次の日の朝は、いつもより二時間もはやく起きた。

 その分だけ寝不足なはずなのに、ぜんぜん眠くなくて、いつもより頭がシャッキリしているくらいだった。


 ちょうどその日は日曜日だったから、私は思うぞんぶんインコの名前を考えることができた。だけど、なかなかいい名前が思いつかなくて、その日のあいだ私はずっと、うんうんと頭をひねっていた。

 ごはんのときも私はうわそらで、ほとんどまずに食べてしまったせいなのか、その次の日は、ずっとお腹がゴロゴロしていたっけ。


 晴れた日曜日なのに外に遊びにも行かずに、それも、毎週かならず見ていた好きなテレビ番組のこともすっかり忘れて、私は、その日のほとんどをトリカゴの前ですごした。


 自分の部屋にこもって、トリカゴを置いた勉強机べんきょうづくえに向かって、イスの背もたれをぜんぜん使わないで前のめりにすわって、ときどきインコに話しかけながら、ずっとずっと、まるでトリカゴにおおいかぶさるようにりついて、『どうしよう、はやくしなきゃ』ってあせりながら。


 だけど、その日、私はずっと幸せだった。


 その日まで、楽しいことやうれしいことはたくさんあったけど、そういうのとは違う、『使命しめい』とか、私だけの『役割やくわり』みたいなものを感じた。


 それでいろいろ考えた結果、私は、インコに『野々花ののか』と名づけることにした。


 私とおんなじ、『野々花ののか』。


 なんでそんなことになったかといえば、私はそのころちょうど、外国がいこくでは親子で同じ名前をつけることがあるってテレビで知ったばかりで、それをおもしろいと思って、それに、ちょっとあこがれてもいて、もろにその影響えいきょうを受けたからだった。


 満足まんぞくしてトリカゴから顔をあげてみると、部屋のなかには、いつのまにか夕日がしこんでいた。

 窓に近寄って外をながめると、すっかり日が落ちていて、夕日は頭だけを建物のあいだからのぞかせて、こっちを見つめていた。


 朝から私は「名前をつけなきゃ!」って大騒おおさわぎしていたから、とうぜんママもそのことを知っていて、どんな名前になるか気になっていたみたいで、言葉にはしないけど、ときどき私に『どう?』って顔を向けた。


 そのたび私は、『いま集中してるから話しかけないでっ!』って顔を返したっけ……。……いま考えると、めっちゃひどい話だね……。でも、その日の私は、それくらい真剣だったんだよ。


 それで、名前が決まったときにちょうど夕ごはんができたこともあって、そのせき結果発表けっかはっぴょうすることになった。


 私の発表はっぴょうを聞くと、食卓の向こうがわにすわるママは、おかずのからあげを口に入れて、口をモニャモニャさせながらこう言った。


「いいのぉ? わかりづらいわよ? 『野々花ののか~』って呼んだら、ふたりが振り向いちゃうじゃない」

 ママは、ほんのちょっぴり笑っていた。

 私も、ママと同じようにからあげを口に入れてから、言葉を返した。

「……それなら、あの子のことは『ジュニア』って呼んでよ」

 それを聞いてママは、ちょっぴり笑いをクスクス笑いに変えた。

「でも、あの子、女の子でしょう? ジュニアっていうのはね……パパと男の子の名前が同じときに使うものなのよ?」

「もう、いいの! 家にパパはいないんだし、関係ないよ!」

「……。……ええ、そうね……そうよね……」


 せっかく一生懸命いっしょうけんめい考えた名前に文句を言われた気がして、私は思わず、ママにそんなことを言ってしまった。

 このときの私には、悪気わるぎなんて少しもなかったんだけど、いま振りかえれば、ひどいことを言ったなって思う。

 そしてたぶんいまだって、私はママに、ときどきひどいことを言っちゃってるんだと思う。


 ……なんだかさ、そういうのって、時間がたないとわからないよね。

 なんどもなんども同じことをしているはずなのに。感じても、思っても、そのたびに忘れちゃう。自分はたまに、ひどいことを言っちゃうって、知らないあいだに誰かをきずつけちゃうって、確かに知ってるはずなのに。


 まるで、夜みたい。


 毎日夜になることは知ってるけど、夜の暗さはあんまり覚えておけない。

 だけどそれは、夜だけのことじゃないのかもしれない。


 朝も夕方もおんなじ。


 たまに思うもん。あれ、こんなにはっきりしていたっけ、あれぇ、こんなに赤くてぼんやりしているんだっけぇ、って。

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