第30話 顕現

第三十話 顕現


サイド 新城 明里



 銃弾が壁や床に当たって削っていく。何度も響く銃声で耳がどうにかなりそうだ。


 手鏡で確認した所、廊下の先には七体のゾンビがこちらに向けて銃を撃っている。狙いもつけずに、なんてものじゃない。右手に持った拳銃を突き出し、機械的に引き金をひいているだけ。


 肘は伸ばしっぱなしだし、左手はだらりと一様に垂れ下がっている。そんな持ち方でまともに撃てるわけもなく、いかにゾンビの筋力がリミッターの関係で高かろうが銃身が撃つたびに跳ねまわっている。


 だが、だからこそどこに飛んでいくのかわからない。相手の装備はハンドガン七丁。防弾チョッキ。左手に警棒。頭には軍用ヘルメット。露骨なまでに現代戦を想定した様子だ。ゾンビのくせに。


 そろそろ弾切れになるはず。だが、奴らは撃ちながらよたよたと進んでいるのだ。弾切れになる頃にはこっちに到着するだろう。肉弾戦を仕掛けられる。


 じゃあ後退すればとも思うわけだが、自分が通って来た通路からも別のゾンビどもがやってきている。今はまだ大丈夫だが、こっちからそっちに行くと囲まれるかもしれない。


 しょうがない。


 背負っていたリュックから水筒大の筒を取り出す。


「一号。私が合図を出したら盾を構えて角の先に出て。それで、私がこれを投げたらこっちの角に後退」


 使い魔が頷くのを確認し、筒の上部分にあるボタンをカチリと押し、その少し下の部分を捻る。


「一号、出て!」


 こちらの合図に従い角から出る一号。ゾンビ共の銃撃が更に激しくなり、甲高い金属音が響き渡る。


 そして、自分も一号を壁にしながら角から出ると、すぐさまアンダースローで筒をゾンビ共の足元に投げつける。


 全力で角に跳び込み、その後を一号が続く。直後に爆音が響き、黒煙がこっちまでやってくる。


「おおぅ……ちょっとやり過ぎたかな?」


 黒く焦げた通路に大きく破損した状態で転がるゾンビども。お手製手榴弾は無事起爆したらしい。流石私。


「とっ、マジで時間がないんだった……!」


 使い魔達を引き連れて前進。体当たりで扉を破壊した一号を先頭に、階段をおりていく。


 現在地下四階。次で五階。地図ではこの五階が最後であり、そこに魔法陣があるはず。だが、そんな場所が素通りできるはずもなく。


「うっわ……」


 思わずうめき声をあげる。


 階段をおりた先、扉を少しだけ開けた瞬間銃撃が行われる。それも今までのハンドガンをゾンビが撃っているのとは違う。


 一瞬だけ見えたのは台座に固定された機関銃。傍に人影はなかった。恐らくセンサーを使った自動迎撃。それが二つもあった。


 ボコボコにこちら側へと膨らんだ鉄製のドアを眺めながら、苦笑いを浮かべる。


 剣崎さんから貰ったネックレスの障壁を信じて突っ込むか?いや、あれだって無限に防げるわけじゃない。耐久限界はある。魔法陣に届かずに、命を懸けるにはまだ早い。


 上の方からうめき声と、いくつかの鈍い足音。ゾンビ共も上からやってきている。あまり悩んでいる時間はない。


「一号、合図を出したら扉を開けて。二号、扉が開いたら盾を構えて走って。三号は私が走り出したら一緒に来て。OK?」


 頷く使い魔達に、こちらも小さく頷く。


「三、二、一、GO!」


 一号が扉を開けると、ほぼ同時に開始されるセントリーガンによる銃撃。それを一身に浴びながら、二号が盾を構えて疾走。重い足音と共に走るが、見る間にその体が削られていく。


 二号が向こうにたどり着けるとは思っていない。本命はこっち。


 取り出した手榴弾を、床ギリギリを飛ぶように投擲。一回、二回のバウンドの後爆発する。壁に隠れてそれをやり過ごした後、黒煙の中走る。


「三号、続け!」


 二号の残骸や倒れたセントリーガンを無視し、奥へ。


 こんな物を用意しておいて、あれだけなんてはずがない。セントリーガンの向こうに見えた角の所に何かいる。


 黒煙を抜けて、靴裏で床を滑るように削りながら角の向こうにショットガンを向ける。


 角の先にいたのは、白い変な生物だった。


「キモイ!」


 そいつらが黒い槍を構えるよりも早く、引き金を絞る。どう見ても人外だが、銃弾は効くらしい。触手の生えた鼻面を散弾が粉砕する。


 三体いたそれらを続けざまに撃ち殺す。背後ではもう一方の角から出てきた怪物たちと三号が戦っている。向こうにも三体いたらしく、苦戦しているようだ。


 すぐさま振り向いて三号の肩越しに発砲。一体を倒し、一体と三号が切り結ぶ。


『■■■!』


 そして、残り一体が三号の脇を抜けてきた。


 ショットガンは今ので弾切れ。リロードの暇はない。


「なめんな!」


 そんな状況、お父さんから散々教え込まれた。


 ヘルメットの曲線で槍を受け流しながら、右手で拳銃を引き抜き怪物の胸に至近距離で二発。怯んだ所を蹴り飛ばして顔面にもう二発。


 倒れる怪物から視線を三号と切り結んでいる残り一体に移しながら、拳銃をしまい二発腰から弾を掴んでショットガンに装填。


 どうやらあの一体は追いついてきた一号と協力して三号が仕留めたらしい。


「なんなの、これ……」


 白い死体を見下ろして、小さく呟く。見た事もない生物だ。まあ、そういうのもいるのだろう。世の中広いとここ数日で理解させられたし。


 ショットガンに追加で弾を入れながら、記憶した地図に従い走り出す。


「クヒ」


 おっといけない。つい笑ってしまった。鉄火場で笑うのはレディとしていけないとお父さんに言われたのに。


 だが、楽しいのだ。


 不謹慎だとはわかっている。これが剣崎さんなら、眉間に皺をよせながら『頑張らなきゃ』と悩みながら走っている所だろう。


 しかし、私という人間は少々ズレている。こういう非日常大好き。


 いや、いう程はズレてないか?中学生なんて普通こんなものだろう。人生二周目の剣崎さんは置いておいて。


 というかテンション上げないとそろそろ体がヤバい。頑張れ脳内麻薬。いい加減これだけ銃を撃っていると肩が壊れる。というか少しでも冷静になると全身が痛い。


 私のような深窓の令嬢は本来箸より重い物は持てないのに、こうも銃を撃っていては全身の骨も筋肉も限界がくる。


 これ、たぶん後で剣崎さんに治療してもらわないと後遺症残るな?


「ハハッ!」


 生きてるって素晴らしい!


 口元が緩むのを感じながら、一号と三号を引き連れてクリアリングをしながら進んでいく。ゾンビと違って待ち伏せする奴がいるとわかった以上、どうしても移動速度はさがる。


 時折やってくる白いのを撃ち殺し、踏み越えていく。こいつらは槍しか使わない。文明の利器ってやつを甘く見過ぎだ。


 ……逆に、セントリーガンを設置したり上のゾンビに武器持たせた奴が気になるな。


 そう思いながら進んでいたのがまずかった。あれほどお父さんに『意識が散漫になる癖をなおせ』と言われていたのに。


 少し前を歩いていた一号が、突如爆発した。


「トラップ!?」


 衝撃に吹き飛ばされながら、一瞬だけ眼前に紅い障壁が展開したのがわかった。慌てて後退してその辺の角に隠れる。


 その直後だった。右腕を失って倒れた一号が立ち上がろうとしている所に、何かが高速で着弾。爆発。


「グレネード……」


 手鏡で角から覗いて見れば、黒い大きな筒を抱えた白い化け物が一体。ご丁寧に体にベルトを巻いてそこに何発もグレネードの弾を挿しこんでいる。どうやら近くの部屋から跳びだして来たらしい。


 人外が人間の武器を使うってどうよ?


 角近くが狙われているのに気づき、すぐに三号の後ろに隠れる。


「ハッハー!」


 直撃ではなかったおかげで生き残った三号の脇から前に出て、化け物に散弾を放つ。


 向こうもこちらを視認するなり後ろの部屋に跳び込み、弾をやり過ごす。壁に多数のひび割れを作ってやったのに気にする様子もなくブヨブヨとした手を壁越しに出して、お返しと拳銃を撃ってきた。


 こっちも隠れて――っ、いや。前に出る。


 眼前の障壁が火花を散らす中、全力で走る。グレの装填を終えた白い怪物が先端を向けてきたが、それを蹴りつけて逸らす。どうやら腕力が随分あるようだが、横から全体重のせた蹴りをいれれば支えきれまい。


 私は羽のように軽いけども!ほぼ装備の重量だけれども!


 相手が体勢を崩した隙に拳銃を引き抜き、一発。鼻面に叩き込んでやったが、怯んだだけで致命傷には遠い。


 だがそれで十分。拳銃を手放して提げたショットガンを手に取り狙いもつけず続けざまに二発。流石にこれは堪えたようで、倒れ伏した怪物。一応もう一発撃っとこ。


 顔面に保険の一発を叩き込んで、周囲を警戒。よく考えたが、もう一体グレ持っているやつが近くにいたらやばかったな。反省。


「三号!」


 使い魔に声をかけてから走る。もう魔法陣はだいぶ近いはず。あと一息。


「ん?」


 だが、そこで違和感に気づく。なんか足音多くない?


「げっ!?」


 振り返ってみてみれば、三号の周りにはすでに多数のゾンビが。というか絶賛交戦中。


「そのまま足止め!死守しろ!」


 迷ったのは一瞬。すぐさま三号を足止めに残して魔法陣に向かう。本格的に時間がない。ここまで来て邪神の召喚をどうにもできませんでしたはシャレにならない。


 だと、いうのに。


「ここにきて……!」


 魔法陣があるであろう部屋。そこには見るからに分厚い鋼鉄の壁が立ちはだかっている。


「ああ、もう!」


 手榴弾一つではどうにもならないのは明白。だったら。


「もってけ泥棒!」


 リュックを壁に押し付け、中の時限爆弾を起動。走って離れる。帰りの分も使ってぶっ壊す。どのみち魔法陣に辿りつけなきゃ自分どころか世界も終わる!


 ちょっと人としてアレな自覚はあるが、お父さんが、友達が生きている世界が滅んでいいとは欠片も思っていない。


 世界を賭けた小さな大戦。ここで命を賭け金にしないでどうする!


 壁から離れて伏せて二秒。時限爆弾が炸裂。同時にリュックに詰めていた爆発物全てが起動し、震えるほどの轟音と衝撃が襲ってくる。


「よしっ!」


 煙が晴れるよりも早く、中を突っ切って壁の隙間に。


 この『目』は暗闇だろうか煙の中だろうが大概の物は見える。中に何が待っていようが煙に紛れて先制攻撃を叩き込める。


 だが、それは杞憂に終わる。壁の向こうには誰もいなかった。トラップもない。


 代わりに、オレンジ色の魔力で形成された障壁が魔法陣との間に展開されていた。ネズミ一匹通すまいと、隙間なく強固なそれが存在している。


「くそったれ!」


 障壁に向けて、ショットガンを撃ちまくる。弾切れになり、腰から弾を掴んで装填。二発ずつ詰めて四発。これで残弾は全てだ。


 一メートルほどの近距離で同じ個所に叩き込み続ける。障壁にヒビが入り散弾がめり込む。だが、割れない。傷だけがついて終わる。


 ガチリと、引き金を絞ってもそんな軽い音しかしなくなった。弾切れだ。


 終わった。この障壁に剣崎さんの短剣を使う?本末転倒だ、それでは。奥にある魔法陣をどうにかしなきゃならないんだぞ。あの障壁越しに見える魔法陣が自分の力だけで壊せるとは思えない。


 残り時間は?三号と合流する?ゾンビ共や化け物が持っていた武器を回収してくるか?だめだ、ゾンビが持っていた拳銃はともかく、白い奴が持っていたグレも拳銃も小さいが魔法陣が刻印されていた。十中八九登録者以外が触れば即時呪いが発動するタイプの。


 万策、尽きた……?


『明里。為せば意外と、なんとか成るものだよ』


「っ!」


 ショットガンの銃床を障壁に叩きつける。弾がめり込んでいる箇所に何度も、何度も。


 自分は決して膂力に優れているわけではないし、体格には恵まれていない。どちらも歳相応だ。だが、それでも叩きつけていけば、ヒビが広がっていき障壁全体が歪み始めた。


「こんのぉぉぉぉおおおおお!」


 何度目かはわからない。だが、遂に魔法陣を打ち壊した。


 感覚のなくなった右手がだらりと垂れ下がり、指の力が入らなくって歪んでしまったショットガンが滑り落ちる。


「お父さん!やっぱ私、天才名乗るよ!」


 人生最期の自我自賛かもしれない。だが、まあ。


 もしもここで終わっても、お母さんに笑って自慢できるかな?お父さんには、うん。一応部屋に遺書を残してここに来たから、勘弁してほしい。


 魔法陣の中央に、左手で短剣を突き立てる。


 大した力も残っていない。右腕だけでなく、左腕もなんだか痺れた感覚が残っていて強くは振るえそうにない。


 それでも、細く鋭い切っ先はコンクリの床にあっさりと突き刺さり、自立する。


 同時に柄頭にはめ込まれた紅玉が発光。白い十字を形どった短剣全体を血管のように紅い光が這った後、それは魔法陣全体へと伸びていく。


 白い炎。そうとしか形容できないそれが、血で描かれた魔法陣を燃やし始めた。


「剣崎さん」


 へたり込みながら、耳の魔道具に触れる。


「やりましたよ、私」



*        *        *



サイド 剣崎 蒼太



『後は、お願いします』


「――ああ、任せろ」


 地上に怪物どもの焼死体を残し、ビルの屋上に立って空を見上げる。


 現在時刻、23時59分34秒。彼女は間に合ったのだ。


 空に巨大な魔法陣が浮かび上がる。その向こうに見える星々もより一層輝いている様だ。


 その魔法陣がどういう術式なのか、自分程度の腕ではわからない。だが、魔法陣の一部が欠けている事だけは誰が見ても明らかだった。


 方陣は未完成のまま、五芒星も形成されずに端からほつれていく。


 それを見上げながら、時刻は遂に23時59分59秒。バトルロイヤル最終時刻となる。浮かび上がった不完全な魔法陣。いかに生贄が捧げられようとも、それでは邪神の顕現など出来はしない。


 それでも、黒い粘液が魔法陣からにじみ出てくる。コールタールのようなそれはゆっくりと地面に引かれながらも、個々には落ちずに一つに集まろうとしている。


 邪神の指先。あるいは、『貌の一つ』か。


 なんにせよ、それだけで大気中の魔力が犯されているのがわかる。世界がひび割れ、空間そのものが軋み始める。


 世界に過ぎた質量なのだ、アレは。ただ存在するだけで、何もかもを蹂躙する悪意の塊。


 だからこそ、自分は今ここにいる。


「久しぶりですね」


 集合し、組み合わさり、人の顔のように変形していく邪神の一部を見上げて、小さく呟く。


「その貌、焼き潰しにまいりました」


『夢幻月下の花園』


 無機質なビルの屋上は消え失せ――銀の花園が顕現する。



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