フライパン買ったら「錯覚」最強がバレた~自主追放後久しぶりに地上に出たら美少女勇者とダンジョン攻略することになってしまった。こいつ不法侵入者ですぅ!~

紙村 滝

第1話 『錯覚』最強です。外れスキルって何?

 ──5年前、ボナパルト王国王都郊外


「父上、来週は私も国王との会食に招かれているのですか?」

「ああ。プライベートのお誘いだということだ。くれぐれも無礼な真似をするなよ」

「昇進の件ですか?!」

「かもしれんな」


 目の前の扉の奥からもれた声に俺は深くため息をついた。

(そうやって媚びへつらっていればいいさ。俺はごめんだね!)


「家族全員での出席を望まれているとのことだ」

「ということはあの無能もですか……」

「いやあいつはこの家のものではないと申し上げるつもりだ」


(こっちから願い下げだ。こんな父親となんてな。なぁんでこの人の子供なんだろなぁ。親間違えたわ)

 漏れてくる嬉しそうな雰囲気に顔をしかめながら扉をノックした。少しだけノックが強いのはご愛敬あいきょうだ。


 国王との会食といってもどうせ次の戦争の計画建てのために呼ばれただけだろう。軍務大臣である父親の昇進ならまだしも、ただの騎士団隊長でしかない兄の昇進を国王から言い渡されないことは明らかなのに信じて疑わないあたり兄もたいがい能がないかもしれない。


 なんにせよ、もう俺には関係のない話だ。


 話し込んでいたのか数回ノックしてようやく返事が返ってきた。


「誰だ」

「俺だ。父さん」

「お前と話す暇はない。帰れ」


 扉の向こうから放たれた冷たい口調に顔が引きつるのを何とか我慢し、再び口を開いた。


「俺はこの家を出ていく」


 俺の突然の宣言に息をのむ音が聞こえたかと思うと地響きのような足音と共に扉が開かれる。


「何ふざけたことを言っている!」

「なんだよ。自分の子に情が移ってんの?」

「お前に指図する権限はない! 父親をなんだと思っている!ただ生まれただけの力も権力もない奴に発言権はない!」


 怒りで顔を烈火のごとく赤く染め、唾をまき散らしながらありがたい説教をし始めた父親を見て、


(プライドが許さないだけじゃねーか。みっともない大人だよ、ほんと)


 などと失笑が漏れそうになるのを何とか抑える。


 そもそも俺はこの家での地位は一番低い。軍務大臣としてそれなりの金をかけて作られた邸宅にメイドたちや門番よりも立場が下の俺の部屋はない。離れにあるとかでもなく本当に敷地内に存在しないのだ。


 ほぼ他人同然のような生活を強いられていたにもかかわらず一日一回は呼び出され貴族のマナーがなっていないだの性格が陰気だのと説教される日々を送ってきたら誰しもが早くこの家を出て自由に暮らしたいと思うに違いない。


 俺はただその当然の気持ちに素直に従っただけである。


「アハハハハ! 何を言い出すのかと思ったら出ていくってか! 大きく出たなぁダンテ! さっさと死ぬのが役目だってよくわかったな! いいぞ! そのまま野たれ死ね!」


 部屋の奥で汚い声で爆笑する兄のルイ。


 普通の貴族の坊ちゃんなら一人で飛び出したところで食事にもありつけず2,3か月で野たれ死にするのがオチだが皮肉にも一人暮らしを強いられていたせいで人並みの生活力はあるため問題はない。


「とにかくお前が勝手に行動する権利はない。そむくなら出ていけ」


 口角を吊り上げ、強敵に挑む勇者のような自信に満ち溢れた挑戦的な笑みを張り付けて父親、いやカールと正面から向き合う。


「最初からそう言えばいいじゃねぇか。回りくどい」

「何!?」

「お前父上に向かってなんて口をきいている!」


 怒り狂ったルイに胸倉をつかまれ目の前に拳をちらつかされても俺の表情は変わらない。天才詐欺師レベルだと自負している俺の煽りにまんまと引っかかって、


「お前みたいな無能が弟で迷惑だったんだよ!栄えある我が一家の汚点だ!お前のせいでどれだけ評判が下がったと思っている!」


 本音が思わず漏れるルイ。


「やめておけ。これ以上は外聞が悪い」


 カールも平静を装いながらも口の端が細かく震えているせいで怒りを隠しきれていない。


(こいつら地位にしか目がいかないのかよ! 俺だって人間だぞ!? 少しくらい心配しろよ!いままでどれだけお前らの命令に従ってきたと思ってるんだよ!?)


 心配されたところでまぁこの家に居続けるわけはないし、ここまでけなしてきてるなら逆に言いたいこと言ってすがすがしく家を出られるからちょうどいい。


「俺からこの家を出るって言っているんだ。好きにすればいいの一言でプライドも損なわずに無能の俺を始末できたのにごちゃごちゃと自分からプライド傷つけて何がしたいの? 無能はお前らだよ、人の顔ばかりうかがって何が楽しいの?」


「貴様の分際で……!」

「その侮辱忘れないからなダンテ! お前の出世、商売すべて、何をやったとしても無駄だと思え!」


 やば、つい楽しくなってやりすぎたな。楽しくなると見境なくなるのは俺の悪い癖だ。二人の顔がトマトみたいになってーら。


 俺の口から笑い声がかすかに漏れる。


「じゃ、俺はこの家を出るんで。国王との会食、頑張ってこびてね」


 そう言い残して俺は自分の家族とは思えないような人たちに別れを告げた。勢いよく閉じた扉の向こうで何か大声で騒いでいたようだけど扉にはばまれて人間の言葉のようには聞こえなかったからすべて無視して外へ飛び出した。


 敷地を出たタイミングであらかじめ考えておいた計画を頭の中で復唱する。まず王都を出てどこかの冒険者ギルドで登録をする。基本的に冒険者ギルドなら庶民から貴族まで登録しているくらいだから断られることもないし依頼もこなせば金も手に入る。それにルイの妨害があったとしても基本的にギルドは貴族に対して中立な立場でいるからせいぜい高ランククエストが受けられなくなるとかそういうたぐいの嫌がらせで収まるだろう。俺は金儲けには興味ないから生活費さえまかなえれば問題ない。


あとは俺の努力次第で何とかなる。


「お待ちくださいダンテさん」


 ガシッ……


 意気揚々と歩いて行こうとした矢先、勢いよく腕をつかまれた。


「……ピラティア?」


 そこにはいつのまにかメイドのピラティアが立っていた。ここに呼び出されたときにいつも俺を案内していたやつだ。なかなかに整った顔立ちをしているが石壁みたいな無表情なのが玉に瑕だ。


「ご主人様からの伝言です。今あなたの家にある家財道具一切は我が家の所有物であるため一切の持ち出しを禁ずる、だそうです。くれぐれも命令に背くことがないようお願いいたします」

「……あ、そう」

「では、失礼いたします」


 一切のブレがない完璧なお辞儀をして、ピラティアはその人形のような表情のままクルリと背を向けて戻っていった。


(どこまで俺を野垂れ死にさせたいんだよ!? ボロボロのテーブルとかしか置かしてくれなかったのに何が我が家のものだよ! 誰のせいで離れて暮らしてると思ってんだ? 命令とか偉そうに言って……。従うかよ)


 ポケットの中に手を突っ込んで家財道具の感触を確かめながら俺はそのまま王都を出た。



 そもそも俺がこんな仕打ちを受けている原因は俺のスキルにある。齢7歳にしてスキルが判明し、その後の人生が決まるこの世において俺は無限の種類があるとされるスキルの中からいわゆる外れスキルを授かった。


 父が『剣聖』、兄が『軍神』のスキルを獲得している家系において俺への期待も無駄に高いものとなっていた。まるで外れスキルを引くことなどそもそも無いとでも思っているように。


 いわれのない重荷のなか俺が授かったのは、


 スキル『錯覚』


 その名の通り本来そこには存在しないはずのものをまるでその場所に実在するかのように見せる、いわば人を欺くスキルだ。


 ただ、それだけ。


 魔法剣が使えることも剣術や体術が強化されるわけでもない、戦闘力の高さでのし上がってきたような俺の家系には最も必要とされない部類のものだった。


「軍務大臣の息子が詐欺師まがいのスキルとは……」

「あの子をどうなさるおつもりだろうか。役人にだけはやめてくれ……!」

「いっそ事故死を装ったほうが評判的には良いのでは?」

「ざこダンテが!お前とはかかわるなって父上から言われてるんだ!来るな!」

「ダンテ君、あなたみたいな子と遊ばないわ!」


 まわりの貴族たちにもその子供たちにも罵詈雑言ばりぞうごんの嵐を聞かされる始末。


 そこから始まる大人までも参加したいじめを受け続けた日々のなか、何度死のうと思ったかわからない。


 親元から離され、隔離された家に一人で住まわされ孤独と屈辱に耐える日々を強いられた。この世はスキルがすべて、人間性よりもスキルが優先されて動く世界だということを思い知らされた。


 自分ではどうしようもないことで人生と幸せな日々を台無しにされたことがたまらなく悔しかった。


 いくら蔑まれて、罵倒されて精神を病むようなことになっても剣術とスキルの探求は手放してはいけないと思った。「努力まで手放したら俺はあの家の奴隷に成り下がる……!」という強迫観念だけで鍛錬と研究をつづけた。


「何ができる?どうやって俺は幻覚を見せているんだ?どのくらいの大きさまで幻覚を出せる?」


 前提を疑い、己を疑い、湧き上がってくる疑問を一つずつ解決しながらなかなか成果の上がらない日々は今思い返してみても地獄の日々だった。


 疑い、解決し、また疑いを繰り返してついにスキルの可能性をたぐり寄せた。子供の遊びに毛が生えたような研究だったが数年間も欠かさず行っていればおのずと答えにはたどり着ける。


 すさまじい達成感の元俺がたどり着いた答えは「錯覚」が最強であるということ。父親や兄にも負けることがない、雪辱を晴らすことのできる神のようなスキルを俺は授かっていたのだ。


「俺も戦える!俺はもう無能じゃないんだ!」


 はやる気持ちを抑えてスキルの試し打ちをするために王都郊外の平原へ駆けていった。たまたま呼び出しに来ていたメイドに止められたけど振り切って装備もアイテムも何も持たずに飛び出した。


 見渡す限り緑と茶色に彩られた平原の中で一人、ワクワクしながらスキルを発動させた。


 今思うとグレートウルフやコカトリスなどのBランクモンスターがいる草原で無防備にも丸腰でポツンと立っていたのは冒険者的には命知らずな行為だったが、まあBランクくらいなら当時の俺でも討伐できただろう。


 まわりの人間から罵倒され、時には蹴られいじめを受け、最大の味方であるはずの親からも見捨てられたドブのような日々からおさらばするため、いじめを甘んじて受け入れてしまっていた自分自身から決別するため完成させたスキル。


『五感錯覚』センス・イリュージョン!!」


 空中に出現したミスリルのナイフが金属音一つ立てずに俺の足元に突き刺ささった。


 柄から剣の先まで虹色の光沢を放っている見た目は明らかに本の中で見たミスリルそのものだ。ただ問題なのは……


「さわれるかだよな……」


 少しの振動で散ってしまうはかない花に触れるようにそっとミスリルの柄に手を伸ばすと硬くひんやりとした感触が確かに手のひらに伝わってきた。


(来た……!成功した!)


 そのままそっと地面から抜くと手の内にずっしりとした重みを感じた。『錯覚』で生み出した物体が現実に存在するものに変化したのだ。


 嘘が真実になったのだ。


 それはもう喜んだ。

 のどがかれてむせかえるほど叫んだ。


 だってそうだろう。

 授かってから今まで俺を蔑み見下していたやつらがただの見る目がない無能だということが分かったのだから。


 やっと俺は否定されないだけの実力を見つけた。


 その後もスキルの探求は継続した。


『錯覚』で実体化したものは永遠にこの世界にとどまるわけではない。スキルの発動中のみ実体化し大きさ、重さなど様々な状態も俺の身長、体重の値を超えなければ変幻自在。生物も『錯覚』で生み出そうとしたがただ生物の感触がする置物ができるだけで生きているものを生み出すことはできなかった。また『錯覚』が作用するのは俺の手か『錯覚』で生み出したものに触れている物体のみだということもわかった。


『五感錯覚』センス・イリュージョンを使用すれば俺の負担は大きいが感覚だって再現可能だ。「ある現象を感じた」と錯覚させることで剣を持たずに戦える可能性だってある。


「あれ……?『錯覚』なんでもできるじゃん。最強じゃね?」


 カラカラに乾いて痛みすら感じる喉から声を漏らしながら一気に明るくなった未来と『錯覚』の強さを確信した。


(12だ……、12歳になるまでにスキルを使いこなしてやる!)


 そして12歳、俺は家を出た。


 家出から5年、17歳の俺はダンジョンを住まいとしていた。


「今日の晩飯ぃ!かかってこいや古竜!」


 目の前には赤黒いうろこに覆われ、俺の身長の数倍はあるであろう巨体を小刻みに揺らしている古き竜。


 鋭い眼光と時折口からのぞかせる赤い炎……、人間が対抗するのもおこがましいような重圧を周囲にまき散らしている。


 だが、俺にとってはちょっと高級な晩飯でしかない。


 ズアアァァァ!!!!


 おもむろに開いた口から放たれたドラゴンブレスが目の前に迫りくる。


「とっとと肉になれよ晩飯ぃ!『伸縮錯覚』レングス・イリュージョン、『五感錯覚センス・イリュージョン“振動”』!」


 スキルの連続発動によって出現した身の丈以上の大剣を振りかざし古竜の頭に斬撃と振動を叩き込んでいく。


 ギャアアアア!!

 ズシャアアア!!


 大量の血の雨を浴びながら、俺はこのスキルを授かった運命に対して文句と感謝を乗せた祈りをささげる。


 このころの俺はダンジョンで生活することに夢中で、これから地上で“あんなくそったれな事”が起きるなんて頭の片隅にも浮かんでいなかった。


 自称勇者の冒険者としても美少女としてもSランクのリエル・ガブリースとパーティーを組み彼女からの熱烈なアタックをかわし続ける日々が来るなんて運命にすら書かれていなかったんじゃないかと思う。


──────────────────────────────────────

【あとがき】

カクヨムコンに向けて新作を投稿してます!

タイトルは「魔道整備士のアップデート~研究所の実験動物にされた俺は『自動更新』で成り上がる~」です!

そちらもぜひお読みください!


URL

https://kakuyomu.jp/works/16817330649688753719/episodes/16817330649728710012


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