第15話:龍の恩返し

 それから数日。

 ヴァネッサは連日、操者互助組合テイマーズギルドに話を聞きに行っていた。

 この辺の海域の魔獣の生態や特徴を詳しく調べ上げ、どこでどういう魔獣を使役できるのかを頭に叩き込む。

 あとは実践で試験をして、十分に働けると認められれば晴れて正規会員となれるのだが。


「ありがとうございますわ所長。これで試験に挑んでみますの!!」


「いいよいいよヴァネッサちゃん。君みたいな可愛い子が入ってくれると助かるからねぇ。試験の前に浜辺に行って、小さな魔獣で練習を……」


 初老の所長も、熱心な新人が来たことに喜んでいたところで。

 コンコンとドアが叩かれた。


「誰だろう? どうぞ」


「失礼いたします。ヴァネッサという方が、こちらに居ると聞いてきたのですが」


 名前を呼ばれて、彼女はそちらを振り向くと。

 陽光を反射してきらきらと虹色に輝く白い髪で、海のように深い青の瞳の。

 やたらと開放的な水着みたいな服装をした、なにもかもが大きな若い美女と。

 彼女の脇に抱えられてぐったりしたエルクがいた。


「エルク? え、貴女誰ですの?」


「ああ、申し遅れました。私はアウローラといいます。お忙しいところに押しかけてすみません」


 きょとんとした顔で、ヴァネッサが彼女を見ていると。


「急用かな? 今日の講習は終わりにしようか。明日も待っているよ」


 所長はそう言って、授業を打ち切った。


――


 ヴァネッサはアウローラを連れて、アウローラはエルクを担いだまま。

 家に戻って彼をベッドに寝かせると、大きな彼女が深々と頭を下げた。


「先程はすみません。この人間にも悪いことをしました。慌てていたもので」


 何されたんだろう。と首を傾げつつ。

 ん? 人間? とヴァネッサは彼女の言葉に違和感を覚えた。


「え、えぇ。それで、なんの御用ですの?」


「先日、妹を救っていただいたと。こう……スイカくらいの大きさの丸い子供なのですが」


 そう言って、円を描くようなジェスチャーをする。

 胸もそれくらいだな。と下世話なことを思いつつ、ヴァネッサにはそれくらいの子供に心当たりがあった。

 とはいっても、人間の子供ではない。


「……まさか」


 ツノマリちゃん? 妹? と目が点になった彼女に、アウローラは言った。


「あぁ、人間は我々が擬態できることを知らないのでしたね。では失礼して」


 置いていかれているヴァネッサの事を気にもせず。

 彼女は背中を向けると、その白く美しい肌が輝いて。

 ゴツゴツとした立派な背びれが生えてきた。


「うぉえぇぇぇぇ!?」


「ああ、人間はこういう反応をするのですか。勉強になります」


「って、貴女がツノマリちゃんのお姉さんですの?」


「……人間からツノマリちゃん、と呼ばれているものは私をモデルにしたものですが。まぁそういうことですね」


 たまたま食事を見られたもので。と照れくさそうに頬を掻く。

 そんな彼女に、ヴァネッサは畏まって咳払いして、思い切りへりくだった。


「おっほん……それで、ご要件は何でございましょうか」


「妹から聞きましたが、姿を現してほしいと。それで逢いに来たのです」


「いやそれはなんというか……」


 魔獣操者の試験を手伝って欲しい。

 何日かして支配の笛を吹くので、その時一瞬でいいから来てくれと。

 そう頼んだのだが、幼いツノマリちゃんはちゃんと伝言できていなかったようだ。

 恐る恐るその話をすると、アウローラは目を丸くして。


「まぁ! なるほど。そのようなことでしたか。とんだ勘違いを」


「いえいえですの。こちらこそ言葉が足りずに申し訳ありませんわ」


「構いません。では、私はそれまで……うっ」


 素直に海に帰ろうとしたが、急に腹を抑えてうずくまる。

 ぐぎゅるるるるるるる……と爆音がして、そのままぱたりと倒れ込んだ。


「うぅぅ……できれば、なにか食べられるものを……」


「お腹空いてますの? よろしければ夕食を用意しますわ」


 お願いします。と小さく呟いた彼女を抱き上げたヴァネッサ。

 ふとベッドの上のエルクを見ると、彼はもう起き上がっていて。


「聞いてました。まぁ、はい。わかりましたよ。食事の用意でしょ?」


 とりあえずかまどに火を付けて、料理を始めた。


「人間の料理、食べたことがなかったので楽しみです」


 お金というものを持っていないので。

 そう目を輝かせるアウローラの胸元と、服装を見て。


「ビーチで適当に男引っ掛ければ、いくらでも奢ってくれたんじゃないですの?」


「男? 引っ掛ける?」


 ヴァネッサが言うと、彼女は本当に不思議そうな顔をした。


「ヴァネッサ!! そんなこと教えるもんじゃないでしょうが!!」


「あはは……忘れてくださいまし~」


 すかざずエルクに怒鳴られたのを笑ってごまかして、彼の料理を待つ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る