第46話:大団円

――翌朝


 昨日散々騒ぎ散らかした人々がのそのそと起き上がり、帰り支度を始める。

 巨神タイタンの肩の上で爆睡していたヴァネッサがふと目を覚まし、毛布が掛けられていることに気付いた。

 すやすやと眠るエルクの頬を撫で、思い切り伸びをすると。


「起きたか。二人してこんなところで、風邪引くぞ」


「あら、ヘクトル。二日酔いは大丈夫ですの?」


「ひどい有様だよ。この後船で帰るのが怖い」


 王子は少し苦い顔で、お湯を啜っていた。

 そして朝焼けを眩しそうに見ると、なんとなく話し出す。

 

「……一応聞いておきたいんだが」


「なんですの?」


「王国に帰るか? こんな手柄だ。身分だって元に戻せる」


 彼なりの、別れの言葉。

 初恋の幼なじみが、もう二度と戻ってこないことは知っていて。

 それでも彼は、最後に彼女自身の口から聞きたくて。

 コップを持つ手がわずかに震えると、ヴァネッサは首を横に振り、期待通りの言葉を返した。


「嫌ですの。でも、感謝しますわ」


「そう……そうだよな」


 何度も頷いたヘクトルは、穏やかに微笑む。

 そして一度エルクに目線をやって、羨ましそうに目を細めて。

 決心した風に立ち上がると、背中を向けた。


「さよなら、元気でいろよ。ヴァネッサ」


「えぇ、お元気で。ヘクトル」


 彼が巨神タイタンから飛び降りると、どこ行っていたのかと走り寄る双子のエルフ。

 相変わらずベタベタと張り付かれている彼が少し面白くて、彼女は聞いた。


「正妻はどっちか決めるんですのよね? それとも毎日交代ですの?」


「う、うるさいぞ!!」


 頬を赤らめた王子は、双子を連れて。

 祖国に帰る皆を率いに、力強く駆け出していった。


「んぅ……ま、まさかヴァネッサのほうが早く起きるなんて……」


「たまにはそんなこともありましてよ」


 起きたエルクがびっくりしたように毛布を持ち上げ、誰が掛けたんだろうと首を傾げる。

 しみじみと何処かを見る彼女に見惚れて、一緒に巨神タイタンの肩から降りて。

 帰りの馬車に乗りこむ兵士たちを眺めながら、自分たちの番を待っていると。


「ヴァネッサちゃああああああああがふっ」


 急に飛び込んできた国王の腹を、エルクがぶん殴った。


「あっ、すみません国王陛下。魔獣かなにかかと」


「少年……!! もう少し礼儀というものを……」


「いきなり襲いかかってきたほうが悪いですわ。エルクはわたくしを護っただけですし」


 すっとぼけた彼とケラケラと笑う彼女の前で咳き込んだアルゲニブは、やれやれと息を整えると。

 実に晴れやかな顔で、手を広げた。


「ありがとう、ふたりとも。朕の国を救ってくれて」


「どういたしまして。ヘクトル達にも、お礼を言っておくんですのよ?」


「馬鹿デカい借りができたからな……王宮の献立が当面は貧相になる。我が国の財政からすれば微々たる被害額で収まったのは、間違いなく貴殿らのお陰だけれども」


 ヴァネッサの返答に首をすくめた国王は軽く返して。

 エルクの方をちらっと見ると、言葉を続けた。


「どうだ少年。朕の近衛兵とか空いてるぞ」


「えっ!? いや、それは光栄ですが……」


 実力を見込んでの誘いに、彼はワタワタと手を振って。

 助けを求めるようにヴァネッサの方を見ると、彼女が口を開くよりも先に。

 アルゲニブは冗談だと微笑んだ。


「冗談だ。貴殿らの事業の話は、マルカブから聞いているからな。此度の手柄と、商売を大きく育ててくれることを期待して、爵位と領地を授けるつもりだ。家名は……村から取ってアディル家あたりかな?」


「……爵位までは流石に。それにあの村は母さんが村長ですし、貰うってのもよく分からないんですが」


「少年……お前の母親は、”マルカブの領地の”アディル村の村長だ。要は、アディル村を切り取って、貴殿とヴァネッサちゃんにあげるってことなんだが、意味分かるか?」


「うーん、でも……」


 自分の地元を好きに使っていいとの誘いに、あまりピンときていないエルクは断ろうとして。

 ただ、隣のヴァネッサは笑って、彼の口をふさいだ。


「国王からの受勲を断るってことは、この国を出るってことと同じ意味ですわよ。大人しく受け取りましょ。村の経営については、わたくしとライラさんでやりますわ」


「……それなら、ありがたく貰っておきます」


 そして二人がアルゲニブに頭を下げると、国王は嬉しそうに満面の笑みを浮かべて。


「ようこそ、我がエリトリアへ。我が臣下として、大いに歓迎させてもらおう!」


 大きく手を広げると、二人を揃って抱きしめた。


――


 受勲式の予定やら何やらを知らされ、とりあえず王都まで戻るように指示された所。

 エルフと鬼とヘクトルたちが皆、誇らしげに去っていく。

 そんな中ぽつんと一人、いつまでも彼らに手を振っている美女。

 彼女はすやすやと眠る眷属三銃士を片手で抱えて、段々遠ざかっていく馬車に段々と泣き出しそうな顔をしていた。


「アウローラ?」


「はい……」


「貴女が、このエリトリアを縄張りだって言っていた理由は、彼らのためだったんですわねぇ」


「……そうです。フォティアを倒して、あの方々に帰ってきてもらいたかったのですが」


 ヴァネッサがぽんぽんと彼女の背中を叩き、昨夜の祝勝会で、ずっとタルヴォやテンキたちと楽しそうに話していたなと思い返す。

 しかし、皆新しい家に帰ってしまって。それが寂しくて、こんなに悲しそうな顔をしているのかなと慰めようとした。


「新天地が決まっただけ、いいことですわ。それに、貴女から会いに行けばいいんじゃないですの?」


「遊びに来るとは言ってくれましたが、最後の脱皮を終えた以上もう私から行くことはできないので……」


「んぇ?」


「大人の龍がお母様の縄張りに入れば、問答無用で食い殺されます。私が言うのもなんですが、お母様はフォティア以上に話が通じない上に、果てしなく強いので」


 あー、なるほど。そんなに凶暴な虹龍を、ご先祖様は良く手懐けたなぁ。と、ヴァネッサは引き攣った愛想笑いを返す。

 ただ、今思えば誰のせいでいきなり古炎龍の封印が破られたのか、と思い出して、彼女は口をとがらせた。


「わたくしたちからしたら、貴女も大概でしたのよ?」


「ほ、本気じゃないんですよ? 脱皮が近づいて、全身が痒くてイライラしてしまって……フォティアとは脱皮が終わってから戦おうと思っていたのに……」


 おどおどと恥ずかしそうに言い訳するアウローラに、ヴァネッサは目を点にした。

 結局半分くらいはドラゴンとしての本能なんだろうけれど、最後のきっかけが痒かったからとは流石に驚きを隠せず。


「……そんな理由であの古炎龍を挑発したとは、永遠に黙っていることをオススメしますの……」


 ため息とともに、へなへなと座り込んだ。


「すみません。ヴァネッサもどうかご内密に……」


「言えるわけねーですの。って、これから貴女はどうしますの? また働いてくれるなら大歓迎ですけれど」


 申し訳無さそうに言ってくるアウローラに愕然としたまま、なんとか話題を切り替える。

 とりあえず結界術士としていてくれるならありがたいなぁと聞いてみると、彼女はぱあっと笑顔を浮かべて、ヴァネッサに抱きついた。


「お言葉に甘えて! エルクさんのお料理も食べたいですし、いつか、色んなものを食べに行こうかなと」


 色んなもの、に何が入っているかまでは置いておいて。

 この戦いに嫌々ながら協力してくれた魔獣たちの身の安全を心配しつつ。

 ヴァネッサは笑い返して、抱き返した。


「なら、お金貯めないとですわね!」


「えぇ! ところで、エルクさんは?」


 そしてきゃっきゃと抱き合っていると、アウローラがふと尋ねる。

 あれどこ行ってるんだっけ? と思い返したヴァネッサが、後ろを振り返って指をさすと。


「あぁ、さっきお手洗いに……!?」


「いや、その、ヴァネッサ。この子飼ってもいいですか……?」


 トイレに行ったついでに、戻ってきたのを見つけてしまったと。

 エルクの横で巨大な身体を凛とした、キンググリフォンが居た。


「グリちゃん!? 戻ってきたんですの!?」


”ヴァネッサ、俺の、ご主人”


「う、嬉しいですが……か、飼えるかしら……?」


 結局馬車を断った一同は、グリちゃんの背に乗って王都まで帰ることにした。

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