夏休みに入ってからというもの、お昼はずっとソーメン続きで、さすがに私は嫌になってしまった。

 いくらママに文句を言っても、「ソーメンは夏にしか食べられないから」っていうなぞわけばかりで、まともにとりあってくれない。


 夏はいつもこうだ。夏のなかでも、とくに暑い日が続くと、お昼はソーメンばっかりになる。いままでずっと我慢がまんしてきたけど、今年はそれが爆発ばくはつした。


 そういうわけで私は、冷やし中華を食べるために、昼まえに家を飛びだした。ママもさそってみたんだけど、ママはもうダメらしかった。


 ママは「暑くて、ママはもうダメ。あなただけでも食べてきて。でもね、気をつけて行くのよ。今日のおとめは、ものすごーく運勢うんせい悪いらしいわよ?」って言って、私に昼食代を渡してくれた。


 ホントはクルマでつれていってほしかったんだけど、しょうがないよね。昼食代がもらえたのは、ラッキーでうれしかったしさ。

 いちおう私のワガママだし、めてたおこづかいを使おうと思ってたから、けっこううれしかった。


 ママは最近、完全に夏バテみたい。


 そもそもママは暑いのが苦手で、それにエアコンのクーラーも苦手だから、夏になるとよく調子を悪くしてる。

 あんまりエアコンにあたってると、すぐにのどが痛くなって風邪かぜをひいちゃうらしくて、どんなに暑い日でも扇風機せんぷうきだけで我慢がまんしていた。


 私はべつにそんなこともなくて、エアコンの風をどんなにびてもへっちゃらだから、おんなじ家にいるのに、私とママは大違いだった。

 片方は昼寝でエアコンをさげすぎて、寝冷えしてガタガタふるえてるのに、片方はめっちゃ汗をダラダラかいてる、みたいな。


 ママはふだん、あんまり嫌味なことは言わないんだけど、夏だけは、「……いいわね……エアコンの使える人は……」ってうらめしそうに私に言う。それもけっこうちょくちょく言ってる。

 私はエアコンの使えない人の気持ちがわかんないけど、すずしい顔して、「そうかもー」って返してる。

 私の肌はちょっぴりだけ、ママのより頑丈がんじょうなのかも。


 そんなわけで、夏のうちの日がのぼってるあいだは、ママはママじゃないみたいになる。

 別人のそっくりさんみたいで『ママ二号』って感じだし、ふにゃふにゃでいつもよりだらーっとしてるから、『ママもどき』って感じ。

 夏だけのママだから『夏ママ』だね。夏限定なつげんていなんて、冷やし中華みたい。


 そういえば私は昔から、冷やし中華はなんで『冷やし中華』って名前なんだろう、って不思議に思っていた。どうして『冷やしラーメン』じゃないのってすごく不思議で、『冷やし中華』呼びが納得なっとくできなかった。


 けどそれが、このあいだ解決した。


 たしか……二週間くらいまえだったかな、夕ごはんのあと、なんかおもしろいのやってないかなーと思って、テレビのリモコンをポチポチ押していたら、日本のいろんな地域ちいきの紹介をする番組をしていて、私はなんとなく、それをぼんやりながめた。


 その番組は食べ物の紹介が多くて、お腹いっぱいで眠かったのもあって、私はそんなに真剣に見てなかった。

 お腹がへってるときだったら、前のめりで見ちゃうと思うけど、その日は部活でがんばりすぎたせいか、人生でベストスリーに入るくらい夕ごはんを食べすぎていたから、大盛おおもりの映像とかが流れると、顔がかってに『う、うえぇ~』って感じの変顔になったし、自然とそっぽを向いちゃうくらいだった。


 そんなふうなら見なきゃいいって感じだけど、ほかの番組は、人が殺されちゃったってニュースとか、エッチなシーンのあるドラマとか、ダイエット番組とか、そこら辺にいそうな嫌な人に、ほかの誰かが仕返しをするストーリーを見て、それをみんなで笑うみたいなお笑い番組とか、そんなのばっかりであんまりおもしろくなかった。


 かといって私は、家がしーんと静かなのはちょっと嫌で、あんまり長くえられない人だから、『う、うえぇ~』ってなりながらも、その地域ちいきの紹介番組を見つづけた。


 で、そのうち眠くなってきて、目をつむってウトウトしちゃってたんだけど、聞こえてきた言葉にぎょっとして、私はいっきに目が覚めた。めっちゃあれだった、めっちゃ寝耳に水だった。

 だってさ、私はそれを聞いて、突然耳のそばで、思いっきり『うわあー!!』って叫ばれるくらいおどろいたもん。


 その言葉っていうのが、『冷やしラーメン』だった。


 前のめりになってテレビのなかの人の話を聞いてみると、東北のほうでは夏になると、『冷やしラーメン』を食べるらしいことがわかった。


 そのときの私はまだ、それは冷やし中華のことなんだと思っていた。

 名前だけ違うんだって、やっぱそう呼ぶほうがしっくりくるよねーくらいに、かるく考えていた。お腹がいっぱいでちょっと油断ゆだんしてたんだと思う。


 冷やしラーメンは冷やし中華のことじゃなくて、そのまんま『冷やしラーメン』だった。


 『普通のラーメン』を冷やしたやつだった。


 普通ってのは、メンマとかチャーシューとかレンゲとか、バラバラのネギとかブヨブヨのノリとか、なぜかはんぶんこのゆでタマゴとか、じっと見てると目がまわりそうになるカマボコとかが入ってるやつね。あの、とにかく熱いやつ。


 あれを冷やしたなら、そりゃあ『冷やしラーメン』だよね。私はめっちゃ納得なっとくした。ちょっと感動までしちゃった。冷やしラーメンはちゃんとあったんだって! それなら、それは冷やし中華と名前を分けるよねって!


 で、その次の日、私はさっそく冷やしラーメンを食べてみることにした。

 さすがに東北までは行けないから、即席そくせきラーメンで『冷やしラーメンもどき』をつくってみようってね。


 その日はまだ夏休みに入るまえだったけど、土曜日で学校が休みだったから、三時のおやつにそれをつくって食べることにしたの。

 お昼はやっぱりソーメンだった。

 いくら即席そくせきラーメンが好きでも、メンが続くのはなんか違う気がするから、いつもの私なら違うものをおやつにしてたと思う。だけど、このときの私には関係なかった。

 もうラーメンのことしか頭になかった。


 だけどぜんぜんダメだった。


 私のつくり方が悪かったのか、そもそも普通の人じゃ冷やしラーメンはつくれないのかわからないけど、私のつくった『冷やしラーメンもどき』は、……ひと口食べただけで吐きそうになるほどマズかった……。


 んでると口から出したくなるし……、みこもうとしても、どうしても「……オェッ……」ってなってみこめない……。……私はその最初のひと口を、……我慢がまんできずにティッシュに出しちゃった……。


 でも、せっかく自分でつくったんだし、それにもったいないから、ちゃんとぜんぶ食べようと思ったんだけど、……なんどチャレンジしてもやっぱり「……オェッ……」ってなって、それで私はあきらめて、ママに見つからないようにこっそり、『冷やしラーメンもどき』を新聞紙でつつんでゴミ箱にてちゃった……。

 ……きっと、いつものママだったなら、ぜったいに見つかってたし、めっちゃおこられてたと思う……。


 そんなことがあったから、冷やしラーメンがちょっとだけトラウマになった。でも、いつか冷やしラーメンを食べてみたいな。

 いつか大人になって、仕事をしてお金をためて、それで東北まで行って、本物の冷やしラーメンを食べたいなって思う。それが、私のひそかな夢だった。


 それはいいとして、今年はなんだか、冷やし中華をまえよりもっとおいしく食べられそうな気がしていた。

 だって、冷やしラーメンのことを知るまでは、『なんで冷やし中華なんだろ……』って思いながら食べてたからね。そのモヤモヤがない分、まえよりはおいしく感じるはずだって、私は思っていた。


 そういうわけで私は、今日のお昼を冷やし中華にしようと思って、そして、それがちょっぴり楽しみだった。

 あの番組を見てから、初めて食べる冷やし中華だったしね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る