12

 私は、トリカゴのなかの楽しそうなジュニアを見つめたままあとずさりして、頭の後ろに目がついているように、真後ろの勉強机べんきょうづくえに近づいていって、きれいにイスに腰かけた。


 そして、勉強机べんきょうづくえに両ひじをのせて頬杖ほおづえを突きながら、ジュニアがうれしそうに鳴くのに耳をました。目を閉じると、こんな光景が頭に浮かんだ。


 私とジュニアはたびをしていた。


 私はこれぞ旅人たびびとって格好かっこうだった。ジュニアのほうは、私のまわりを自由に飛びまわったり、私の肩や頭の上にちょこんと乗ったりしていた。


 そうして私たちは、どこか知らない遠くの街をめぐったり、深い森のなかを歩いたり、小川の流れを追ったり、広い草原そうげんけたり、山をいくつも越えたりして、ずっとたびを続けた。


 そこは、夕方がいつまでも続く世界だった。

 それに、ずっと晴れていた。


 空は、ちょうどいい晴れぐあいだった。くもが多くもなくて少なくもない。うっとうしくなくて、さみしくもない。ちょうどの空。夕方には、空が少しは見えていてほしい、ちょっとでいいからくもがあってほしい、じゃないとなんだかさみしいって、私はそう感じるから。


 夕日はずっと同じところに浮かんでいた。

 だからどんなに歩いても、時間は少しも進まない。そのせいか、眠くならないし、疲れない。それなのに、私たちはちゃんとお腹がすいて、三食しっかり食べて、これは朝ごはん、これはお昼ごはん、これは夕ごはんってぐあいに、なぜかちゃんと区別くべつをしていた。


 ずっと歩いて、ずっと同じようなことをして、それなのに、私は、ずっと楽しかった。


 なぜか、私はトリみたいにキレイな鳴き声を出せたし、ジュニアは人みたいにじょうずにしゃべれた。

 だけど私たちは、相手の言っていることがわからなかった。

 人なのに、人の言葉がわからない。

 トリなのに、トリの言葉がわからない。

 それでも、気持ちだけは通じている気がした。


 世界は、夕焼けに染まって、キレイだった。

 それになんの不満ふまんもなかったけど、私は、ときどき想像した。

 朝になったらどんなんかな、とか、夜になったらどんなんかな、とか。もっとキレイかな、とか、違った感じになるのかな、とか、どっこいどっこいかな、とか。そんな感じにいろいろと。


 ふと、夕日に話しかけられたような気がして、私は、じっと夕日を見つめた。でも、とうぜんなにも起こらない。

 夕日がしゃべるわけないよね。だけど私は、それを、すごくつまらなく感じた。なんでしゃべってくれないのって。どうしてって。


 夕日からなんの反応もなかった代わりに、目に夕日の光が焼きついて、目が見えなくなった。まぶたを閉じていてもひらいていても、目の前はずっとオレンジ一色で、どんなに目をこすっても、それは消えなかった。


 そうこうしているうち、いつのまにかジュニアがいなくなっていることに、私は気がついた。自分のことに夢中むちゅうになっていて、私はまったくジュニアに意識を向けていなくて、いつごろいなくなったのかさえ、さっぱりわからなかった。


 私がもたもたしてるから先に行ってしまったのか、それともなにかのイタズラなのか、迷子まいごになってしまったのかわからないけど、ジュニアがいなくなっているのは確かだった。目は見ないけど、それだけはわかった。


 だけど、私はぜんぜん不安に思わなかった。歩いていれば、探していれば、いつかかならず、また会える。だって、時間は無限むげんにあるんだから。


 私はそれから、ジュニアを探すために世界じゅうを歩きつづけた。


 目が見えないから、とうぜん私はよくつまずいて転んだし、あちこちに頭や体をぶつけたし、がけから落っこちたり、川に落ちて流されたりした。

 だけど、私はぜんぜんヘーキだった。

 きずは確かにあるけど、まったく痛くないし、血も流れていないらしかった。なんと、私は不死身ふじみだった。まるでゾンビだね。


 のんびり歩きながら気楽きらくに構えていた私だったけど、そのたびは、急に終わりをむかえてしまった。


 突然前ぶれもなく、世界が真っ黒になった。


 なにがどうなったのか、私にはさっぱりわからなかった。

 夕日が沈んで夜になったのか。それとも、私の感覚が死んじゃって、オレンジ色を感じられなくなってしまったのか。

 なにも見えないんだから、どんなに考えてもわからない、とわかっていても、考えずにはいられなかった。


 そうしていないと不安だった。


 いつか夜になったらいいのにって、私はそう思っていたはずなのに。あんなに長いこと見て、きしていた夕方の光なのに、見たくて見たくてたまらなかった。


 ついさっきまで、なんのまよいもなく先に進めていたのに、それができなくなっていた。オレンジが黒に変わっただけで、目が見えないことに変わりはないのに。


 どっちに行けばいいのかわからなくて。


 このまま、ここで待っていたほうがいいのか。


 間違えたらどうしようって、すれ違ったらどうしようって。


 もう私は、一歩も前に進めなくなっていた。


 あれこれと、うんうんと考えているうち、ふと私は気がつく、なんの音もしないことに。息を思いっきり吸っても、音が鳴らない。鼓動こどうの音も聞こえない。首をぐるりとまわしてみても、なんの音もかえらない。


 一瞬、頭のなかが真っ白になった。これじゃあ、ジュニアの声が聞けないじゃんって、そう思って。


 それだけじゃなかった。頭が真っ白になっているあいだに、なんの感覚もなくなっていた。匂いもしない、風も感じない、熱いも寒いもない、口のなかの湿しめってるかわいてるもわからない。


 突然、夕方の明るさを感じて、私はおどろいて、顔をあげた。その拍子ひょうしに、首の骨が思いっきり、「ゴキッ」って鳴った。


 部屋のなかには、夕暮れがしこんでいた。


 めまいでもするみたいに、頭がぼんやりしていた。

 なぜか、すごく不思議に感じた、目が見えることを。ああ、寝ぼけてるな、って思って、私はそこで初めて、いつのまにか自分は眠ってしまっていたらしい、ということに気がついた。


 私は勉強机べんきょうづくえしていて、つくえの上は、私のヨダレでべちゃべちゃになっていた。

 いくらなんでもヨダレ出しすぎでしょ、と自分におどろきながらヨダレをティッシュでいて、私はその場に立ちあがった。


 部屋のなかがしんとしているから、ジュニアも気持ちよく寝てるのかな、なんて思って、私はトリカゴに近づいていって、中をのぞきこんだ。


 ジュニアは、トリカゴの底に横たわって、うっすらと目を開けていた。


 なにかおかしいって思って、私は、トリカゴのとびらを開けて、ジュニアに手をのばして、彼女を両手の上に乗せた。


 ジュニアの体はあったかかった。


 だけど、手のひらに意識を集中させると、彼女の体のなかが冷たいのが、わかった。その瞬間、感じた、ジュニアが死んじゃってるって。

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