第19話:新たな出発

「なかなか目覚めないな」


「まぁアレだけの魔獣を使役テイムした訳ですから。もうしばらく寝かせておいても」


「ツノマルリヴァイアサンに……あと何匹だ? 海の魔獣共が人間を救うなど、初めて見たぞ」


「彼女は天才だって言ったでしょうに。お兄さんにも満足行く報告ができるのでは?」


「あぁ。古炎龍はこの国最大の厄介事だからな。得体も知れない少女に任せるのは不安だが……」


 ぼやっとした曖昧な意識の外から聞こえる、二人の男の声。

 丸一日寝ていたヴァネッサが目を開けた。


「お、ヴァネッサちゃん。君の恋人を起こしてきますね。さっきまでずっと手を握ってましたよ」


 所長がすぐに気づいて、くすくすと笑う。

 隣の部屋にベッドを用意されて、寝ているエルクを起こしてこようと部屋を出ると。

 やたら爽やかな顔をした、蜂蜜色の髪の男が話しかけた。


「ふむ。起きたようだな」


「あ、試験官の方でしたの。結果はいかがでしたか?」


 声で試験官だと気づいたヴァネッサ。

 とりあえず試験の結果を聞くと、彼はやれやれとため息をついた。


「文句はない。いずれ、本部からの仕事を手配する。それまではこの村で働くが良い」


「! ありがとうございますわ!」


 ぐっと拳を握り、笑顔を向けたヴァネッサに。

 彼は彼女の手を取って握手をして、言葉を続けた。


「それと、組合ギルドの一員となったからには名乗っておこう。私は操者互助組合テイマーズギルド代表の、マルカブ・アルフェラッツ・オブ・エリトリア。このエリトリアの、第二王子だ」


「ふぁっ!」


 その言葉に驚いて、彼女は慌てて飛び起きようとする。

 他国とは言え、自分より高い身分の者に失礼があってはいけないと。

 そう、骨の髄まで叩き込まれている元公爵を、彼はベッドに押し付けて。


「無理をせず、今は休め。これからの貴殿の活躍と貢献を、心より期待する」


 よかった。集中していたからか、情けない悲鳴を聞かれていなかった。と安堵しつつ。

 穏やかに笑って会員証である純金のバッヂを静かに置くと、静かに立ち去った。

 

――


「ヴァネッサ! 起きたんですか!?」


「エルクったら、そんなに心配しなくても」


「しますよ! もう!」


 起きてきたエルクが飛びついてきて、彼女の胸に顔を埋めた。

 よしよしとその頭を撫でながら、後から入ってきた所長に顔を向ける。


「おや、試験官殿は帰りましたか。バッヂも貰ったようですし、一週間くらい休んでから仕事にしましょう」


「あら? そんなに休んでいいんですの?」


「まぁ君ほどの天才に潰れられては困りますからね。少ないですが、支度金も出しますよ」


 所長もホッとしたような顔をして、ヴァネッサに休むように告げる。

 そして銀貨の入った袋を渡すと、美味しいものでも食べなさいと言った。

 しかし彼女は少し考えて、この資金があればと頭を回す。


「……じゃあ、ちょっと温めていた事業計画があるのですが、その準備をしても?」


 支配の笛を使いこなせたら、最初にやろうと思っていた簡単な事業が一つ。

 その準備にちょうどいいなとニヤリと笑った。


「ん? まぁいいとは思いますよ。リヴァイアサンウォッチングもありますし、操者テイマーの負担が少ないものだと助かりますが」


「全く負担はないと思いますわ。本当に」


「??? ま、まぁ。仕事を自分で作るのは良いことです。期待しておきましょう」


 では、恋人同士ごゆっくり。

 そう言い残して、所長も去っていった。


「……ところでエルク」


 しばらく、二人でぎゅっと抱き合っていたところで。

 ヴァネッサは一つ思い出したことがあって、彼に聞く。


「はい?」


「貴方もしかして、胸が大きい女の子なら誰でもいいとか、ありませんわよね?」


 今もこう、わたくしの胸に食らいついてますし。と言うと、彼は慌てて飛び退いて。

 いやいやいやいやと否定する。


「ぶふっ!! そ、そんなことはないですよ!?」


「…………ならいいのですけれど」


「何でいきなりそんな事聞くんですか!?」


 本当かしら? と若干彼女は訝しむような視線を浴びせて。

 顔を赤くして、照れ隠しのように怒る彼に告げた。


「いや、これからアウローラさんも一緒に住むので」


「…………」


 アウローラが人間として、厄介になりたいと言っていたと。

 エルクの料理を楽しみにしていたと。

 そう話すと彼は、てれてれとそっぽを向いて無言になった。


「あああああああああ!! やっぱりいぃぃぃぃぃぃい!!!」


 こいつッ!! やっぱり、すりすりされて喜んでいやがったな!!

 なんて、あの夜忘れようとした嫉妬心が蘇る。

 思い切り叫び声を上げると、彼はわたわたと手を振って。

 汗をダラダラと流して否定した。


「ち、違います!! 僕が好きなのは!」


「ん~~~?」


「……ヴァネッサだけです」


 そして、なじるような視線を投げつける彼女に覚悟を決めて。

 精一杯の勇気を出して、告白すると。


「ヴァネッサはどうなんですか!! さっきは王子様みたいなのと、二人きりで話をしてたでしょ!!」


「うぐっ」


 今度はお返しとばかりに噛みついて、噛みつかれた彼女が頬を真っ赤に染めた。


「ま、まぁわたくしも? エルクの事は? 大好きですし?」


 かぁっと熱を帯びた頬に手を当てて。

 改めて言葉にすると、本当に恥ずかしい。

 彼の顔を見ることが出来なくて視線を外すと、不意打ちのように抱きしめられた。


「……この際言いますけど。ヴァネッサがたとえヘクトル殿下に嫁いでも、一生護衛しようと思っていました」


 耳元で、彼の唇が動く。

 熱い息とともに、彼の情熱が伝わってくる。


「だから、少なくとも僕は貴女の事を。絶対に見放したりはしません」


 放っておけばなんでも抱え込んでしまう、強い貴女を。

 そう言われて、彼女の心臓が高鳴って。


「エルク……」


 ヴァネッサは目を閉じ、彼の名前を呼ぶと。

 その陶器のような白い手で彼の頬を撫で、口吻くちづけを交わした。

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