この坂は長い一本道で、坂の下から見上げる坂の終わりは、世界のてみたいに感じて、のぼりはじめのときはいつも、歩いても歩いても終わりがないような気がしてしまう。


 だけど、じっさいにはそんなことない。歩いていればかならずゴールできる。でも長いことはたしか。めっちゃ長い。たぶんこの街でいちばん長い道だと思う。たぶんだけど。


 私が住むこの街は、高いところと低いところの差が大きくて、やたらと坂道や階段が多い。基本ななめった街なんだね。

 だからこの街の人たちはみんな、足腰がしっかりしている、気がする。たぶんスモウでたたかったなら、日本一はとれないまでも、けっこういいところまでいくんじゃないかと思う。


 じっさいに街対抗たいこうで、スモウの全国大会とかすればいいのに、なんて私は思った。そうすればきっと楽しいし、もっと世界が平和になるような、気がする。たぶんだけど。


 そんな想像をしていたせいか、いつのまにか、私の歩き方はすり足っぽくなっていて、少し腰が落ちていた。自分の単純さにちょっとビックリしながら、私は、背筋をピンとのばして、坂道の向こうを見ようとした。

 だけど、ちょうど道の終わりに夕日が重なっていて、道の終わりが光にかき消されていた。


 終わりが消えたなら近くに感じそうなもんだけど、じっさいには、いつもより道が長くなったように感じた。家に帰るためには、一週間どころじゃなく、もっと長いあいだ歩きつづけなきゃいけないって感じ。


 なんだか、歩けば歩くほど光が遠のいていく気がした。永遠えいえんに歩いたって、光の向こうには行けないんじゃないかって思えてくる。


 いろいろ考えるうち、私はふと気がついた。それはそうかって。夕日は、じっさいに一秒ごとに沈んでいるんだから、光が遠のくように感じるのはあたりまえだって。


 それでも、目に映る光景はものすごく神秘的しんぴてきで、なんだか、夕日そのものに向かって歩いているみたいで、ほんとうに世界のてを目指しているような気持ちになった。


「……うわぁ……めっちゃマブい」


 キレイなのはいいけど、やっぱり地味にマブい。いくら沈みかけでも、太陽は太陽だね。じっと見ていると目がじんわり痛くなる。どんなにキレイでも、ずっとは見ていられない。

 そっぽを向いたり、地面を見ながら歩いたりして、マブいのをごまかしながら進むしかない。いまは学校帰りじゃないからシタジキも持ってないし。


 頭の上でなにか動いたような気がして、私は、片手でマブいのをガードしながら顔をあげた。


 道の上にかかる電線に、一匹のカラスがとまっていた。


 カラスはちょうど夕日を背にしていて、れたようにれるオレンジに、真っ黒な体がえていた。まるで、舞台ぶたいでスポットライトをびているみたい。『主役』って感じ。


 それをちょっとだけ、うらやましく思った。


 最近の私はなんだかちょっぴりなまけてて、脇役わきやくって感じですらなくて、なんか、『お客さん』って感じだから。

 時間や季節が過ぎたり、みんなががんばったり楽しそうなのを、ただながめてるみたいっていうかさ。

 自分のことさえ、ほかの人のことに感じちゃう、みたいな。あれかもね、やっぱホントに夏バテなのかも……。


 私はなにげなく、後ろを振りかえってみた。


 思っていたよりも坂をのぼっていて、少しだけおどろいた。なんだか、あのときみたいな感覚があった。ママのクルマでウトウトしていて、顔をあげてみると、いつのまにか家に着いていたときのやつ。


 時間はその分ちゃんと進んでいて、おかしなことなんて少しもないのに、ワープしたみたいな感覚があって、世界にだまされたみたいな、ちょっぴりそんしたみたいな、そういう、よくわからないやつ。


 のぼってきた坂道は夕日に染まってはいたけど、なんだかパッとしなくて、色が抜け落ちているみたいな感じだった。


 充分じゅうぶん明るいはずなのに、なんだか真夜中みたいな暗さを感じる。それから、景色が止まっているようにも。

 まあ、ここは森とかじゃないから、景色が止まってるのはあたりまえのことなんだけど……、目に映る光景が不思議に思えてしかたなかった。なんかあれに近いものを感じる。


 ダルマさんが転んだ。


 自分が鬼役おにやくで、ほかのみんなを見ているような、そんな感じ。じっとその景色を見るうち、私の頭のなかに、昔の写真や映像のイメージが浮かんできた。


 昔の写真とか映像って、なんだか止まってるような気がしない?


 写真はもとから動かないわけだけどさ、でも、最近られた写真よりも、昔の写真のほうがずっと、止まっているように感じるんだよね。


 映像のほうもさ、いまのよりも、止まっているように見える。おかしなこと言ってるってわかってるけど……、動きながら止まってる、みたいな感じかな。


 私の後ろには、そんな光景がずっと続いていて、それはもちろん、私のすぐ近くにも迫っていた。それで少しだけ怖くなった。もたもたしてたら、止まった景色に追いつかれて、私もその一部になっちゃうような気がして。


 私は、また前に向きなおって歩きだした。だけど、なんだか後ろの景色に見られているみたいで、ちょっと『や』な感じがする。


 カラスのそばに来たとき、私は立ちどまって顔をあげた。


「いいねぇカラスさん。夕日をひとりじめだ」


 カラスのことをよく見てみると、クチバシの先にクルミをくわえているのがわかった。たぶん、からりたくてクルマを待ってるんだろうね。


 だけど、この道はあまりクルマが通らない。


 けっこう広い道路だけど、クルマと人の通るところが分かれているわけじゃないし、そもそも白い線がひかれているわけでもないから、どちらかというと人用の道路なのかもしれない。


 クルマが通って悪いわけじゃないんだけど、いるときはけっこう人がいっぱいだし、それも堂々どうどうと道のまんなかを歩くし、近所のちっちゃな子たちが遊んでたりするから、クルマは通りづらいのかも。


 たまに通るクルマの、運転している人の顔を見てみると、ちょっぴり後ろめたそうな感じだしね。


 それに……近所のおばさんたちなんかは、通るクルマをギロッとにらんだりするし……、……ここはクルマにやさしくない道なのかもね……。


 そんなわけだから、街の人たちはみんな、クルマでこのあたりを通るときには、路地裏ろじうらを使うことが多い。


 路地裏ろじうらは、せまくて曲がりくねった道ばかりで、かなり通りづらそうなんだけど、けっこうクルマが通ってる。

 こっちでは逆に、人があんまり通らないし、人が気を使ってクルマに道をゆずることが多い。……なんか、人とクルマの通るところが、あべこべって感じだよね。


 だから私は、ひそかにこのあたりのことを『あべこべまち』って呼んでいた。

 そんでこの坂のことは『あべこべざか』ってね。


 じっさいには、道をさかいにしてふたつの町があって、もちろんその両方にちゃんとした名前がついてて、それにこの道だって、『県道けんどううにゃにゃにゃ番』ってホントの名前がある。


 ……うにゃにゃにゃのところはド忘れしちゃったけど……数字が三つ並んでるのだけはたしか。……それに、ゾロ目じゃないのもたしか。……あと、7と8と9が入ってないのもたしか。

 ……やっぱり思いだせない……、頭のなかで、なんどか三つのサイコロを転がしてみるけど、ぜんぜんピンとこない。


 まあでもとりあえず、私には、その『県道けんどううにゃにゃにゃ番』よりも、『あべこべざか』のほうがしっくりくるくらいで、町の名前のほうだって、現実のふたつの名前より、『あべこべまち』のほうがなじむし、リアルに感じる。


 私がかってに切りとって、かってに名前をつけてるだけの、どこにもない町で、どこにもない坂だけど、私にとって、それは確かに存在していた。

 ホントのところは頭のなかだけで考えてることだけど、それがちょっと外にれてる、みたいな感じだね。


 私はこの話を、まだ誰にもしたことがない。ママにも友だちにも。


 なんだか笑われそうな気がして。


 だから、『あべこべまち』も『あべこべざか』も、私だけのヒミツの町で、私だけのヒミツの坂道。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る