらいに、無茶をし続けたのか。確かに俺は生傷が絶えなかったガキだったとは記憶しているが……原因はソレだな。


 何か、恥ずかしいな。


 今まで、祖母が、自分が田舎で暮らしたいからと、無理に俺を巻き込んだと思っていたのだ。

 無理じゃなかった、道理だったよ。

 俺自身だから、わかる。ガキの俺は、商一みたいな思慮深い友だちもいなかった俺は、クラスメイト達に恰好をつけるためだけに、無謀なことしかしていなかった。

 当時、止めてくれるほど仲のいい友だちはいなかったからな。


 俺の周りには地獄に突き進んで慌てふためく姿を見たいとか、残酷で無邪気なガキしかいなかったよ。


 いつ、命にかかわる、取り返しのつかない事態に陥っても、仕方がなかったと言い訳出来るぐらいの土壌しかなかった。


「ばぁちゃんは俺をよく見てくれているよ」

 俺を守るために、憎まれ役を買ったぐらいだ。俺の成長を願って、諭すのはもちろん、実力行使もしてくれる、いい女だよ。


「あたしは、鋼ちゃんのばぁちゃんだからね。もちろんのことさ」

 当たり前だけど、当たり前じゃないほどの深い愛情。


「それに、鋼ちゃんは、知っているようで知らない世界で一人で頑張っている、えらい子だって、商ちゃんだって知っているよ。商ちゃんも商ちゃんで難しい年頃だから、うまく言えないだけさ」

 こうしてフォローまでしてくれる。


 俺にとってかけがいのない存在。


「ばぁちゃん、俺……俺、これ以上誰も悲しませないって、誓うよ、ずびっ」

 ブサイクな泣き顔で言ったので、イマイチ説得力が欠けている気もしないが、誓いたい。


 この世界の友のために。


 何よりも俺自身のために。


 祖母の前で、誓いを立てる。


「うん……うん……」

 いつの間にか、地面に膝をついて、嗚咽を漏らしていた俺に、祖母は相づちしながら、頭を撫でる。

 気持ちが落ち着くまで、まだ時間がかかるだろうけど、立ち上がったら、また頑張る。

 腑抜けていた足に力が蘇って戻ってきたころだろうか。






 プルルルル。プルルルル。

 祖母のスマホが鳴り響く。


「はい、もしもし、大観です」

 祖母はこの場で聞いたほうが、一番スマートだと思ったのだろう。

 集会所に入ったら、探し物をしている商一の邪魔になるかもしれないからな。

 判断としては共感できる。


「え……環奈が知らない人に連れ去られたって!」

 内容が物騒だった。


「あ、う、え……あたしは今、家にはいないね。ちょっとした散歩さ。鋼ちゃんと、鋼ちゃんの友だちの商ちゃん……草商一と外にいる。う、うん……それなら、あたしの家に入っても、好きに使っても構わないよ」

 事が事だけに、祖母は出来る限り協力すると、電話の相手、おそらく親戚のおじさんの要請に応える。


「じゃぁ、あたしはあたしで、やることがあるから、まだ帰れないけど……大丈夫、子どもとはいえ、中学生だよ。あたし一人でいるよりは安全さ。じゃ、また」

 祖母はスマホの耳元から離す。


「環奈がさらわれたって……」

 女子小学生というキーワードに嫌な予感しかしない。


「この集会所は、遺体が放置させられていたところから、ここに来る人がいるかもね」


 過去の事件になぞって、現場を辿るのは良くある話だ。


 俺はとりあえず商一に伝えようと思って、集会所の扉に手を掛けた時だ。




「そこの怪しい二人組、動かないでください」

 凛とした男性の声だった。


「は、はひっ!」

 怪しいなんて失礼だと思うが、実際怪しい。


「す、すみません! 俺たち、くろのみ町の歴史について調べていて……くろのみ墓場にある、あ、いえ、近くにある慰霊碑に興味深い話があって……あ、疎開していた子どもたちの、集団自殺のあれで、ここがその子たちが住んでいたと聞いたもので……好奇心で調べてました!」

 焦って上手く文章が練られなかったが、ここにいる理由だけは、はっきりと述べたつもりだ。


 少なくても、女子小学生については、親族だけど……事件には関与していないと、口に出さないことで密かに訴えた。


「……」

 人が近づく音がする。

 扉に手をかけていたため、俺は後ろ向きのまま。なので、どんな人が来ているのかわからない。


 だけど、その声……どこかで聞いたことがある気がする。


「そうそう。あたしは孫たちにこわれてね。それなら、この集会所に行ってみるといいと案内したのさ」

 祖母はとぼけた振りをしながらも、要所要所はしっかりしていた。

 あくまでも、私有地と知らずに、青年団が使用している集会所に来たという体を装う腹積もりだ。


 歳のせいで、今は使われいないというのを忘れたと思わせるような台詞回しは見事だ。


「……おばあちゃん、いくらお孫さんの頼みでも、連れて行っていい場所とそうでない場所を区別しましょう」

「へぇ。集会所なら問題ないと思ったんだけど」

「この集会場は今使われていませんよ」

「おやおや、そうだったのかい。いったいいつ使われなくなったのかね」

「……はぁ」

 そして、このクソでかため息である。

 よし、これはいろいろとあきらめてくれるものだ。

 後は集会所にいる商一をうまく誘導して、退散すればお咎めはない。


「鋼始郎、照乃ばぁちゃん、大変だよ! こんなところにあの聖痕の手掛かりが……あれ? 誰、この人?」

 タイミング、ちょっとミスったな、商一。


 舞生の体に浮かぶ聖痕の手掛かりを見つけたら、興奮するしかないけど。


 慰霊碑の集団服毒自殺した子どもたちと関係があるように思えないよ……いや、ここは聖痕という部分を軌道修正すれば行けるか。


 無理難題に近いけど、見たことない大人がいると知った商一なら、話を合わせてくれる。

 言い間違えたか、俺に通じやすくなるように、あえてゲーム用語を使ったとか。


 なんとかなる気がしてきた。


「す、すみません。集団自殺した子どもたちに痣があったという話を聞いていたもので……」

 俺は弁明するため、振り返る。

 動くなと言われたけど、話すなら面と向かったほうがいいだろうという判断だった。


 祖母の話から大分警戒心が薄れていたからな。


 ただの平和ボケした中学生なら、ここは何食わぬ顔を見せたほうがいいはずだった。


「……井之上いのうえ先生?」

 くろのみ小学校最後の担任、井之上いのうえ鳩彦やすひこ先生がそこにいた。

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